今回のゲストは、ファミリー・ホスピス東林間ハウス(神奈川県相模原市)の介護管理者・牧野功さん。ホスピス住宅で終末期ケアを行う牧野さんは、自衛隊の幹部自衛官として活躍していた経歴の持ち主です。国を守り、隊員の命を預かるという重責を背負い、長年培ってきたリーダーとしての資質。理想とする「その人らしい介護」実践へ向け、持ち前の強い気持ちは大きな武器となっています。

更新
牧野功アイコン
Profile 介護管理者兼サービス提供責任者 牧野 功さん

高校卒業後、幼い頃からの憧れだった陸上自衛隊に入隊。難関の幹部候補生試験を突破し、幹部自衛官として連隊本部に従事する。32歳で退官後、地元・神奈川県へUターン転職。複数の介護系企業でケア経験を積んだのち、2019年ファミリー・ホスピス株式会社へ入社。

経歴
1994年〜2007年 陸上自衛隊の自衛官として活躍
2007年〜2019年 デイサービス、老健、有料老人ホームなど介護業界で経験を積む
2019年6月 ファミリー・ホスピス株式会社(旧カイロスアンドカンパニー株式会社)へ入社
長所 社交的
短所 楽観的
趣味 テニス
特技 パソコン

自衛官から介護士へ。生き方が丸ごと変わったセカンドステージ

介護職に就くまでのご経歴を教えてください。

高校卒業後、陸上自衛隊へ入隊しました。27歳で幹部自衛官へと昇格し、1,500名の隊員が所属する連隊本部で、部隊の訓練計画を立案・実行する業務を担っていました。指揮官を補佐する「参謀」といえばイメージしやすいでしょうか。

  Before After
雇用形態 自衛官
(非任期 幹部)
正社員
業種 陸上自衛隊 サービス付き高齢者向け住宅
職種 本部業務 訪問介護管理者
勤務時間 8:00~17:00(基本) 8:30〜17:30
休日 土日祝(基本) 月8〜9日のシフト制
仕事内容 国家防衛・災害派遣
国際平和協力
訪問介護事業所の管理

自衛官を目指したきっかけは何だったのですか?

小学生の頃、映画「ひめゆりの塔」を観たことが大きな転機でした。当時の自分が知っている日本とはあまりにもかけ離れた世界が描かれていて、観終わった後は「どうせ作り話だろう」と思ったんです。でも、一緒に観覧した祖母が「これは昔、本当にあったこと。おばあちゃんも戦争を体験したんだよ」と話してくれ、大きな衝撃を受けました。

それ以来、なぜこんな悲惨な戦争が起こってしまったのかと考えるようになり、第二次世界大戦についての文献などを熱心に読むようになりました。歴史を知れば知るほど今の平和を守るために働きたいという気持ちが強くなり、自衛官になることを決意したんです。

揺るぎない信念をお持ちだったんですね。

自衛隊入隊は長年の夢だったので、厳しい訓練や激務も苦になりませんでした。けれど32歳の時に家庭の事情で退官することになり、当時の赴任先だった長崎の駐屯地から地元・神奈川へUターンしてきました。そして再出発の場として選んだのが、デイサービスでの介護士の仕事です。

牧野功さん(1)

まったく畑違いの世界への転身ですが、苦労はありませんでしたか?

失敗と挫折の連続です。雇う方も私がちゃんと働けるのか半信半疑だったようで、「自衛官歴が長くて未知数だから、すぐには正規雇用できない」と、研修生からのスタートでした。

当時の髪型はいかついスポーツ刈り。堅い口調もなかなか抜けず、上司が不安になる気持ちも今なら分かります(笑)。「介護職にふさわしくない」「威圧感がある」と何度も注意されました。自衛隊では隊員を率いる立場として、任務中の笑顔や砕けた口調なんて一切許されませんでしたから、身体に染み付いた立ち振る舞いから変えていく必要がありました。

それは大変でしたね…。

生真面目さが仇になってしまうんですよね。例えば、入浴介助中、転倒が心配で利用者様の足元を凝視していると、女性の利用者様から上司へクレームが入ってしまうとか…(苦笑)。良かれと思ってやったことが裏目に出たり、自分の中での常識がまったく通用しなかったりと、これは大変な世界へ来てしまったぞと四苦八苦する毎日でした。

築き上げてきた自信や価値観を根本から覆されるような体験をして、介護職を辞めようとは思いませんでしたか?

早々に見切りをつけて別の業界に転職することも可能だったはずなんですが、なぜか介護の世界から離れることは考えられなくて。

もともと、介護士になることを選んだのは「お前は優しい子だから、子どもや老人に関わる仕事が向いているよ」という祖母の言葉があったから。この言葉は、きっと自分はこの世界で頑張れるはずだと根拠のない自信へつながり、頑張り続ける原動力にもなりました。

1週間のスケジュール

すべてを受け入れるというプライド。ホスピスとしての存在意義がここにある

デイサービス以外の現場もご経験されたと伺いました。

研修生として入ったデイサービスで正社員となったものの、結局は知識不足のため、利用者様やご家族から何か質問されても的確に答えられないことに歯痒さを感じました。高齢者介護について知見を広げる必要性を痛感し、利用者様の生活全般に関われる老健施設へ転職。介護系企業の本社に勤務していたこともあります。

そして2019年、多くの経験を経てたどり着いた先が、現在の「ファミリー・ホスピス東林間ハウス」です。介護管理者とサービス提供責任者を兼務しています。

現在の介護管理者のお仕事は、どういったことをされるのですか?

入退去に関する諸手続きや調整のほか、スタッフのマネジメントが主な業務です。ホスピス住宅である当施設には、末期がんや難病で専門的ケアが必要な方がご入居されるため、入居したその日から適切な看護・介護サービスを受けられるよう、準備を万全に整えておくことが最も重要です。

牧野功さん(2)

ホスピス住宅とほかの入居型介護施設との違いを教えてください。

ホスピス住宅の特徴は、看護師が24時間常勤し、終末期の医療的サポートに特化していること。利用者様は、苦痛を和らげるための緩和ケアを受けられます。施設形態はサービス付き高齢者向け住宅に当たるため、介護サービスについては建物に併設した訪問介護事業所のヘルパーが、医療サービスは訪問看護事業所が担う仕組みです。

医療・介護依存度が高いという理由で他施設から入居を断られた方が、あちこち探してようやく当施設にたどり着いたケースも多くあります。私どもとしても、ホスピス住宅としての使命をまっとうするために、入居希望をいただいた場合はできるだけ受け入れるように努力しています。

どなたも断らないという方針は、ご本人だけでなくご家族にとっても頼もしい存在でしょうね。

そうですね。ありがたいことに数多くの感謝のお言葉をいただいています。やはり「人生の最期は、慣れ親しんだ自宅で家族と一緒に過ごしたい」と人は望むものです。

とはいえ大病を患ってしまうと、自宅療養はご家族の負担も大きく、病院でお看取りすることが一般的。そして多くは面会時間の制限などが設けられ、家族や友人が自由に行き来できないのが実情です。特にコロナが流行してからは、誰とも対面することすら叶わないまま亡くなられる方も多数いらっしゃいます。

ファミリー・ホスピスでは、ご本人の希望に寄り添いながら「その人らしい最期」を迎えられる場を提供しています。ご家族は24時間いつでも居室を訪問できますし、緊急事態宣言中の面会もお断りすることはありませんでした。病院のような安心感と、自宅のようなあたたかさを感じていただけるのが特徴ですね。

牧野功さん(3)

命を預かる覚悟、ともに戦うスタッフへの真摯な姿勢

今の現場で最も嬉しい瞬間はいつですか?

利用者様の希望を叶えられた時です。

胃瘻や点滴で栄養を取っている方の「口から食べ物を味わいたい」という望み。入浴は禁忌とされている方の「お風呂にゆっくり浸かりたい」という望み。健康な人間が当たり前に行っていることも、利用者様にとってはそのどれもが生死に直結する行為です。入浴時の温度や水圧といったわずかな変化が引き金となり、亡くなられてしまうケースもありますから。

介護者が安全や安心を重視するあまり、ご本人の意志は二の次にされがちなのが日本の介護事情。でも私たちは、医師なども交えて慎重に検討し、ご希望を叶えるために尽力します。

「できない」からと諦めてしまうのではなく、すべて「できる」前提で考える姿勢でいたい。重圧と緊張感はありますが、「本当にありがとう」と利用者様が笑顔で言ってくれた時の嬉しさは、何物にも変えがたい達成感ですね。

ご本人の希望とはいえ、相手の命に関わる決断を下すことは大きな勇気が必要かと思います。

すべてのケースが生死の淵ギリギリのため、究極の選択ともいえます。でも私は、大勢の隊員の命を背負う幹部自衛官として「覚悟」を持って職務にあたることを叩き込まれてきました。そのために求められる資質は「状況を分析し判断する能力」「自分の決断を信じる心の強さ」。それが今の職場でも活かされていると感じます。

牧野さんが「大丈夫、やろう!」と思い切り良く決断してくれるからこそ、スタッフの皆さんも安心して「利用者様の望む介護」を実践できるのではないでしょうか。

施設で働く全員がのびのびと働ける環境をつくるのが、管理者の仕事だと考えています。そのためには、チームの決断に対して責任を持つことが私の果たすべき役割です。

例えば、まだ経験の浅いスタッフが、自身が介助した入浴がきっかけで利用者様が亡くなるケースに直面したとします。いくらご本人が望んだことの結果であっても、やはり介護者は大きなショックを受けます。

だからこそ「決して1人で決めたことではなく、私も含めて一緒に決めたことなのだ」と声を掛けることが必要です。私がスタッフたちの心の防波堤となり、みんなが誇りを持って相手に寄り添うケアを実践できるのなら、こんなに嬉しいことはありません。

牧野功さん(4)

施設内を見学した際、スタッフの皆さんの明るい笑顔と仲の良い雰囲気が印象的でした。牧野さんをはじめ、リーダー職の方々の決意と気遣いの上に育まれた職場環境なんでしょうね。

ありがとうございます。人間の生死に深く関わるホスピス住宅は、プレッシャーを感じることも多く、タフな現場といえます。だからこそ、堅い信頼関係やチームワークが絶対に必要。「言いたいことはなんでも言える職場」を目標にしています。

具体的には、どのように現場の声を吸い上げているのですか?

面と向かっては言いにくいことも、文章にすれば伝えやすいもの。毎朝出社すると、何枚ものメモ用紙が私の机に貼られているんですよ(笑)。

「◯◯さんのケアはこうすれば良いのでは」といった提案から、悩み・愚痴まで内容はさまざま。もらった相談事についてはホーム長や医療チームとも共有し、回答の先送りや放置は絶対にしません。いいなと思ったアイデアは周知して全員で実践し、個人的な事案に対しては個別ミーティングで一緒に解決策を考えます。「声を上げれば、必ず上司は動いてくれる」というスタッフからの信頼感に精一杯応えたいですね。

皆さんの気持ちを受け止める立場の牧野さんですが、ご自身はどのようにストレスマネジメントをされているのでしょう?

家に帰ったら、仕事モードを完全にゼロにすること。これは前職でも同様でしたが、仕事を家に持ち帰ることはせず、オンとオフの切り替えを徹底しています。良く働き、良く休む。それが日々の仕事の質を向上させることにもつながると思います。

牧野功さん(5)

介護の真髄は「その人らしさ」。最前線で追い求めるのは理想のケア

これからの目標を教えてください。

ホスピスとしての本来の機能を追求すること。もっと利用者様とふれあう時間をつくり、より心を通わせることができる施設が理想です。そのためにはスタッフの人員増、個々のケア技術のアップデート、効率化に向けた体制の見直しが必要でしょう。施設全体で知恵と工夫を出し合い、ケアとケアの合間の時間をうまく使っていこうと思います。

牧野さんのモチベーショングラフ

牧野さんにとって「介護」とは?

「その人らしさ」ですね。自衛官経験からたどり着いた死生観のもと、誰もが心に抱く「自分らしい生き方」「自分らしい最期」を尊重した介護を実現したい。その一心で、介護の世界で経験を積んできました。

今、このファミリー・ホスピス東林間ハウスで、自分の理想を少しずつ具現化できていると感じます。これからも現場職として、最前線で「その人らしい介護」を実践していきます。そして、いつか私やほかの管理職がこの施設からいなくなったときも、現在の体制が維持できるよう、スタッフたちと理念をシェアし深く根付かせていきたいです。

介護職を目指す方へのメッセージをお願いします。

どんな仕事も「はじめて」からスタートします。最初から全部上手にできる人なんていませんよ。だから、まずはやってみるという気持ちが大事。トライしてみて、自分に足りない部分に気がついたとき、努力すればいいんです。困っていることを発信すれば、周囲もきっと助けてくれるはず。難しく考えず心のままに飛び込んでみてください。応援しています。

牧野功さん_記事末画像

撮影:丸山剛史

求人の詳細
はこちら
ファミリー・ホスピス株式会社