
介護者を悩ませる「腰痛」が問題視されて久しく、さまざまな対策が講じられていますが、残念ながら全面的な解決には至っていないのが現状です。
長期間痛みに耐えながら介護を続けていたり、腰痛が原因で離職を余儀なくされるケースもあり、介護職の人材確保という面からも対応が急がれます。
入浴介助やおむつ替え、食事介助など、介護作業において、相手を持ち上げたり、支えたりすることはどうしても必要なものです。その際、介護者は中腰や前かがみの姿勢で相手の体重を受け止めることが多く、介護者の腰、腕、肩には大きな負担がかかってしまうのです。
腰痛の原因はさまざまですが、介護現場での腰痛は、筋肉の疲労が蓄積して起こることが多いと考えられています。
腰の筋肉を使い過ぎることで痛みを生じ、その痛みのために筋肉が緊張してさらに痛みが増してしまうのです。
長きにわたって筋肉が緊張状態にあると、ある動作が引き金となって「ぎっくり腰」と言われる急性腰痛症を引き起こすことにもつながります。
職業病とも言える介護者の腰痛罹患を予防すべく、新たな対策も始まっています。その対策が"人の力だけで抱え上げない"手法です。「ノーリフト」とも呼ばれ、欧米で先進的に導入され、日本にも少しずつ浸透し始めてきています。
そこで、今回の特集では「ノーリフト」による介護について紹介します。介護・福祉職の方だけでなく、ご家庭で介護されている方にも役立つ方法なので、ぜひ参考にしてみてください。
介護者の腰痛をなくせ!新たな取り組みとして注目される「抱えない介護」とは?
職業別の腰痛発生割合で歴然!介護者の悩みのタネ…「介護」と「腰痛」は切っても切れない関係?
介護業務において、相手を抱き上げたり、支えたりする動作はなくてはならないもの。そのため、腰痛持ちの介護者は後を絶ちません。
厚生労働省が発表した2014年における業務上疾病のうち、腰痛(休業4日以上のもの)は4,583件となっていて、介護を含む保健衛生業は全体の約29%と最も多くなっています。
製造業(751件) | |
鉱業(3件) | |
建設業(212件) | |
運輸交通業(618件) | |
貨物取扱業(74件) | |
農林水産業(59件) | |
商業・金融・広告業(927件) | |
保健衛生業(1348件) | |
接客・娯楽業(242件) | |
その他(349件) |
さらに、介護職の就業者によるアンケート結果からも、腰痛などの身体的な悩みを抱える人が多くいることが浮き彫りになっています。
介護現場で働く上での悩み、不安(複数回答)
人手が足りない | 48.3% |
---|---|
仕事内容のわりに給料が低い | 42.3% |
有給休暇が取りにくい | 34.9% |
腰痛などの身体的負担 | 30.4% |
精神的にきつい | 28.6% |
業務内容に対する社会的評価が低い | 27.4% |
休憩が取りにくい | 26.7% |
夜間や深夜に何か起きるのではと不安 | 18.6% |
感染症や怪我など健康面での不安 | 14.0% |
労働時間が不規則 | 12.1% |
福祉機器の不足、機器操作、施設構造への不安 | 11.3% |
労働時間が長い | 10.1% |
労働条件などについてとくに悩み・不安・不満はない | 9.8% |
不払い残業がある・多い | 8.3% |
職務として医的な行為に不安 | 7.9% |
雇用が不安定 | 7.4% |
職務中の怪我などへの補償がない | 5.3% |
正規社員になれない | 4.0% |
その他 | 3.6% |
介護において、持ち上げる相手は物ではなく人です。
そのため、介護者は相手を落としてはいけない、痛い思いをさせてはいけないといったプレッシャーを常に感じているわけです。
こうした精神的なストレスも腰痛を引き起こす原因になることが、最近の研究で明らかにされています。
やはり、介護と腰痛は切り離して考えることができない問題なのです。
腰痛の温床となっている“人力”による移乗介助。単なるつなぎの作業と甘く考えないで!

仕事による腰痛を予防するべく、厚生労働省からは「職場における予防対策指針」という通達が出されています。この中で腰部に大きな負担がかかる作業軽減のために、作業を自動化または機械化すること、適切な補助機器を導入することが推奨されています。
ところが、この指針には法的拘束力や罰則規定はなく、介護現場での周知が徹底されていないのが実情です。移乗介助は入浴や食事などの介助を行うための単なるつなぎといった位置付けで、その危険性があまり認識されていないと言えます。
このため、日本では移乗用の介護機器の導入があまり進んでおらず、人の手による介助が続けられているため、腰を痛める人も減らないのです。
人力だけで抱え上げない「ノーリフト」とは?

日本では一般的に行われている人力による移乗などの介助ですが、欧米では最もリスクの高い作業とされていて、移乗用リフトなどの介護機器の導入がさかんに進められています。
介護機器の導入には購入費用やメンテナンスなどのコストが必要ですが、介護機器の導入によって介護者の腰痛の罹患や退職、休業に伴う交代要員の補充などを減らすことができ、費用対効果の面でもメリットがあるとの研究結果が出ています。
こうした欧米での取り組みや結果が認められ、少しずつ日本にも浸透してきています。これが「ノーリフト」と呼ばれる手法です。
ノーリフトは、オーストラリア看護連盟が看護師の腰痛予防対策として1998年にスタートさせたところに端を発します。
「ノーリフト・ポリシー」として危険や苦痛を伴う人力のみでの移乗を禁止し、患者さんの自立度を考慮しながら福祉用具を使って移乗介護をすることを義務づけたのです。
日本では2008年頃からこの手法による看護・介護が始まりました。その結果、介護・看護者の腰痛予防になるだけでなく、介護される側にも大きなメリットがあることが分かってきました。
人力による移乗では、介護される人は抱え上げられるときに身構えてしまい、全身のこわばりの原因となることがあります。また、床ずれを悪化させる心配もあります。無理な抱え上げは介護者のみならず、介護される側の人にも負担を強いてしまうことがあるのです。
介護機器を利用するメリット
- 介護者の腰痛・肩こりが起こりにくくなる。
- 大きな力を出さなくても介助ができる。
- 安全性が高まり、事故を防ぐことにつながる。
- 介護者の能力に関係なく、同じ質の介助を受けられる。
- 力の必要な作業を減らせるので、中高齢者を介護者として雇いやすくなるなど、雇える人の幅が広がる。
介護機器の利用には初期費用が発生し、かつ作業に多少時間がかかるかも知れません。しかし、介護者、介護される人、介護施設にとって大きな利点があるため、少しずつ広まりを見せているのでしょう。
リフトなどの介護機器利用で、腰痛を予防。まずは腰に負担のかからない動作から!
それでは、「ノーリフト」による介助がどのように行われているか紹介しましょう。
「ノーリフト」というと介護機器の導入が必要だと考えられがちですが、最も基本的なものとして腰痛にならないように体の使い方を工夫することも重要です。
足を前後に広げて腰を落とした状態で重心を動かすことによって、無理なく全身の力を利用することができます。従来のやり方では、上半身の力だけで抱え上げるため、腰部に大きな負担がかかってしまいます。
次に、移乗のための介護機器をご紹介します。
- スライディングシート・スライディングボード
- 介護される人が座った姿勢を維持できるときは、スライディングボードやシートが役立ちます。ベッド、車いす、トイレなどの行き来を座ったままで行うことができ、転倒事故を防ぐことにもつながります。スライディングシートは、移乗はもちろん、床ずれ予防の体位変換にも活用しやすいので、ご家庭で介護されている方にもおすすめです。
- リフト
- 介護される人が座った姿勢を維持できない場合や、相手を抱え上げなければ移乗できない場合は、リフトを利用します。リフト移乗であれば、摩擦が少ないため、床ずれのリスクがある人にも有効です。
- 事業者が介護用リフトの導入する場合、国が費用の半額(300万円を上限として)を助成する制度を設けています。詳しくは各都道府県の労働局まで。
医療や介護の現場において、長い間、機械ではなく「人の手が何よりも大切だ」と考えられてきました。この点において、「ノーリフト」は今までの常識を覆すものであり、なかなか受け入れられないという問題があります。
また、介護機器を使うことで作業効率が多少落ちることもあるので「人の手でやったほうが早い」という現場の声も聞かれます。
しかし、介護者が腰痛によって業務を安全に行えなくなるというのでは、元も子もありません。
介護の質をよくし、安全性をより高めるためにも「ノーリフト」による介護がさらに広まっていくことが期待されます。
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2020年9月7日 制定