言語聴覚士(ST)とは
言語聴覚士とは、病気や障がいなどが原因で言葉によるコミュニケーションに問題がある方に対して、自分らしい生活を送れるようリハビリなどの専門的なサービスを提供する専門職です。
脳卒中後の失語症や言葉の発達の遅れ、聴覚障がい、声や発音の障がいなど、言葉を使ったコミュニケーションに問題が生じるという事態は、さまざまな要因によって起こり得ます。
言語聴覚士は、問題が起こっている原因・メカニズムを解き明かし、検査・評価を通して対処法を見出し、必要に応じて助言や指導、トレーニングなどの支援を行うわけです。
1.人数と男女比
一般社団法人日本言語聴覚士協会『会員動向‐言語聴覚士国家試験の合格者数』によれば、2019年3月時点での言語聴覚士の合格者累計は3万2,863人。
2018年には2,008人、2019年には新たに1,630人が国家試験に合格しています。
また、2016年5月27日~6月30日の期間を対象に行われた厚生労働省による『理学療法士・作業療法士・言語聴覚士需給調査』(医療従事者の需給に関する検討会)では、病院勤務の言語聴覚士のうち、男性の割合は26.5%、女性の割合は73.5%。
介護保険施設勤務の場合、男性25.7%、女性74.3%と、いずれの場合も女性が多く活躍している職種になります。
2.理学療法士・作業療法士との違い
言語聴覚士は言語や音声、嚥下(えんげ)に関連する機能の改善、回復を行うことを得意としています。
それに対して理学療法士は、運動指導や特別な機器を用いるなどして、運動機能の改善・回復を図るのがその役割です。
また、作業療法士は食事や排泄、料理、買いものといった日常生活における作業を通して、再びもとどおりに活動できるように多様なサポートを行います。
3つの職種は得意分野こそ異なるものの、それぞれがリハビリテーションにおいて重要な役割を担っており、お互いの分野を補いながら連携し合うことが不可欠です。
言語聴覚士の仕事内容

「聞く」「話す」という動作には、聴覚や発音、発声などの多くの機能が必要です。
しかし、怪我や病気などさまざまな理由により、こうした機能が働かないことがあります。
言語聴覚士の主な仕事は、そのような聞く・話すための機能に障がいを持つ人に対して、専門知識を元に症状や対処法を見極め、機能訓練やアドバイスを行うことです。
このとき、医師や看護師、介護福祉士などと連携を取りながら仕事を行います。
ちなみに、食べたり飲み込んだりする機能が衰えている人へのサポートも仕事の1つです。
1.言語障がいの人などへの支援
言語聴覚士は、文字が読めない人や失語症などの言語障がいがある人へ、症状の判定やリハビリのサポートを行います。
例えば、患者に対して発語を聞き直させる訓練や、言葉を思い出すためのリハビリを行ったりするほか、コミュニケーションボードの使用など、コミュニケーションのための手段獲得も行い、日常生活を正常に送るためにサポートするのです。
ちなみに「失語症」とは、脳血管疾患や事故などによる頭部外傷、認知症などが原因で、「聴く、話す、読む、書く」ための大脳の言語中枢が損傷している状態です。
うまく話すことができない、話を聞いてもなかなか理解できない、話せるけれど内容が伝わりにくいなど、一人ひとりの損傷の部位や程度により、表れる症状は異なります。
2.音声障がいの人への支援
うまく話すことができない障がいには、「音声障がい」と「構音障がい」の2種類があります。
「音声障がい」は脳血管疾患や声帯、喉の病気や失語症が原因で声が出なかったりかすれたりするもので、「構音障がい」は脳血管疾患の後遺症やパーキンソン病などにより、発音が明瞭でなくなったりろれつが回らなくなったりするものです。
言語聴覚士は、こういった障がいがある人に対して、会話や検査で患者の状態や重症度を判断し、コミュニケーション能力や言語能力を改善するために、それぞれの症状に適したリハビリを提案・実践するのです。
また、患者の家族と一緒に問題解決にあたり、同じ悩みを持つ患者が集まる団体などと連携を行ったりもします。
3.聴覚障がいの人への支援
言語聴覚士は、難聴の人に対して聴力の検査や訓練、補助器などの選定を行います。
ここで、難聴にはどのような種類があるのかを簡単に紹介しましょう。
難聴は、「伝音性難聴」「感音性難聴」「混合性難聴の3種類に分かれています。
難聴の種類とその原因
- 伝音声難聴…外耳や中耳の病気などが原因で音が届きにくい状態のこと
- 感音性難聴…内耳が正常に機能していなかったり、聴神経の病気が原因で起こる難聴
- 混合性難聴…伝音声難聴と感音性難聴の両方が原因となった難聴
難聴になると、大きな声で話しかけられなければ話を聴き取りづらくなります。
ちなみに、難聴の人が補聴器を使用しても効果が出ない場合は、「人工内耳」と呼ばれる器具を埋め込む方法も難聴対策における選択肢の1つとなります。
4.嚥下障がいの人への支援
言語聴覚士は、摂食嚥下障がいを持つ人のサポートを行います。
例えば、舌や喉を動かす運動や飲み込んだ時の反応を高めるリハビリや、「嚥下造影検査」と呼ばれる、口や喉の動きを観察して食べものが正しく送られているかのチェックを行うのです。
特に高齢者は、加齢により食べて飲み込む能力が衰えています。
食べることに不便が生じて起こる栄養不足は要介護状態の原因にもなるため、しっかり食べて飲み込むリハビリが介護予防につながるのです。
ちなみに、「摂食嚥下障がい」とは、食べ物が口からこぼれ落ちたり、飲み込めずにむせてしまったりする状態を言います。
ものを食べるためには、口から食物を取り込んだ後、噛んで飲み込む力が必要です。
口と喉を連携して動かさなければ、食べものをよく咀嚼(そしゃく)して飲み込むまでの動作がしづらくなり、このような症状が起きてしまうのです。
言語聴覚士の給料はいくら?
言語聴覚士の平均的な月収は22~30万円、平均的な年収は約350~400万円ほどです。
もちろん、働く場所や地域、勤務体系やボーナスの有無などによって給料にはばらつきがあります。
月収 | 22万円~30万円 |
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年収 | 350万円~400万円 |
ちなみに、厚生労働省の「平成29年度介護従事者処遇状況等調査結果」によると、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・機能訓練指導員を合わせた平均給与額は、33万5,210円でした。
理学療法士や作業療法士の平均年収と比較すると、言語聴覚士の年収はやや低めです。
言語聴覚士も理学療法士や作業療法士と同様に機能回復や維持をサポートする仕事であるにもかかわらず、平均年収が低いのは、言語聴覚士の歴史が浅い点が挙げられます。
言語聴覚士が国家資格に制定されたのは1997年で、20年ほどしか歴史がありません。
そのため言語聴覚士として働く人の数はまだ少なく、働く世代も20~40代と比較的若いため、年収や月収の平均値が低く出ます。
また、夜勤や土日勤務が比較的少ないため、手当がつきづらいことも理由の1つです。
言語聴覚士が年収アップを目指すには、キャリアを積んで昇給、または転職をするという選択肢があります。
管理職まで昇給すれば、年収500万円以上も目指せるでしょう。
言語聴覚士になるには?
言語聴覚士は国家資格であるため、試験を受けて合格する必要があります。
しかし、独学で勉強して受験できるわけではありません。
ここでは受験資格の取得方法や合格率、試験内容について紹介します。
1.受験資格を取得するためのルート
国家試験は誰でも受験できるわけではなく、資格取得を目指すならまずは受験資格を得なければなりません。
受験資格を取得する方法には、「大学(4年制)ルート」「大学・短大ルート」「文科省指定校/厚労省指定養成所ルート」の3つがあります。
1.【大学(4年制)ルート】一般大学で指定科目を4年間履修
言語聴覚士になるための専門カリキュラムを学べる4年制大学を卒業することで、受験資格を得るルートです。
4年間をかけて専門知識を学べるほか、教養知識や語学など、人間力を総合的に高めるための教育を受けることもできます。
大学卒業後、すぐに言語聴覚士の資格を取得し、活動・就職していきたい方にお勧めのルートです。
ただしこのルートを選ぶ場合、高校卒業時点において、将来的に言語聴覚士の仕事をすることを決意している必要があります。
入学後は言語聴覚士に関する授業が多くなるため、履修半ばで将来なりたい職業が変わったりすると学ぶ内容が無駄になるので、その点は注意が必要です。
2.【一般大学・短大ルート】指定科目を1~2年以上履修+養成所
言語聴覚士の養成課程がない一般の大学や短大を卒業した後、指定された大学・大学院の選考科もしくは専修学校(2年制)に入り直して改めて卒業する、というルートです。
大学や短大在学中に言語聴覚士の仕事に興味を持ち、資格取得を目指すという方に向いているルートと言えます。
あるいは、大学・短大卒業後に一度就職し、その後改めて言語聴覚士を目指して勉強し直すという方も、この方法によって受験資格を得ることになるでしょう。
3.【文科省指定校/厚労省指定養成所ルート】指定を受けた大学・短大・専門学校など
都道府県知事が指定する言語聴覚士養成所(3・4年制の専修学校)を卒業することで、受験資格を得るルートです。
高校卒業後に入学する、もしくは社会人の方が資格取得を目指して入学することができます。
3年制と4年制があり、できるだけ早く資格を取得したいなら3年制、時間をかけて専門知識・技能を身につけたい方は4年制がお勧めです。
言語聴覚士になるための専門的な学習を集中して行うことができるので、勉強の効率性という点では利点のあるルートです。
ただし、大卒という学歴を得ることはできません。
通信教育だけでは受験資格は得られない
「言語聴覚士」という国家資格を、通信教育のみで取得することはできません。
もし仕事やご家庭の都合により、昼間に通学ができないという場合は、夜間開校の言語聴覚士養成所(専修学校)に通う必要があります。
夜間課程の学校だと1日に受講できる講義数はどうしても限られてくるでしょう。
しかし、必要なカリキュラムを修了すれば、言語聴覚士国家試験の受験資格を得ることはできます。
2.2020年の国家試験合格率は65.4%
2020年2月15日、「第22回言語聴覚士国家試験」が実施されました。
受験者数は2,486人で、そのうち合格したのは1,626人。合格率は65.4%でした。
ここ数年の合格率の推移をみると、実施年ごとに差があることを見て取れます。
例えば、2018年試験の合格率は79.3%と約8割に達していますが、翌2019年試験の合格率は68.9%と10ポイント以上も低下しました。
2020年試験の65.4%は、過去5年間では最も低い合格率です。
ただ、基本的に7割近い合格率は毎年確保されているので、大学・短大・養成校で学んだことをきちんと理解し身につけておけば、合格の水準に届くと考えられます。
合格基準
第22回言語聴覚士国家試験を例にすると、合格基準は「1問1点、合計199点満点のうち、120点以上を取ること」です。
正答数の割合としては、全問題の6割以上に正解することが、合格できるかどうかの分かれ目と言えます。
確実に合格したければ、7~8割正解できるように学習を続ける必要があるでしょう。
なお、第22回試験では3問の不適切問題があり、この問題については採点除外などの措置が取られています。
3.受験料
受験手数料は3万4,000円です。
公益財団法人医療研修推進財団が指定する銀行または郵便局の口座に振り込む形で納めます。
受験に必要な書類を提出した後では、受験手数料の返還は行われないので注意しましょう。
4.試験内容
言語聴覚士国家試験の出題範囲は、「基礎医学」や「臨床医学」といった基礎的な医学分野から、「音声・言語学」「言語聴覚障害学総論」「発生発語・嚥下障害学」「言語発達障害学」など多岐にわたります。
試験問題は多肢選択肢式となっていて、出題数は全部で200問です。
試験時間は午前中と午後に分けて行われますが、それでも1問ずつ丁寧に解いていくと、時間が不足する恐れがあります。
時間配分の方法を、過去問題で練習しながら考えておく必要があるでしょう。
5.試験日と合格発表日
2020年2月15日(土)に実施された第22回言語聴覚士国家試験の合格発表は、同年3月26日(木)午後2時に行われました。
例年だと、厚生労働省にて合格者の受験地と受験番号を掲示するほか、厚生労働省と医療研修推進財団のホームページでも同様の掲示が行われます。
ただ、第22回試験については、折からの新型コロナウィルスの感染拡大により、厚生労働省での掲示は行われず、ホームページ上での確認のみとなりました。
言語聴覚士の就職先は?
1.介護施設や福祉関係施設
近年、言語聴覚士の働く場所として需要が高まりつつあるのが、介護・福祉施設です。
これらの施設では、食べたものをうまく飲み込めなくなる摂食・嚥下障がいを持つ人が多く、言語聴覚士はそれら障がいの改善、回復に向けたサポートを主に行います。
高齢者の中には、嚥下機能の低下によって食べたものが気管に詰まり、それが原因で誤嚥性肺炎を起こす人が少なくありません。
そのような事態を防ぐため、介護・福祉施設では言語聴覚士の支援が期待されています。
2.病院などの医療機関
就職先として最も多いのが病院やリハビリテーションセンターといった医療機関です。
病院の場合だとリハビリテーション科に所属して、患者のコミュニケーション障がいや摂食・嚥下障がいを改善、回復させるためのトレーニングを行う、というケースが多く見られます。
ほかにも、耳鼻咽喉科や口腔外科、歯科などで勤務するケースも多いです。
3.聾(ろう)学校や特別支援学校
聾(ろう)学校や特別支援学校では、会話や聴覚に障がいを持つ児童のコミュニケーションをサポートするために言語聴覚士が活躍しています。
また、児童のご家族からの相談にのり、問題解決に向けたアドバイスを求められることも多いです。
子どものことが好きな方には、お勧めの勤務先と言えます。
患者の役に立てることがやりがい

言語聴覚士のやりがいは、「人との会話」や「食事」といった、患者の生きがいを取り戻す手助けができることです。
例えば、言語障がいにより会話能力が落ちてしまうと、周囲とのコミュニケーションが難しくなってしまいます。
ほかにも、嚥下障がいにより噛んで飲み込む力が弱くなってしまうと、栄養不足や、食事の楽しみが奪われることにつながります。
このような人をサポートする言語聴覚士の仕事は非常に重要です。
患者の症状が目に見えて改善して、再び会話や食事ができるようになると、気持ちが以前より前向きになったり、社会復帰につながったりすることもあります。
このような回復へ向けての変化を、患者とともに感じられることに大きなやりがいを感じられるでしょう。
向いているのは共感力がある人

言語聴覚士は、リハビリなどの際に患者と直接向き合うことが多く、「コミュニケーション能力」が必要です。
患者それぞれの性格を汲み取り、一人ひとりに合った柔軟な対応をしなければなりません。
例えば、思うように話ができなくなった人は、伝えたいことを伝えられずにストレスを溜めてしまいがちです。
今まで普通にできたことができなくなることにより、落ち込む人も少なくありません。
そんな患者の気持ちを受けとめることができる「共感力」も重要となります。
さらに、相手が困っていること、求めていることを正確に把握して見極める力、患者の変化を見逃さず、効果的なリハビリや改善方法を探るための観察眼も必要です。
リハビリは、人によってはなかなか結果が出ないこともあり、長期間の治療やリハビリが必要な患者も多くいます。そのため、粘り強く患者に向き合ってリハビリを続けるための根気強さも求められます。
さらに、言語聴覚士の資格を取得した後も勉強会などへ足を運んで、新たな技術や知識を取り込んでリハビリに活かそうとする向上心を持ち続けることも必要です。
現状は人材不足!将来性は高い

先にご紹介したように、2019年3月末時点で言語聴覚士の合格者累計は3万2,863人です。
ちなみに、約7万人の有資格者がいる作業療法士と比較すると、少ないことがわかりますね。
言語聴覚士は需要があるものの、資格取得数がまだ少なく貴重な人材のため、就職率が高い状況となっています。
そのため、就職先に困ることも少ないでしょう。
さらに、高齢化が急速に加速しつつある日本では、嚥下障がいなどの問題解決のために、言語聴覚士は将来性の高い仕事と考えて良いでしょう。
幅広い知識と患者に応える高いコミュニケーション能力を身につけておけば、言語聴覚士としてさまざまな現場での活躍が期待できます。