北欧の高齢者は、本当に世界で一番幸福なのか?デンマークの例から考える
数値が示すデンマークの高い幸福度と重い負担
世界幸福度ランキングで3度1位
北欧諸国は世界で幸福度がもっとも高い国として知られる。そのひとつ、デンマークは九州と同じくらいの国土面積の中で、約581万人(兵庫県の人口とほぼ同じくらい)の人が暮らしている。
小さな国だが、国連が2012年度から実施している世界幸福度報告書では3度幸福度ランキング1位をとり、2020年は2位(日本は62位)と、上位常連国だ。

その理由のひとつとしてあげられるのが、出産費、医療費、大学卒業までの教育費、介護費が基本的に無料という充実した社会保障だ。
一方、デンマークは税負担も世界で1位
高福祉の財源は、国民が支払う税金だ。デンマークの実質の国民税金負担率は世界一と言われている。
まず、給与からは所得税や雇用保険、医療保険、さらに教会税という日本では聞き慣れない税金(コペンハーゲンでは0.8%、都市によって異なる。課税対象者はデンマーク国教会メンバー)が引かれる。
これらの税金が引かれると、手取りでもらえるのは額面の5割から7割程度となる。
他にも、日本の消費税に相当する付加価値税が25%、自動車税が150%など、買い物ひとつしても税金が多くかかる。働いて稼いだお金の半分近くが税金に取られることもあり、国民の所得格差は少ない。
また無料となっている医療費も、国が医療費の予算を削減している流れもある。高福祉と言われるデンマークにおいても、超高齢社会による国の財政難は課題なのだ。
「Gode år」は長くない
デンマークでは、年金を受け取る年代のことを「Gode år」(Good years)と呼ぶ。これは「高齢者はまだまだたくさん健康的で幸せな年が残っていますよ」という意味だそう。
日本では、歳をとることをネガティブに語られがちだがデンマークは違う。先に述べたように、高い税金を払い続けて、仕事や子育てからようやく解放された自由な時間なのだから、「Gode år」と呼ぶ理由も頷ける。
だが実は、「Gode år」とされる期間は短い。
例えば、介護施設の入居審査は、市の福祉担当者と看護師のチェックを受けて、妥当と判断された人が入居できる仕組み。
入居資格は日本よりも厳しく、入居までの待期期間は1カ月〜3カ月程度。また入居後の平均寿命が約1年から1年半という厳しいデータも。
というのも、延命治療を美徳とする日本とは異なり、デンマークでは臨終間際の延命行為に対して医療費はほとんど支払われない。国民みんなで支払った税金による医療費は、その分小児医療などに充てられる。
施設に入居してからの医師による医療行為は、風邪などの一時的な治療のみ。人生を長さではなく質で捉え、人としての機能を終え、死を迎えるのは自然の摂理だと考えている。
取材を通して感じた、個人主義と覚悟を決めた支え合い
「ノーマライゼーション」の上に成り立つ個人主義
こうした高い税負担の問題はありつつも、やはり北欧、デンマークの高齢者は幸福である、というのが取材を通しての私の実感である。
この国には「ノーマライゼーション」の考え方が根付き、高齢者が個人として尊重されているからだ。
「ノーマライゼーション」とは、「障害者などが健常者と変わらず、ノーマルな生活ができ、権利が保障される」という理念で、社会福祉の基本原理として日本でも広く知られている。そもそもはデンマークで生まれた言葉だ。
私が取材したコペンハーゲンにある多文化対応型の老人ホーム「ペダー・リュッケ・センター」では、ノーマライゼーションの考えのもと、入居者だけではなく働く人の個性も尊重されていた。

多文化対応型ホームとは、様々な国籍の入居者やスタッフを受け入れる施設のこと。
「ペダー・リュッケ・センター」では、ギリシャ、フランス、ロシア、イラク、ベトナム、タイなど10カ国の入居者が暮らし、22カ国のスタッフが働いていた(残念ながら日本人はいなかった)。
スタッフにユニフォームはなく、ターバンを巻いた私服のパキスタン人が食事を運ぶ姿も。館内には信仰ごとに祈りの部屋が用意され、アクティビティとして、ラマダンや中国の正月といったイベントも実施されていた。
「ペダー・リュッケ・センター」に入居して6年目の男性の居室を訪問すると、ベッドからトイレまで移動できる移乗リフトが天井に設置されていた。こうした介護補助機器も、審査がおりれば導入費用を国が全額負担してくれるそうだ。
施設長のメッテ・オルセンさんによると、こちらの施設のポリシーは「その人のやりたいことを、人生の最期まで全うできるようにサポートする」ことだそう。例えば、身体に悪くても「缶ビールを毎日1缶飲みたい」という入居者がいれば、その要望に応える。
「デンマークでは、自分で決めたことが何より優先されるのです。何をすることが良い人生で、何が悪い人生か、それは個人が決めることで、他の誰にも決めることはできないですから」と言う。
各々の意思を尊重すると共に、個人主義的な考えもあるのがデンマーク流とも言える。
「国民みんなが支え合う」覚悟を決めた支え合い
また、この国には個人主義が根付きながらも、覚悟を決めた支え合いもある。
もうひとつ取材した公的老人ホームの「エルドラ・センター・ブロパーゲン」では、ウエイティングリスト(待機人数)は取材当時で30名ほど。
「私たちは医療費削減の対策として、アクトプライケア(緊急治療ケア)を導入しています」と、施設長のクリスチャン・サムさん。
アクトプライケアに入居資格の明確なラインはなく、例えば、退院後、水分補給を自己管理できるようになるまでとか、パートナーが亡くなり、しばらく一人で放っておけない人など、治療を必要とはしないけれど、自宅で暮らすのにリハビリが必要な人を預かっているという。
「デンマークでは医療・介護費の使い方は、市単位で任されています。
私たちのホームがあるロードア市では、国の医療費削減により、入院患者が病院に長くいられなくなったことの対策のひとつとして、アクトプライケアを取り入れました。
他の市では、アクトプライケアを導入せず、自宅へホームヘルパーを派遣するところもあります」
手厚い社会保障はぎりぎりになるまで受けることができない。でも、だからと言ってあっさり見捨てるのではなく、都度必要なサービスを補完していく。
デンマークはホームドクター制のため、入居者に何かあれば、施設の職員はそれぞれの担当医に相談をしながら、必要な治療や病院を決めるという。そのためスタッフは、毎日10人くらいの医師と連絡をとっているような状況だ。
施設のスタッフにとっては煩雑な作業、また医療の窓口となるホームドクターは一人当たり約1,300人の患者を抱え、24時間対応だという。とはいえ、国にとっては的確に治療の判断ができるため、医療費削減にひと役買っている。
「国が支えるということは、国民みんなが支え合うということ。これが、私たちが選び取った暮らしなのです」と、サムさんは言った。
撮影/滝川一真
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2020年9月7日 制定