広島県福山市の「福山蔵王ケアハートガーデン・グループホームなごみ」で働く、介護士・児玉美幸さんからお話を伺いました。長年、カフェやレストランで料理の腕を奮ってきた児玉さん。忙しくも充実した日々を送っていましたが、40歳を目前にしたとき、ふと立ち止まりたくなったと話します。転職先に介護の世界を選んだ理由、そこで発見した仕事のやりがい・楽しさとは?

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児玉 美幸アイコン
Profile 介護士 児玉 美幸さん

高校卒業後、憧れだった料理の道へ。首都圏のレストランで勤務していたが、父親の病気をきっかけに地元・広島へUターン。2019年に介護転職し、当初は派遣スタッフとしてスタート。数ヶ月で正社員登用され、現在はユニットリーダーを任されている。

経歴
2000年〜2019年 レストラン、カフェなど複数の飲食店で勤務
2019年 三菱電機ライフサービス株式会社へ入社
長所 タフさ
短所 たくさんあって書ききれません!
趣味 アウトドア
特技 料理

「おいしい!」の笑顔が見たくて料理人の世界へ

介護士の仕事に就くまでの経歴を聞かせてください。

レストランなど飲食店で働いていました。高校生の時もアルバイトとして飲食業に携わっていたので、食の世界での経験は20年以上になります。介護士へ転職したのは2019年です。

       
  Before After
雇用形態 正社員 正社員
業種 飲食サービス グループホーム
職種 飲食店店長 介護士
勤務時間 シフト制 シフト制
休日 シフト制(時期により変動) 月8〜9日のシフト制
仕事内容 接客・調理・店舗運営 身体介助・生活支援

飲食店時代の職種は、接客と調理どちらを担当されていたのですか?

どちらもです。仕事をはじめた頃はコックとして厨房で働いていましたが、接客もしながら料理を提供するというスタイルの方が自分に向いていると徐々に感じるようになりました。何度か勤務先を変えながら、最終的にカフェレストランのような形態のお店で店長を務めていました。

飲食のお仕事に就いた理由は?

1990年代に放映されていた「料理の鉄人」というテレビ番組がきっかけです。私も料理人になりたい!と憧れ、迷うことなく料理の道へ進むことを決めました。

取材写真1

女性料理人、カッコよくて素敵です!ただ、立ち仕事・水仕事で大変そうといったイメージもありますが…。

大変……でしたね(苦笑)。

肉体的な強さが求められるのはもちろん、忙しくていくら時間があっても足りないくらい。特に下積み時代はソースやデザートも1から手作りするようなお店に勤めていたため、学ぶことが多く、上下関係も厳しかったです。けれど、おかげでしっかり勉強させてもらえて、料理人として恥ずかしくないスキルを身につけることができました。

長く続けた飲食業を辞めたのはなぜでしょうか?

高校を出てから飲食の世界でずっと走り通しだったため、40歳を前にひと息つきたくなったんです。最後に勤めていた職場はランチから深夜帯までの営業で、終始気持ちが張り詰めているような毎日でしたし。

それでも当時は「異業種で一旦休憩して、充電できたらまた飲食に戻ってこよう」と考えていました。やっぱり、お客さまの「おいしい!」という笑顔を見ることが、自分にとって人生のモチベーションだったんですよ。

けれど、2019年に転職した後、あっという間に世の中がコロナ一色になってしまいました。飲食業界が厳しい状況なのはご存じのとおりで、元同業の友人たちと話していても、いまだに先行きが見通せない怖さを感じます。たとえ飲食の世界に戻ったとしても、以前と同じように仕事を続けていける確信が持てないため、今は全力で介護士の仕事に向き合おうと思っています。

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家族のケアを通して知った、介護を楽しむマインドセット

転職先に介護の世界を選んだのはなぜですか?

介護職って、日本中どこでもニーズのある職業じゃないですか?食いっぱぐれる心配がなく、年齢を重ねても長く続けていけそうな点が魅力的に感じました。

それまで介護をされた経験はあったのですか?

私が35歳くらいの頃、父が難病を患いました。当時は首都圏のレストランに勤めていたんですが、看病のために地元・広島に戻ってきたという経緯があります。今はかなり回復して、身の回りのことは父自身でできるようになっていますが、退院後しばらくの間は私が日常的にケアを行っていました。

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在宅介護の大変さを実感されてきたんですね。

そうでもありませんよ。父は認知面はしっかりしており、身体的な衰えがあっただけでしたから。

身内の介護でもっとも困難に感じるのは、体の負担ではないんです。意思疎通がうまくできなくなるなど、家族の関係性が変わっていくことへの不安や苛立ちを感じることの方が、よほどつらいことだと思います。

その気づきは今の仕事にも活かされていそうです。

ええ。だからこそ、介護職の醍醐味って、利用者さまとのコミュニケーションや気持ちが通じ合う瞬間にあると思うんですよね。仕事を楽しめるかどうかは、このよろこびにフォーカスできるかにかかっているんじゃないかな。

モチベーショングラフ

職場の雰囲気がまったく違う!転職で感じた驚き

当初の雇用体系は派遣だったと伺いました。

そうです。なにせ飲食以外の仕事をすること自体がはじめての経験だったので、まずはお試しでやってみようと思って。

就業をはじめて2〜3ヵ月くらいで、正社員登用の声をかけていただきました。思った以上に楽しく働けていたため、ぜひにと二つ返事で了承し、引き続きこちらの「グループホームなごみ」で勤務しています。

働き始めた頃は、介護の仕事に対してどう感じましたか?

身体介助など業務に関することについては、マイナスな感情は一切ありませんでした。父へのケア経験があるとはいえ、ちゃんと介護の勉強はしたことがない素人だったのがかえって良かったのかもしれません。教えてもらったことはすべて「なるほど、そういうものなのか」と素直に受け止められました。

それよりも、飲食業界に慣れきっていたため、職場の風土や常識の違いに戸惑うことが多かったです。

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どういった違いがありましたか?

些細なことではあるんですけど…。飲食の世界って、いわゆる体育会系っぽい雰囲気なんです。たくましいと表現すれば聞こえは良いんですが、悪くいえばガサツというか(笑)。

でも介護職をされている方は、やさしくて穏やかなタイプが多いんですよ。特に、うちの施設はスタッフ全員が女性。主婦の方やシニア世代の方もいらっしゃいます。だから、以前の職場のノリで私がおしゃべりをすると、その口調の荒々しさにびっくりしたような顔をされちゃって(苦笑)。

高齢の利用者さまと関わる職業でもありますから、他者に悪い印象を与えるような話し方は良くないなと反省しました。それ以来、つっけんどんな感じに取られないよう言葉のチョイスに注意したり、冗談もキツくなりすぎない程度に一旦頭の中で考えてから口に出すようにしています。

なるほど。確かに業界によって慣習が異なったり、働く人の気質も違いますものね。

何が正解ってわけでもないし、こちらに悪気はないんですが、価値観が違うことで自分の言動が相手を不快にさせてしまうケースもあるんだなと痛感しました。こういった感覚の相違は目に見えないから、気がつくのが難しいこともあって怖いですよね。

私の場合は周囲があたたかい方たちばかりで、カラーの違いを煙たがられることなく、丸ごと受け入れてもらえて本当に良かったです。派遣から正社員として介護士を本気で続けようと決意できたのは、この職場だったからこそ。スタッフのみんなには心から感謝しています。

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これまで鍛えた「察する力」で、利用者さまとコミュニケーション

現在の働き方を教えてください。

勤務時間も休日もシフト制で、夜勤には月5〜6回入っています。お休みは月8〜9日程度です。

業務内容は、主に利用者さまの身体介助を行っています。昨年の春からはユニットリーダーを務めており、スタッフ管理などにも取り組んでいます。

飲食店にお勤めの頃とライフスタイルは変わりましたか?

定時で帰れる、定期的な休みがあるという点で大きく変わりました。自分の時間を持ちたかったことが転職理由の1つでしたから、何年振りだろうと思うくらいに今は余暇を満喫中です。アウトドアが好きなので、友人と登山をしたり、ソロキャンプに出かけたりしています。

転職前後のスケジュール

今の仕事でも役に立っていると感じる、前職での経験はありますか?

臨機応変なコミュニケーション法です。

店長時代は、学生さんをはじめ若いスタッフたちをマネジメントしていました。やっぱり、自分が若い頃とは考え方が違う部分も多いので、教育はすごく気を使うポイントです。

どんな言葉や伝え方なら、彼らは仕事を覚えやすいのか。どう接すれば、仕事にモチベーションを感じてくれるのか。そんな風に相手の様子を観察しながら、スタッフそれぞれにとってベストな方法を探っていくのが日常でしたから、この時の経験は今も活かすことができていると思います。

認知症の利用者さまは感情をうまく表現できない場合も多いでしょうから、児玉さんの「察する能力」は大いに役立っていそうです。

介護士として働く上で、相手の隠された気持ちを汲みとりたいとは常に意識しています。人間、言葉だけがコミュニケーションではないですから。

そう思いながら仕事をしていると、利用者様から認知症特有のちょっとした暴言などが出ても、カチンと来ることはありません。真っ先に私が考えるのは「この方は、なぜそんなことを言ったのだろう?」ということ。相手の心の奥にある不安や心配事に考えをめぐらせて、その原因を解決するための努力をしていきたいです。

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介護士の仕事でもっともやりがいを感じる瞬間は?

利用者さまの笑顔を引き出せた時ですね。

何がやりたい・何が好きといった、ご自身の欲求を伝えられない利用者さまにも、なんとかして毎日を楽しんでもらいたいのが私たち介護士です。スタッフ同士でアイデアを出し合い、利用者さまにいろんな体験やケア方法を提案して、時には私も一緒にチャレンジして…。

試行錯誤した結果、めったに表情が変わらない利用者さまに笑顔が見られた時は、もう飛び上がるほどの嬉しさですよ。

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介護士と看取りは切っても切り離せないからこそ

今年で介護士をはじめて4年目となりますが、思い出に残るエピソードはありますか?

仕事をはじめて間もなく、利用者さまの看取りを経験しました。生まれてはじめて目の当たりにした「死」へ衝撃を受けたと同時に、ご家族に見守られながらの旅立ちがとてもしあわせな光景として心に残っています。

その後も、スタッフみんなでその方の思い出話に花が咲くことが度々ありました。さみしい気持ちはもちろんありますが、亡くなった後もたくさん話すことがあって、生きている人たちの間では確かにその方が存在している。これってすごく素敵な結末だなと深く感銘を受けました。

私は介護士として、利用者さまが幸せな最期を迎えられるお手伝いをしたい。そのためには日々真摯にケアへ向き合わねばと、改めて決意した出来事でした。

その経験は、児玉さんご自身の死生観にも影響していきそうですね。

そうですね。人の死と向き合う機会をいただくからこそ、自分も思いを残すことのない生き方をしたいと強く思います。たとえば、スカイダイビングみたいな腰が引けるアクティビティも、やっぱり一度は体験しとかないとね(笑)。

やらなくて後悔するより、やりたいことは全部やり切ったと満足して人生の終わりを迎えたいです。

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最後に、介護業界を目指す方へメッセージを!

介護職は体力的に厳しそうと思うかもしれませんが、私はそんなことはないと感じます。自分の健康状態や家庭環境に応じて、職種を変えたり雇用形態を変えたりしながら、自由に働ける柔軟な世界だと思っています。

この「長く働ける」というメリットを最大限に活かして、いつまでも人生を楽しんでほしいです。今の時代、70歳を超えても働く必要がある社会ですからね。皆さん、一度チャレンジしてみてください!

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撮影:太田裕子