介護事故の実態把握に動き出した政府。適切なリスクマネジメントが事故を防ぐ
増加傾向にある介護事故の現状
介護施設における事故の特徴
介護保険サービス利用中に起こる「介護事故」。2017年に初めて全国規模での統一調査が行われた際には、特別養護老人ホームで1,117人、介護老人保健施設で430人が亡くなっていたことがわかっています。
介護施設には事故が発生した際に、自治体に届け出ることが義務づけられており、その報告件数は年々増加傾向にあります。例えば、東京都江東区では2002年には125件だったのに対し、2020年は377件と約3倍になっています。
介護労働安定センターがまとめた重大事故の報告によると、介護事故で一番多かったのは「転倒・転落・滑落」で65.6%、次いで「誤嚥・誤飲・むせこみ」が13%、「送迎中の交通事故」が2.5%でした。
事業者のサービス別でも事故に差がある
事業所のサービス形態の違いによっても、事故の状況は異なります。前出の介護労働安定センターの調査では、「訪問サービス」「通所サービス」「入所サービス」「居宅介護支援サービス」の4つの分類に分けて、事故の状況を分析しています。
- ・訪問サービス
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最も多いのは「訪問先での器物の紛失・破損事故」で、56.3%を占めています。「車いすで壁にぶつけた・ガラスドアを割った」「足浴中にパルスオキシメーターを水没させ破損させた」などの軽微な事故が大半です。
次に多いのが、23.2%を占めている「転倒・転落・滑落」です。事故が起きるのは、主に「付添介助中」や「車椅子の使用中」などが多くなっています。
- ・通所サービス
- 訪問サービスと比べて、「転倒・転落・滑落」が78%と圧倒的に多いのが特徴です。事故が起きる状況は多岐にわたります。「付添介助中」、「見守り中」、「室内移動中」、「目を離した隙」、「リハビリ中」と、あらゆるシチュエーションで事故が起きやすいことがわかっています。
- ・入所サービス
- 生活を共にする入所サービスでは、主に介助者が短時間不在にした際の事故が際立っています。事故の77.9%が「転倒・転落・滑落」を占め、そのうち36.8%が「他の利用者を介助中」「見守り中」「目を離した隙」で占められています。また、わずかながら入居者同士のトラブルが含まれているのも共同生活を営む入所サービスならではといえるでしょう。
- ・居宅介護支援サービス
- ケアプランを作成する事業所のため、体に障がいが及ぶような事故事例はほとんどなく、「ケアプランの作成ミス」などの軽微なものが93.5%を占めています。
介護事故の実態把握に向けて動き出した国
統一されていなかった介護事故の報告書
これまで、介護事故の報告フォーマットは統一されていませんでした。「何を事故として扱って、報告の対象とするのか」といった基準は、各施設の判断にゆだねられていたのです。そのため、国が介護事故の全体像を把握することは困難でした。
2016年に行われた野村総合研究所の、高齢者住まい事業者へ向けたアンケート調査によると、以下のようなことがわかりました。
- 「介護付き有料老人ホーム」「サービス付き高齢者向け住宅(特定施設)」の9割の事業者が、「報告すべき事故の種類や範囲」「事故の報告手順」「事故報告書の様式や記載内容」について定めていると回答。
- 「住宅型有料老人ホーム」「サービス付き高齢者向け住宅(特定施設以外)」のうち、2~3割の事業者が、上記の項目について定めていない。
- 「住宅型有料老人ホーム」「サービス付き高齢者向け住宅(特定施設以外)」では、住宅規模が大きくなるにつれて、上記の項目について定めている事業者が多い傾向にある
多くの事業者が、報告手順や報告書の書式について定めていた一方で、「入居者が契約する介護サービス事業所の介助中の事故の取り扱い」手順について定めていた事業所は、全体で見ても37.5%しかなく、残りの62.5%の事業所については、報告手順について定めていないという結果が示されていました。
上記のような状況を受け、厚生労働省は2017年、冒頭でも述べたような全国統一調査を行うに至りました。しかし、施設での事故件数のみを取り扱った報告に、有識者からは「在宅での事故事例との比較が必要ではないか」との指摘を受けました。
そこで厚生労働省は、2021年度以降、事故報告の様式統一を決定しました。「死亡に至った事故」「医師の診療を受けて投薬や何らかの処置が行われた事故」については、すべて報告するよう各事業所に要請し、各施設の判断に拠らない画一の報告基準を設けたのです。
規制緩和により懸念される介護事故の増加
政府は、介護事故の実状把握を進める一方で、人員配置基準の緩和も推進しています。
2021年の介護報酬改定では、「見守りセンサー」などのICT活用を条件に、認知症グループホームの夜勤職員体制において、それまでは1ユニット1人以上だった基準を、3ユニットの場合には例外的に「2人以上の配置」ができるようになりました。
これは介護人材不足を補うための施策ではありますが、介護職員が減少すれば、その分だけ事故が起こるリスクが高まることが懸念されます。
政府は現場のICT化や、業務内容のアウトソーシングを推奨していますが、その予算を取れない事業所があることも事実です。導入資金の補助が出たとしても、ランニングコストを継続して捻出することができず、マンパワーに頼らざるを得ない現状もあります。
ICT化もままならぬまま人員配置基準だけが緩和されれば、目が行き届かなくなることは明白です。現に、入所サービスでは、「何らかの理由で職員の目が利用者から離れている間に」事故が起きやすいと報告されています。
介護現場で進められる対策
どの介護施設でも行われている「ヒヤリハットシート」
これまで事業所では、予見できる事故を未然に防ぐために、「ヒヤリハットシート」の記入が勧められていました。
ヒヤリハットとは、その言葉の通り、事故にはならなかったものの、職員などが「ヒヤッとしたこと」「ハッとしたこと」を指しています。
「ヒヤリハットシート」は、そうした事例を職員に記入してもらい、提出させることで、事故が起きやすそうな状況などを事前に把握し、職員に啓発することを目的としています。
しかし、ヒヤリハットシートを記入・提出させることが目的となり、すでに報告されていたにもかかわらず、結局事故が発生してしまったというケースも少なくありません。
そのため、近年では、「ヒヤリハットシート」を記入するだけでは不十分だという認識が広がっています。
従来の事故防止の考え方は、「事故は職員のミスが原因で起こる」ため、「職員がミスをしないように管理する」ことを重要視していました。その前提を見直し、「人は誰でも必ずミスをする」という考え方に基づいた事故防止活動が求められるようになっています。
例えば、「ヒヤリハットシート」を記入するだけでなく、定期的にヒヤリハットの内容を職員全員で共有し、多角的な視点から事故防止策を検討するなど、「ヒヤッとしたこと」「ハッとしたこと」をツールとして活かすことが推奨されているのです。
介護施設で求められる適切なリスクマネジメント
事故防止に大切なのは、職員がミスを犯した「原因」を特定し、組織としてどのように対策をとるべきかを検討することです。
そのためには、まず「ヒヤリハット」と「アクシデント(事故)」を明確に区別する必要があります。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングが「喀痰吸引等の安全な実施の推進に関する調査研究事業」の中で、事業所が「ヒヤリハット」と「アクシデント」を明確に区別しているかどうかを事業所に尋ねたところ、約4分の1の事業所で「明確に区別していない」ことが報告されています。
さらに、明確な区別ができていない事業所では、「ヒヤリハット」に含まれる事例でも「何らかの処置をしている」割合が高くなっていることがわかっています。つまり、施設が事故として認識していない潜在的な事例は少なくないのです。
「ヒヤリハット」と「アクシデント」の明確な区別がされていない事業所のうち、「エラーや医薬品・機器等の不具合が見られたが、対象者には実施されなかった」と回答した割合は6割を超えており、本来であれば「アクシデント」として報告されるべき事例が「ヒヤリハット」の範疇におさめられている可能性が示唆されています。
こうした認識のズレを正すためにも統一基準による実態把握を進め、その詳細なデータを基に専門家とともに分析を進めることが大切です。そのうえで、「ヒヤリハットシート」をしっかりと活用するといった、基本的な事故防止活動を行うことが必要なのです。
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2020年9月7日 制定