言語聴覚士(ST)とは
言語聴覚士とは、病気や障害などが原因で言葉によるコミュニケーションに問題がある方に対して、自分らしい生活を送れるようリハビリなどの専門的なサービスを提供する専門職です。
言葉を使ったコミュニケーションへの問題は、脳卒中後の失語症や言葉の発達の遅れ、聴覚障害、声や発音の障害など、さまざまな要因によって起こります。
言語聴覚士は、問題が起こっている原因・メカニズムを解き明かし、検査・評価を通して対処法を見出し、必要に応じて助言や指導、トレーニングなどの支援を行うわけです。
「聞く」「話す」という動作には、聴覚や発音、発声などの多くの機能が必要ですが、怪我や病気などさまざまな理由により、こうした機能が働かないことがあります。
言語聴覚士の主な仕事は、そのような聞く・話すための機能に障害を持つ人に対して、専門知識を元に症状や対処法を見極め、機能訓練やアドバイスを行うことです。
このとき、医師や看護師、介護福祉士などと連携を取りながら仕事を行います。
ちなみに、食べたり飲み込んだりする機能が衰えている人へのサポートも仕事の1つです。
言語聴覚士の仕事内容・役割
言語障害の人への支援
言語聴覚士は、文字が読めない人や失語症などの言語障がいがある人へ、症状の判定やリハビリのサポートを行います。
例えば、患者に対して発語を聞き直させる訓練や、言葉を思い出すためのリハビリを行ったりするほか、コミュニケーションボードの使用など、コミュニケーションのための手段獲得も行い、日常生活を正常に送るためにサポートするのです。
ちなみに「失語症」とは、脳血管疾患や事故などによる頭部外傷、認知症などが原因で、「聴く、話す、読む、書く」ための大脳の言語中枢が損傷している状態です。
うまく話すことができない、話を聞いてもなかなか理解できない、話せるけれど内容が伝わりにくいなど、一人ひとりの損傷の部位や程度により、表れる症状は異なります。
音声障害の人への支援
うまく話すことができない障害には、「音声障害」と「構音障害」の2種類があります。
「音声障害」は脳血管疾患や声帯、喉の病気や失語症が原因で声が出なかったりかすれたりするもので、「構音障害」は脳血管疾患の後遺症やパーキンソン病などにより、発音が明瞭でなくなったりろれつが回らなくなったりするものです。
言語聴覚士は、こういった障害がある人に対して、会話や検査で患者の状態や重症度を判断し、コミュニケーション能力や言語能力を改善するために、それぞれの症状に適したリハビリを提案・実践するのです。
また、患者の家族と一緒に問題解決にあたり、同じ悩みを持つ患者が集まる団体などと連携を行ったりもします。
聴覚障害の人への支援
言語聴覚士は、難聴の人に対して聴力の検査や訓練、補助器などの選定を行います。
ここで、難聴にはどのような種類があるのかを簡単に紹介しましょう。
難聴は、「伝音性難聴」「感音性難聴」「混合性難聴」の3種類に分かれています。
- 伝音声難聴…外耳や中耳の病気などが原因で音が届きにくい状態のこと
- 感音性難聴…内耳が正常に機能していなかったり、聴神経の病気が原因で起こる難聴
- 混合性難聴…伝音声難聴と感音性難聴の両方が原因となった難聴
難聴になると、大きな声で話しかけられなければ話を聴き取りづらくなります。
ちなみに、難聴の人が補聴器を使用しても効果が出ない場合は、「人工内耳」と呼ばれる器具を埋め込む方法も難聴対策における選択肢の1つとなります。
嚥下障害の人への支援
言語聴覚士は、摂食嚥下障害を持つ人のサポートを行います。
例えば、舌や喉を動かす運動や飲み込んだ時の反応を高めるリハビリや、「嚥下造影検査」と呼ばれる、口や喉の動きを観察して食べものが正しく送られているかのチェックを行うのです。
特に高齢者は、加齢により食べて飲み込む能力が衰えています。
食べることに不便が生じて起こる栄養不足は要介護状態の原因にもなるため、しっかり食べて飲み込むリハビリが介護予防につながるのです。
ちなみに、「摂食嚥下障害」とは、食べ物が口からこぼれ落ちたり、飲み込めずにむせてしまったりする状態を言います。
ものを食べるためには、口から食物を取り込んだ後、噛んで飲み込む力が必要です。
口と喉を連携して動かさなければ、食べものをよく咀嚼(そしゃく)して飲み込むまでの動作がしづらくなり、このような症状が起きてしまうのです。
小児リハビリにおける支援
言語聴覚士は、言語発達の遅れや障害を抱える子どもたちに対して、専門的な知識と技術を用いて評価、訓練、指導を行います。
具体的には、発達障害、知的障害、聴覚障害など、言語発達に影響を与える要因を評価し、子どもの発達段階や個別のニーズに合わせた訓練プログラムを作成します。また、コミュニケーションスキルの向上を図るとともに、家族や教育機関と連携して、子どもの言語発達を支える環境づくりに貢献します。
早期介入の重要性を認識し、言語発達の問題を早期に発見して適切な支援を開始することで、子どもの言語能力の向上と社会性の発達を促進します。
言語聴覚士の就職先は?
病院などの医療機関
言語聴覚士の就職先として最も多いのが病院やリハビリテーションセンターといった医療機関です。
病院の場合だとリハビリテーション科に所属して、患者のコミュニケーション障害や摂食・嚥下障害を改善、回復させるためのトレーニングを行う、というケースが多く見られます。
ほかにも、耳鼻咽喉科や口腔外科、歯科などで勤務するケースも多いです。
介護施設や福祉関係施設
近年、言語聴覚士の働く場所として需要が高まりつつあるのが、介護・福祉施設です。
これらの施設では、食べたものをうまく飲み込めなくなる摂食・嚥下障害を持つ人が多く、言語聴覚士はそれら障害の改善、回復に向けたサポートを主に行います。
高齢者の中には、嚥下機能の低下によって食べたものが気管に詰まり、それが原因で誤嚥性肺炎を起こす人が少なくありません。
そのような事態を防ぐため、介護・福祉施設では言語聴覚士の支援が期待されています。
聾(ろう)学校や特別支援学校
聾(ろう)学校や特別支援学校では、会話や聴覚に障害を持つ児童のコミュニケーションをサポートするために言語聴覚士が活躍しています。
また、児童のご家族からの相談にのり、問題解決に向けたアドバイスを求められることも多いです。
子どもが好きな方には、お勧めの勤務先と言えます。
言語聴覚士と理学療法士・作業療法士との違い
言語聴覚士、理学療法士、作業療法士は、いずれもリハビリテーションの専門職ですが、それぞれが担当する分野と提供するサポートの内容が異なります。
言語聴覚士は、コミュニケーションや嚥下機能に問題を抱える方々に対して、言語療法や嚥下訓練、補聴器の調整などを行います。 言葉の表出や理解、発声、飲み込みなどの機能の改善・回復を目指し、患者の QOL 向上を支援します。
一方、理学療法士は、運動機能の改善・回復を主な目的としています。 病気やケガによって身体機能に障害を持つ方々に対し、運動療法や物理療法、歩行訓練、筋力トレーニングなどを実施します。歩く、座る、立ち上がるといった基本的な動作の再獲得を目指します。
作業療法士は、日常生活における様々な活動(作業)を通して、患者の自立と社会復帰を支援します。 食事、排泄、入浴、更衣など、日常生活に必要な動作の訓練や、家事、趣味、仕事などの生活活動の再獲得を目指します。また、心理面のサポートにも力を入れ、患者の意欲向上や不安の軽減にも取り組みます。
以下の表は、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士の主な違いをまとめたものです。
職種 | 主な対象 | 主なサポート内容 |
---|---|---|
言語聴覚士 | コミュニケーション・嚥下機能に問題を抱える方 | 言語療法、嚥下訓練、補聴器の調整など |
理学療法士 | 運動機能に障害を持つ方 | 運動療法、物理療法、歩行訓練、筋力トレーニングなど |
作業療法士 | 日常生活動作や社会生活に支障を抱える方 | 日常生活動作の訓練、生活活動の再獲得、心理面のサポートなど |
これらの専門職は、各分野の専門性を活かしつつ、互いに連携・協力しながら、患者の総合的なリハビリテーションを進めていきます。チーム医療の一員として、患者の回復と社会復帰を多角的にサポートしているのです。
言語聴覚士の年収・給料
言語聴覚士の平均的な月収は22~30万円、平均的な年収は約350~400万円ほどです。
もちろん、働く場所や地域、勤務体系やボーナスの有無などによって給料にはばらつきがあります。
月収 | 22万円~30万円 |
---|---|
年収 | 350万円~400万円 |
ちなみに、厚生労働省の「平成29年度介護従事者処遇状況等調査結果」によると、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・機能訓練指導員を合わせた平均給与額は、33万5,210円でした。
理学療法士や作業療法士の平均年収と比較すると、言語聴覚士の年収はやや低めです。
言語聴覚士も理学療法士や作業療法士と同様に機能回復や維持をサポートする仕事であるにもかかわらず、平均年収が低いのは、言語聴覚士の歴史が浅い点が挙げられます。
言語聴覚士が国家資格に制定されたのは1997年で、20年ほどしか歴史がありません。
そのため言語聴覚士として働く人の数はまだ少なく、働く世代も20~40代と比較的若いため、年収や月収の平均値が低く出ます。
また、夜勤や土日勤務が比較的少ないため、手当がつきづらいことも理由の1つです。
言語聴覚士が年収アップを目指すには、キャリアを積んで昇給、または転職をするという選択肢があります。
管理職まで昇給すれば、年収500万円以上も目指せるでしょう。
言語聴覚士になるには?
言語聴覚士の受験資格を取得するための流れ
国家試験は誰でも受験できるわけではなく、資格取得を目指すならまずは受験資格を得なければなりません。
受験資格を取得する方法には、「大学(4年制)ルート」「大学・短大ルート」「文科省指定校/厚労省指定養成所ルート」の3つがあります。
【大学(4年制)ルート】一般大学で指定科目を4年間履修
言語聴覚士になるための専門カリキュラムを学べる4年制大学を卒業することで、受験資格を得るルートです。
4年間をかけて専門知識を学べるほか、教養知識や語学など、人間力を総合的に高めるための教育を受けることもできます。
大学卒業後、すぐに言語聴覚士の資格を取得し、活動・就職していきたい方にお勧めのルートです。
【一般大学・短大ルート】指定科目を1~2年以上履修+養成所
言語聴覚士の養成課程がない一般の大学や短大を卒業した後、指定された大学・大学院の選考科もしくは専修学校(2年制)に入り直して改めて卒業する、というルートです。
大学や短大在学中に言語聴覚士の仕事に興味を持ち、資格取得を目指すという方に向いているルートと言えます。
あるいは、大学・短大卒業後に一度就職し、その後改めて言語聴覚士を目指して勉強し直すという方も、この方法によって受験資格を得ることになるでしょう。
【文科省指定校/厚労省指定養成所ルート】指定を受けた専門学校など
都道府県知事が指定する言語聴覚士養成所(3・4年制の専修学校)を卒業することで、受験資格を得るルートです。
高校卒業後に入学する、もしくは社会人の方が資格取得を目指して入学することができます。
3年制と4年制があり、できるだけ早く資格を取得したいなら3年制、時間をかけて専門知識・技能を身につけたい方は4年制がお勧めです。
言語聴覚士になるための専門的な学習を集中して行うことができるので、勉強の効率性という点では利点のあるルートです。
ただし、大卒という学歴を得ることはできません。
通信教育だけでは受験資格は得られない
「言語聴覚士」という国家資格を、通信教育のみで取得することはできません。
もし仕事やご家庭の都合により、昼間に通学ができないという場合は、夜間開校の言語聴覚士養成所(専修学校)に通う必要があります。
夜間課程の学校だと1日に受講できる講義数はどうしても限られてくるでしょう。
しかし、必要なカリキュラムを修了すれば、言語聴覚士国家試験の受験資格を得ることはできます。
2024年言語聴覚士国家試験の合格率は約7割
2024年に実施された第26回言語聴覚士国家試験では、受験者数は2,431人で、そのうち合格したのは1,761人。合格率は72.4%でした。ここ数年の合格率の推移をみると、実施年ごとに差があるものの、基本的に7割近い合格率は毎年確保されているので、大学・短大・養成校で学んだことをきちんと理解し身につけておけば、合格の水準に届くと考えられます。
合格基準
第26回言語聴覚士国家試験を例にすると、合格基準は「配点を1問1点、合計200点満点とし、120点以上を合格とする」とされています。
正答数の割合としては、全問題の6割以上に正解することが、合格できるかどうかの分かれ目と言えます。
確実に合格したければ、7~8割正解できるように学習を続ける必要があるでしょう。
受験料
受験手数料は3万8,400円です。
公益財団法人医療研修推進財団が指定する銀行または郵便局の口座に振り込む形で納めます。
受験に必要な書類を提出した後では、受験手数料の返還は行われないので注意しましょう。
試験内容
言語聴覚士国家試験の出題範囲は、「基礎医学」や「臨床医学」といった基礎的な医学分野から、「音声・言語学」「言語聴覚障害学総論」「発生発語・嚥下障害学」「言語発達障害学」など多岐にわたります。
試験問題は多肢選択肢式となっていて、出題数は全部で200問です。
試験時間は午前中と午後に分けて行われますが、それでも1問ずつ丁寧に解いていくと、時間が不足する恐れがあります。
時間配分の方法を、過去問題で練習しながら考えておく必要があるでしょう。
試験日と合格発表日
2024年2月17日(金)に実施された第26回言語聴覚士国家試験の合格発表は、同年3月26日(火)午後2時に行われました。
例年だと、厚生労働省にて合格者の受験地と受験番号を掲示するほか、厚生労働省と医療研修推進財団のホームページでも同様の掲示が行われています。
言語聴覚士に向いている人
言語聴覚士は、リハビリなどの際に患者と直接向き合うことが多く、「コミュニケーション能力」が必要です。
患者それぞれの性格を汲み取り、一人ひとりに合った柔軟な対応をしなければなりません。
例えば、思うように話ができなくなった人は、伝えたいことを伝えられずにストレスを溜めてしまいがちです。
今まで普通にできたことができなくなることにより、落ち込む人も少なくありません。
そんな患者の気持ちを受けとめることができる「共感力」も重要となります。
さらに、相手が困っていること、求めていることを正確に把握して見極める力、患者の変化を見逃さず、効果的なリハビリや改善方法を探るための観察眼も必要です。
リハビリは、人によってはなかなか結果が出ないこともあり、長期間の治療やリハビリが必要な患者も多くいます。そのため、粘り強く患者に向き合ってリハビリを続けるための根気強さも求められます。
さらに、言語聴覚士の資格を取得した後も勉強会などへ足を運んで、新たな技術や知識を取り込んでリハビリに活かそうとする向上心を持ち続けることも必要です。
言語聴覚士のやりがい・魅力
言語聴覚士は、コミュニケーションや食事などの機能回復を支援する専門職です。患者さんの社会復帰をサポートし、生きるよろこびを取り戻す手助けをすることが、言語聴覚士の最大のやりがいと言えるでしょう。
具体的には以下のようなやりがいや魅力があります。
- 患者の変化を間近で見られ、「人の役に立った」と実感できる
- 患者と深く関わり、信頼関係を築ける
- 専門性を発揮し、周囲の医療スタッフに頼られる存在になれる
- 長く仕事に従事するほどスキルアップ・キャリアアップにつながる
例えば、失語症の患者が訓練によって少しずつ会話ができるようになり、社会復帰への自信を取り戻していく過程に寄り添えることは、言語聴覚士ならではの喜びです。
また、患者の生活環境や人生観までも理解した上で、オーダーメイドのリハビリプログラムを考案できる点も魅力の一つ。専門性を存分に発揮できるやりがいのある仕事だと言えるでしょう。
言語聴覚士の将来性
言語聴覚士は、1997年に国家資格として制定されて以来、着実にその数を増やしています。2023年3月時点での有資格者数は約4万人に達しており、毎年1,500名程度が新たに言語聴覚士となっています。
しかし、同じくリハビリテーション関連の国家資格である作業療法士の有資格者数が約7万人であることと比較すると、言語聴覚士の人数はまだ少ないと言えます。そのため、言語聴覚士は需要が高いにもかかわらず、供給が追い付いていない状況にあり、就職率は非常に高くなっています。
さらに、日本の高齢化は急速に進んでおり、今後も嚥下障害などのコミュニケーション問題を抱える高齢者が増加することが予想されます。このような社会的ニーズに応えるために、言語聴覚士の役割はますます重要になってくるでしょう。
また、「地域包括ケア」の推進に伴い、病院や施設だけでなく、在宅療養者へのサポートも求められるようになっています。このような動きは、言語聴覚士の活躍の場を広げることにつながるでしょう。
以上のことから、言語聴覚士は将来性の高い職業であると言えます。幅広い知識とコミュニケーション能力を身につけることで、多様な現場で活躍することができるでしょう。