介護現場でも「生産性」向上の流れ。施設の人員配置基準緩和には、懸念点も残る
人員配置基準が「3:1」から「4:1」になる?
規制改革推進会議が人員配置基準の緩和を要請
規制改革推進会議とは、経済社会の構造改革を進めるうえで必要な規制のあり方に関する基本事項を調査・審議する場です。
その中の2021年12月に行われた医療・介護ワーキング・グループの会議では、改革に前向きな自治体や企業がプレゼンを行い、介護施設における生産性向上について話し合われました。
議題の中で、現行で3:1となっている介護施設や特定施設などの人員配置基準を、段階的に4:1へと緩和することが提言されました。
介護現場での業務を効率化することによって、職員一人ひとりの生産性を向上するという狙いがあります。
ICTなどの最新技術を活用したり、周辺業務をアウトソーシングしたりすれば、サービスの質を落とさずに「人員配置の効率化」や「少人数運営」が可能になるという期待を込めた提言でした。
例えば、この会議でプレゼンを担当した北九州市では、介護業務を仕分けてICT技術やロボットを導入する「北九州モデル」を進めています。その実証実験において、業務全体の時間を261時間から170時間に減少、約35%の効率化に成功しました。
また、業務時間を削減したことで、人員配置の比率を、利用者2.87人に対し介護職員1人という比率になったそうです。
人員配置基準の現状と目的
ここで人員配置基準について整理しておきましょう。人員配置基準とは、サービスの質を担保するため、介護事業所の特性に合わせて、介護職員やケアマネージャーを何人配置するかという基準のことをいいます。
例えば、介護付き有料老人ホームでは、入居者30人以下の場合1人以上、訪問介護では介護福祉士などの専門性の高い介護職員を、1施設2.5人以上といった基準が設けられています。
2021年度の介護報酬改定では、認知症グループホームの夜勤職員体制において、それまでは1ユニット1人以上だった基準を、3ユニットの場合には例外的に「2人以上の配置」にできるようになりました。
つまり、3ユニットに3人以上配置する必要がなくなり、基準の緩和が図られました。
人員配置基準によって、介護施設では雇用する最低人数が定められています。そのため、経営者はサービスの質を維持しながら、必ず一定数の人員を確保しなくてはなりません。
人手不足が続く介護業界において、基準値を満たす人員を確保することが難しい場合もあります。今回の規制緩和は、そうした事業所の運営を助けるものでもあります。
しかし、人員配置基準が緩和されれば、介護職員1人当たりに割り当てられる利用者の人数が増え、業務量が増えることも容易に予想されます。前述の規制改革推進会議において、提案の前提にICT化やアウトソーシング化があったのはこのためです。
技術や業務フローの変革で、「人の手による作業」を減らすことができれば、人員配置基準を緩和しても、一人ひとりの負担を維持したまま施設を円滑に運営できるというのが、今回の提言の主旨なのです。
介護現場に求められるイノベーション
求められる「生産性」、介護職員の業務効率化を図るアウトソーシング
今回の会議において、人員配置基準が声高に叫ばれるようになった背景には、「介護現場の生産性向上」というキーワードが潜んでいます。
「介護現場の生産性向上」が求められる最大の理由は、高齢化による介護ニーズの拡大と、介護業界の人材不足による需給バランスの不均衡にあります。
要介護認定者数は2040年には749万人にまで増大すると見込まれ、このままだと介護人材は、2040年時点で69万人不足すると推計されています。
介護人材の確保は困難を極めています。
介護職は4K(危険・きつい・汚い・給料安い)職種というイメージが根強くあり、実際に平均年収は、全産業平均と比べても70万円以上も低くなっています。
大学生の就職人気調査でも、「仕事の魅力」や「給与・待遇」でワーストを記録しています。
一方、2020年度の有効求人倍率は3.86倍で、ここ数年高止まりしています。
2022年2月より介護職の給与が9,000円アップすることに決まりましたが、現場の介護従事者からは「その額では何も解決しない」という懐疑的な意見が多く寄せられました。
人材不足を補うために「生産性の向上」が叫ばれており、現場での取り組みが進んでいます。
例えば、SOMPOケアでは、介護専門職でなくてもできる食事の配膳や利用者との会話で、介護職員をサポートする役割である「介護補助者」を活用しています。
また、洗濯業務をプロの業者にアウトソーシングすることで、業務効率を大幅に改善しています。
このように、介護現場での「生産性」を向上させるため、介護職員でなくてもできる仕事は外部委託して業務を効率化することで、介護職員が専門的な介護に専従できる体制を整え、人材不足を補っているのです。
ICT活用による業務効率化は本当に可能か
業務のアウトソーシングに加え、ICTの活用もまた、「生産性向上」には欠かせません。厚生労働省の推進により、さまざまな施設で独自の取り組みが行われています。
神奈川県横浜市で介護施設などを運営する若竹大寿会では、介護総合支援システムを独自に開発しました。
例えば、バイタルサインを検知するデバイスに、利用者の様子を録音・録画する機能をつけることで、職員が都度、利用者の部屋を訪問する手間がなくなりました。
スマホやタブレットでも確認できるため、パソコンやデスクに戻らなくても、直ぐにその場で記録できるようなシステムを構築することに成功したのです。
しかし、こうしたシステムへの投資にはコストがかかります。介護事業者には、投資する余力がないのが実情です。
そこで、日本ケアテック協会は政府に対し、こうした「ケアテック」を導入するための補助金だけでなく、恒常的に利用が続けられるように介護事業所を支援すべきだと提言しています。
介護事業者がICTを導入する際、自治体から補助金などが出されることが一般的ですが、現状では導入支援にとどまっており、ランニングコストに対する支援はありません。また、自治体によって補助金額が異なるため、地域によって導入機器の格差が生じています。
こうした問題を解決するために、日本ケアテック協会は、抜本的な介護保険制度の見直しを求めているのです。
新たな介護パッケージを生み出すことが大切
人員配置基準の緩和で夜勤問題はさらに深刻になる?
生産性が向上すれば、少ない人員で効率的に介護サービスを提供できるようになることは、これまでの実証事業を見れば明らかです。しかし、その一方で、人員配置基準を緩和することによって、介護現場にさらなる過重労働を強いてしまうという懸念もあります。
もっとも危惧されているのは、夜勤です。介護施設における夜勤の体制は、主に「2交替夜勤」と「3交替夜勤」の2種類があります。「2交替夜勤」のほうが長時間労働になることが多く、16時間前後の勤務になることが一般的です。
2020年の「介護施設夜勤実態調査」によると、「2交替夜勤」は全体の80.6%を占めています。その割合は年々減少しているものの、いまだに大幅な改善には至っていません。
夜勤帯の労働状況は厳しいものです。
例えば、グループホームの実態調査をした神戸大学の井口克郎准教授によれば、1人夜勤の場合だと2時間程度の休憩時間で、ほとんど「仮眠」などの休憩が取れていないことを指摘しています。
1人夜勤では入居者を残して外出することもできず、もし不測の事態が起きたらすぐに対応しなくてはいけないため、気を配らなければならないからです。
現状の人員配置基準では、こうした実態をカバーできていないのです。
一律の規制緩和ではなく、実態に伴った法整備が求められる
確かにICT活用などによる業務効率化で、介護職員一人あたりの労働負担を軽減することはできるかもしれません。しかし、規制改革会議で取り上げられた事例はあくまで成功例にすぎず、広く一般的な介護事業者で同じことができるとは限りません。
人材不足を軽減するためにも、生産性を向上させることは重要ですが、資金不足やICT人材の不足によってうまくICTを活用できないような現場があるのも事実です。
日本医労連は、労働環境の改善には、介護職員を増員するほかないと指摘しています。そうした現状で、人員配置基準を緩和することは介護職員の負担を増大させるリスクのほうが大きいと言わざるを得ません。
生産性を向上させるためにICT活用を浸透させることは、将来的に不可欠です。今後、規制改革会議での取り上げられた成功事例などを基にして、厚労省が中心となって各自治体に広めていくことが大切になります。
そのためにも、まずは介護現場での実態を正確に把握し、建前を抜きにして「何が原因となって介護現場の負担になっているのか」のデータを集め、慎重に議論を重ねるべきではないでしょうか。
そのうえで、現場の実態に合わせて規制するところは規制し、緩和するべきところは緩和するという柔軟な姿勢が求められているのです。
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2020年9月7日 制定