東京都の例から考える高齢者だけが利用可能な「シルバーパス(敬老パス)」の廃止を検討した方が良い3つの理由
みなさんはじめまして、おときた駿と申します。東京都北区で選出された東京都議会議員…ですので当然、私は今、東京都に住んでいます。
ところで皆さまのお住まいの自治体では、シルバーパス(あるいは敬老パス)というものはあるでしょうか?一定の年齢(70歳など)を越えた高齢者の方々に行政から無償あるいは安価で支給され、公共交通機関とそれに準じる乗り物が乗り放題になるという仕組みです。
「シルバーパス・敬老パス」というと、なんだか高齢者フレンドリーなイメージがありますし、所得のなくなった高齢者たちの家計を助けたり、引きこもりがちな老人たちの外出を促して健康を維持できると「されている」など、当事者に人気が高いのはもちろんのこと、それ以外の人でもあまりこの制度を悪く言う人はいないのが実情です。
しかし結論から申しますと、私はこの制度を極めて非合理的で財政負担が大きく、早急に見直しあるいは廃止が必要なものであると考えています。本コラムではその理由について、詳しく述べていきたいと思います。
シルバーパス・敬老パスとはなにか?
まずはこの制度そのものについて、もう少し詳しく振り返っておきましょう。ここでは東京都における「シルバーパス」を中心に解説いたします。
「シルバーパス」は高度経済成長期の終盤となる1973年から、無料乗車券→敬老乗車券→老人パス→シルバーパスと名称を変えながら、現在まで続く高齢者への社会保障政策です。
都営交通のすべてと、都内を走る多くの民間バス路線が「パスを見せるだけで乗り放題」となります。
支給対象は寝たきり状態を除く70歳以上の都内在住者で、2014年度の数値では発行枚数は約95万枚。
東京都におけるシルバーパスの発行枚数
無料/1000円パス | 20,510円パス | 合計 | |
---|---|---|---|
2010年 | 767,475 | 102,795 | 870,270 |
2011年 | 791,736 | 101,980 | 893,716 |
2012年 | 814,363 | 101,419 | 915,782 |
2013年 | 831,937 | 101,651 | 940,788 |
2014年 | 854,091 | 102,703 | 956,792 |
これを発行するために東京バス協会に対して、東京都が「補助交付金」として払う金額はおよそ170億円に及んでいます。高齢化を反映して発行枚数は年々増え続け、この財政負担は今後も毎年3~5億円ずつ上昇する見込みです。

さすがに2000年度から発行が有償となり、所得額に応じて1,000円または20,510円の自己負担が求められるようになりました。
区市町村税の課税対象となる所得を上回る場合、負担額が20,510円となるのですが、高齢者の多くは所得がありませんので、およそ9割のシルバーパス取得者が1,000円のみの負担でこちらを入手しています。
東京都はこのシルバーパス事業を「高齢者の社会参加を助長し、福祉の向上を図ることが目的」としています。無料で外出できるので引きこもりがちな老人が外に出るようになり、人と話したり歩いたりするので健康になる…と一般的には言われています。
廃止にすべき理由その1:効果が証明されていない
この制度の最も大きな問題点は、その効果が一切証明されていない点にあります。
「高齢者の交通を優遇することで、外出を促せる→街を出歩くようになって、健康状態が改善する→お買い物などもついでにして、経済まで活性化!」と言われると一見それっぽく見えますし、政治家も含めて多くの人が信じているのですが、これらを証明したデータや調査は現状、まったく存在しないのです。
それどころか、大阪市において「敬老パス」の見直しを主張している大阪市議会議員・医師の井戸まさし氏などは、大阪市では福祉の増進に寄与するはずの敬老パスがあるにも関わらず、
- 医療費や介護認定率が高いこと
- むしろ適度な歩行の方が健康増進に寄与すること
を定量的なデータから主張しています。外出する高齢者が買い物などをして、地域経済が活性化したという事例も、残念ながら寡聞にして聞きません。
(続き)さらに敬老パスは高齢者の健康維持に役立つ、それで財源を生み出せるといった主張を以前していたのが消えている。
実は大阪市の医療費は無料敬老パスを実施していてもむしろ高い、介護認定率も高い、70歳からの医療費が高く平均寿命も短い。
- 井戸まさとし (@idomasa) 2015, 11月 13
(続き)大阪市はがんが多いが、医療費では循環器疾患や糖尿病が多い、適切な歩行はそれらを予防する。
厚生労働省も70歳以上は1日当たり歩数の男女とも1,300歩増加を目指している、約15分の歩行時間に相当し、距離としては650~800m、バス停2つ分くらいだ。
- 井戸まさとし (@idomasa) 2015, 11月 13
予算が潤沢にあった高度成長期ならまだしも、少子高齢化が進み財政危機が予想される現在において、効果が不確かなものに160億円もの財源を投資することは大きな疑問が残ります。
廃止すべき理由その2:なぜ「高齢者」を「交通」で優遇するのか不明

一番目の理由と重複するところもありますが、そもそも昭和の時代にこの制度が事業化された背景には、数少ない高齢者たちを敬う「お祝い」的な意味合いが強かったものと推察されます。
長らく「敬老」という名称が使用され、他の自治体でもその名前が残っていることはその証左とも言えるでしょう。
しかしながら、健康寿命が飛躍的に伸びた現在、元気でまだまだお金もある高齢者の数も劇的に増えました。
逆に年齢は若くても経済的に困窮し、交通機関を使って外出もままならないという人々が沢山います。
経済効果の極めて不透明な交通補助を、高齢者に限って行うということは、人気取りのための「バラマキ政策」との謗りを逃れられません。
年齢が上というだけの理由で、ハンバーガーがタダで食べられるようになったら、誰もがオカシイと感じると思います。しかしこと交通機関の補助に関しては、違和感なく受け入れられています。この状態にまず我々は疑問を持つべきなのです。
なお、シルバーパス維持のために東京都から支払われる多額の交付金が、外郭団体である東京バス協会の中心的な財源になっており、協会や交通業界自体との癒着関係も指摘されていることを合わせて付記しておきます。
廃止すべき理由その3:本当に必要な人への救済策にならない

冒頭で述べた通り、東京都のシルバーパス事業は自己負担額を定めているものの、その9割以上は1,000円という低価格で恩恵を手にすることができます。その線引きをするのは「所得額」です。
しかしながら、多くの方が指摘するようになった通り、わが国の高齢者は働かずに「所得」はなくなっても、多額の資産を保有している場合が多々あります。
こうした「富める高齢者」にまで一律1000円でシルバーパスを支給してしまうことは、過剰な福祉と指摘せざるを得ません。
加えて磁気式(バスでは見せるだけ)の形式になっているシルバーパスは、一度発行してしまえばその利用者がどのような範囲で・どの程度の頻度でパスを使用しているのか追跡調査をすることができません。
「あまり使う予定がないけど、安いから発行しておこうかな」
という人が増えると、発行した時点で東京都に出費が発生しますから、それも財政への負担として重くのしかかってきます。
福祉というのは必要な人に過不足なく届けられるのが理想であり、また資産などしかるべき能力のある方には一定のご負担をお願いしなければ、制度を維持することはできません。こういった観点からも、シルバーパス制度は非常に問題の多い制度であると言えます。
シルバーパス制度を適切なものにしていくためには?
他にも細かい点はいくつもありますが、シルバーパス制度の問題点を大きく3つ指摘させていただきました。しかしながらこの事業に限りませんが、福祉事業は一度始めてしまうと「既得権益化」し、非常に見直すのが困難なもの。
「高齢者いじめだ!」
「貧しいお年寄りを見殺しにするのか!」
の大合唱が聞こえてきて、これだけ高齢者が選挙における中心的な存在になっているわが国では、シルバーパス制度の矛盾や負担に薄々気が付きながらも、政治家たちはその改善を主張するのに及び腰です。
あの突破力を誇る橋下徹・前大阪市長すらも、当初は敬老パスの「廃止」を主張していましたが、そのあまりの抵抗の大きさから「1回あたり50円負担」という緩和措置に舵を切らざるをえませんでした…。

そこで私が主張しているのは、まずシルバーパスの「IC化」によるデータ蓄積です。現在は磁気式で運用されているシルバーパスですが、これをIC化すれば利用状況はすべて記録することができます。
これによって高齢者の行動範囲が可視化されますし、医療カルテのデータとも組み合わせれば、「外出頻度(パス使用頻度)が高い高齢者は、医療にかかる頻度が少ない」あるいは「まったく関連性はない」などの定量的なデータを算出することができます。
またICカード化を進めておけば、今後東京都でも「1回あたり○円」という自己負担をお願いする際にも、機動的な対応が可能です。
現在の「老人が可哀想」という感情論ではなく、財政負担額とともに定量的なデータに基づく議論を行うべきです。拙速な「廃止」ということが難しくても、見直し・改善に向けた対応を進めていく必要があります。
高齢の当事者でも、シルバーパスは財政に大きな負担を及ぼし、そのツケは将来世代や子どもたちに回っていくことを丁寧に伝えると、理解を示してくださる方も多くいらっしゃいます。
高度経済期に作られた「バラマキ政策」を見直し、真に社会のために必要な福祉政策へと財源を転換していくことが、今後の日本社会には求められているのです。
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2020年9月7日 制定