ユマニチュードとは
この技法は、認知症ケアを中心に「ケアされる人」と「ケアする人」の関係性を重視し、相手を尊重するケアを目指す技法です。
ユマニチュードは、フランス語で「人間らしさ」を意味します。
1979年にイヴ・ジネスト氏とロゼット・マレスコッティ氏が開発しました。
ユマニチュードの基本的な考え方は、平等・友愛の精神を基盤にしており、「人間らしさ」を形にした介護です。
具体的には、言葉、目線、身振りなどのコミュニケーションを通じて、人と人との絆を深め、相手の尊厳を守る方法を提唱しています。
相手が「自分は尊重されている」と感じることで、介護の受け入れがスムーズになるとされています。
このケア技法は特別な道具を必要とせず、シンプルに実施できる点も特徴です。
介護のプロだけでなく家族もこのケアを実践でき、安心して介護に向き合うことができます。
ユマニチュードの考え
ユマニチュードの理念は、「人間は生まれながらにして自由であり、尊厳と権利について平等である」という考えに基づいています。
これは、ケアをする側とされる側の対等な関係を重視し、双方が「優しさ」を共有できるケア技法です。
ユマニチュードは、認知症患者などの人間らしさと尊厳を守ることを基本としています。
一方的に「してあげる」ケアではなく、できる限り本人の能力を引き出し、尊重するサポートを行います。
このアプローチにより、ケアする側もされる側もお互いの価値を感じながら支え合うことができます。
ユマニチュードの目標
ユマニチュードでは、ケアする人を「ケアのプロ」として位置づけています。
その目標は、ケアを受ける人の状態に合わせて、身体と心の回復、機能の維持、そして最期までの穏やかな寄り添いの3段階に分かれます。
言葉によるコミュニケーションが難しい場合でも、その人に合った適切なケアを提供し、良い関係性を築くことが重要です。
このため、健康を害さないように注意しながら、各レベルに応じたサポートを行います。
心身の回復を目指す
ユマニチュードのケアでは、心身の回復を目指すことが重要な目標とされています。
そのため、少しでも自力で立てる場合には、清拭を立ったまま行うなど、回復を促進するアプローチを取ります。
また、介護者が全てをサポートするのではなく、できることはご本人に任せるようにすることで、残存機能を維持し、回復を助けます。
この方法により、心身の機能がさらに改善されることを目指しています。
機能維持
ユマニチュードでは、現在の身体機能をできるだけ維持することを目標としています。
そのため、車椅子を使う時間を減らし、可能な範囲で自力で歩くことを促すなどの工夫を行います。
また、介護者ができることをすべてサポートするのではなく、ご本人ができることを優先し、少しでも自分の力で行動できるよう支援します。
これにより、生活の中で体の機能をできるだけ保つことを目指しています。
最期まで寄り添う
ユマニチュードでは、最期の瞬間までその人の尊厳を大切にしながら寄り添うことを目指します。
回復や機能の維持が難しい場合でも、利用者さんが少しでも穏やかに過ごせるよう支援します。
たとえば、終末期ケアでは、利用者のペースに合わせてケアを行い、強制的にならないよう注意を払います。
このように、利用者の気持ちに寄り添い、穏やかな時間を一緒に過ごすことが重要です。
ユマニチュード基本の4つの柱
ユマニチュードでは、「見る」「話す」「触れる」「立つ」の4つの技術を基本の柱としています。
これらは言葉を超えたコミュニケーションを通じて、相手に「あなたを大切に思っています」と伝える手段です。
見る | 視線の高さを合わせる |
---|---|
話す | 優しいトーンを意識する |
触れる | 心地よい接触を心がける |
立つ | 人間らしさを感じさせる動作として重視され、介護の場での重要な要素となる |
「見る」では視線の高さを合わせ、「話す」では優しいトーンを意識し、「触れる」では心地よい接触を心がけます。
また、「立つ」ことは人間らしさを感じさせる動作として重視され、介護の場での重要な要素となります。
この4つの柱を基に、ユマニチュードのケアは150もの技術を組み合わせて実践されています。
それでは、この4つの柱を詳しく説明していきます。
見る
ユマニチュードの「見る」という技術は、認知症の方への介護で重要な役割を果たします。
相手の目線を合わせることで、平等な立場であることを示し、正面から見ることで信頼感や誠実さを伝えることができます。
- 視線の高さを合わせる
- 近い距離で長く見つめる
- 相手の視野にゆっくり入るよう配慮しながら話しかける
- 0.5秒以上の視線を維持する
視線の高さを合わせ、近い距離で長く見つめることで、優しさや親密さを感じさせることができます。
これは、たとえば赤ちゃんが母親の顔を見つけて認識していくような自然な接触をイメージします。
逆に、視線を合わせずに横や頭上から見ると、支配的な印象を与えてしまうため、避けるべきです。
また、驚かせることのないよう、相手の視野にゆっくり入るよう配慮しながら話しかけることも重要です。
ユマニチュードでは、0.5秒以上の視線を維持することが推奨されています。
このように視線の使い方を工夫することで、相手にポジティブなメッセージを伝え信頼関係を築くことが可能となります。
話す
ユマニチュードの「話す」技術は、介護を行う際に非常に重要です。
穏やかで優しい声のトーンを心がけ、「あなたを大切に思っている」というメッセージを伝えることが求められます。
- 前向きな言葉に置き換える
- 今行っているケア内容を言葉にして伝える
- 相手の小さな反応を見逃さず「目が合いましたね」などと声をかける
例えば、「動かないでください」ではなく、「ありがとう、協力してくれて助かります」というような前向きな言葉に置き換えると、相手の気持ちが和らぎます。
また、無言でいると相手は「自分が存在しない」と感じる恐れがあるため、ケアの実況中継を行う「オートフィードバック」技法を使うのが効果的です。
「今、左手を拭いています」「次に足を動かしますね」など、今行っているケア内容を言葉にして伝えることで、相手が安心感を持ちやすくなります。
さらに、相手の小さな反応を見逃さず「目が合いましたね」などと声をかけることで、関係を深めることができます。
このように、話し方一つで介護の質が大きく変わるため、ユマニチュードでは特に「話す」技術が重視されています。
触れる
ユマニチュードの「触れる」技術は、相手に安心感を与えるための重要な要素です。
- 手のひら全体を使い優しく広い面で触れる
- 急に掴んだり指先で叩いたりするのは避ける
- 背中や肩などの感覚が鈍い部分から徐々に触れ始める
- 身体を支える際も、掴むのではなく、広い面で優しく支える
触れる際は手のひら全体を使い優しく広い面で触れることが大切です。
急に掴んだり、指先で叩いたりするのは避け、優しく包み込むような動作で触れると良いでしょう。
背中や肩などの感覚が鈍い部分から徐々に触れ始めることで、相手を驚かせずに安心させることができます。
一方で、顔や手などの敏感な部分に急に触れると、相手に驚きや不安を与える可能性があるため、配慮が必要です。
身体を支える際も、掴むのではなく広い面で優しく支えることで、相手に安心感を伝えることができます。
このように、相手の反応を見ながら丁寧に触れることが、介護の質を高める鍵となります。
立つ
ユマニチュードにおいて「立つ」という行為は、人間らしさや尊厳を象徴する大切な動作とされています。
- 1日20分程度立つ時間を確保する
- 着替えやトイレへの移動の際に立つ時間を設ける
- 連続して行う必要はなく複数回に分けて行うことでも効果が得られる
1日20分程度立つ時間を確保することで、寝たきりになるのを防ぎ、身体の機能を維持することができると提唱されています。
例えば、着替えやトイレへの移動の際に立つ時間を設けることで、1日の合計で20分以上を目指すことが推奨されます。
この時間は連続して行う必要はなく、複数回に分けて行うことでも効果が得られます。
「立つ」ことは、筋力の向上や骨粗しょう症の予防にもつながり、血液の循環や呼吸器系の機能を改善する効果も期待できます。
また、関節や軟骨にも栄養が行き渡り、身体全体の健康維持に役立ちます。
立つ機会を増やすことは、介護を受ける方の心と体に良い影響を与え、自信や誇りを取り戻す助けにもなります。
ただし、無理をしないよう、専門家のアドバイスを受けながら進めることが大切です。
ケアする際の5つのステップ
ユマニチュードでは、ケアを行う際に相手との絆を深めることが大切です。
そのため、認知症ケアを実践する際は、いきなり始めるのではなく、以下の「5つのステップ」に従って進めることが推奨されています。
1. 出会いの準備 | 相手との接触前に心を整える |
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2. ケアの準備 | ケアに必要な道具や環境を整備する |
3. 知覚の連結 | 相手の感覚を刺激し、つながりを感じてもらう |
4. 感情の固定 | 穏やかな感情を保ちながらケアを進行する |
5. 再会の約束 | 次回のケアへの期待を持たせることで継続的な関係を構築する |
この手順に従うことでスムーズなケアを実現し、相手との信頼関係を構築することが可能です。
出会いの準備
「出会いの準備」とは、ケアを始める前に自分の来訪を知らせ、相手に心の準備をしてもらう大切なステップです。
この手順を守ることで、相手に自分の存在を穏やかに認識してもらい、次のケアへのスムーズな移行が可能になります。
- まずドアを3回ノックし、3秒待ちます。
- 次に再び3回ノックし、もう一度3秒待ちます。
- その後、最後に1回ノックをして、「入ります」と声をかけてから部屋に入ります。
このように、段階的にノックをして待つことで、認知症の方の脳を徐々に活性化させ、来訪者に気づいてもらいやすくします。
また、相手のプライバシーを尊重し、許可を得てから部屋に入ることで、不安や驚きを防ぐことができます。
このプロセスを通じて、相手に安心感を与え、良好なコミュニケーションのスタートを切ることが大切です。
ケアの準備
「ケアの準備」は、相手に「あなたに会いに来た」というメッセージを伝え、信頼関係を築くためのステップです。
この段階で相手の同意を得ることが重要で、強制的なケアを避けることで、相手の協力を得やすくします。
- まず、正面から相手の視界に入り、目が合ったら3秒以内に話しかけましょう。
- 「会えて嬉しい」といったポジティブな言葉で始めることで、相手の心を開かせます。
- その後、ケアの内容を説明し、20秒から3分の間で相手の同意を得るようにします。
このプロセスは、一方的なケアではなく、相手との共同作業として進めることを目的としています。
もし同意が得られなければその場でのケアは諦め、後で再度トライすることも大切です。
強制的にケアを行うと、次のケアへの拒否感を生む可能性があるため、時間をかけて丁寧に関係を築くことが重要です。
このアプローチにより、認知症の人の攻撃的な行動を抑え、スムーズなケアが期待できます。
知覚の連結
「知覚の連結」とは、「見る」「話す」「触れる」の技法を組み合わせて使い、一貫したメッセージで「あなたを大切に思っている」と伝えることを目的としています。
このステップでは、例えば「優しく声をかけながら、手を添える」といったように、複数の感覚を同時に刺激し、相手に調和の取れたポジティブな情報を届けることが重要です。
声のトーンが優しいのに、触れる手が強く握られているといった矛盾があると、相手に混乱や不安を引き起こします。
常に少なくとも2つ以上の技法を同時に使い、相手の五感を通じて同じ意味を伝えるようにします。
例えば、「目を見ながら優しく話す」や「説明しながら肩に手を添える」といった方法が効果的です。
これにより、相手は安心し、ケアに対してより協力的になることが期待できます。
そのため、言葉や行動に一貫性を持たせ、相手にポジティブな体験を提供することが大切です。
感情の固定
「感情の固定」とは、ケアを受けた後の体験をポジティブな感情として記憶に残すためのステップです。
認知症の方は新しい記憶が曖昧になることがありますが、感情記憶は残りやすいため、心地よい感情を意識的に植え付けることが重要です。
ケアの終了後には、「シャワーで気持ちよかったですね」や「今日もお話できて嬉しかったです」といった肯定的な声かけをします。
これにより、「この人といると安心だ」という感情が記憶に残り、次のケアへの抵抗感を軽減します。
また、「お疲れさまでした」といった言葉は、「疲れた」というネガティブな印象を与える可能性があるため避けるべきです。
代わりに、「今日はとても素敵な時間を過ごせましたね」といった表現を使い、共に過ごした時間が良いものだったと伝えましょう。
このような感情を固定することで、次回以降のケアをスムーズに行うための信頼関係が築けます。
再会の約束
「再会の約束」は、次回のケアをスムーズに行うための大切なステップです。
「また会いに来ますね」と伝えることで、認知症の方にも「優しくしてくれる人がまた来る」というポジティブな感情記憶を残すことができます。
たとえ具体的な約束を覚えていなくても、その感覚は喜びとして心に残ります。
さらに、ベッドのそばにメモやホワイトボードを置いて「次は夜7時に来ます」と書いておくと、何度も目にすることで期待感が高まりやすくなります。
この方法は、自宅でも応用可能です。次回の訪問を具体的に記し、視界に入る場所に置くことで、「また来てくれるんだ」という安心感を提供します。
ポジティブな感情を持たせることで、次回のケアをより受け入れやすくすることが期待できます。
再会の約束をしっかりと行うことで、次回も笑顔で迎えてもらえるようにし、ケアの質を高めていきましょう。
ユマニチュードの効果
ユマニチュードのケアは、認知症ケアの現場で大きな効果を発揮しています。
例えば、認知症の方が服用する向精神薬の使用量が減少し、介護スタッフの離職率も低下するという調査結果が報告されています。
認知症の方の中には、攻撃的な態度や言動を示す方も少なくありませんが、ユマニチュードを実践することで、穏やかな行動が引き出されることが多くあります。
それまで拒否や暴言を繰り返していた方が、ケアを受けることで表情が和らぎ、介護者に対して笑顔やピースサインを見せるようになるケースも報告されています。
ユマニチュードの実践によって、介護の質が向上し、双方がより良い関係を築けることが期待できます。
ケアを受ける人
ユマニチュードを取り入れることで、認知症の方は精神的に穏やかになり、介護への抵抗が減少する効果が期待されます。
ユマニチュードのケアによって、認知症の方は攻撃的な行動や不安感が軽減し、精神的に安定しやすくなります。
また、自立を促すことで身体機能の維持にもつながるため、全体的な生活の質が向上することが期待されます。
このように、ケアを受ける人にとってユマニチュードは心に寄り添いながら安心感をもたらし、介護の場での信頼関係を築くことができます。
ケアを行う人
ユマニチュードを導入することで、介護を行う人の精神的な負担を大幅に軽減することが可能です。
従来の介護では、認知症の方がケアを拒否したり、介護者が強引にケアを進めざるを得ない状況がありました。
これにより、介護者自身がストレスを感じ、自己嫌悪に陥ることも少なくありません。
しかし、ユマニチュードは「相手が嫌がるケアは行わない」という哲学に基づいているため、無理強いをしないケアが実現できます。
これにより、介護者は「○○しなければならない」といった固定概念から解放され、介護がより自然で穏やかなものになります。
このように、ユマニチュードは介護者自身のメンタルヘルスを守りながら、より良いケアを提供するための有効な手段と言えます。
実践する際に配慮すべきこと
ユマニチュードを実践する際には、認知症の方の健康と尊厳を守りつつ、個々の状態に合わせたケアを行うことが最も重要です。
無理な強制や身体拘束は避け、その人のペースに合わせて進める必要があります。
また、各技法の本質を理解し、形だけを真似るのではなく、丁寧に実践することが求められます。
ユマニチュードの5つのステップは時間をかけて行うものであり、急かすことなく、余裕を持って取り組むことが理想です。
そのため、時間と人員配置に余裕のある状況を作り、焦りを見せずにケアを提供する環境が大切です。
また、職員同士の連携や協力も欠かせません。利用者さんが安心してケアを受けられるよう、職員自身も心に余裕を持ち、穏やかな姿勢で接することが求められます。
このように、ユマニチュードを成功させるためには、心のこもったケアを提供するための準備と理解が必要です。