認知度は9割に達しているのに…日本の介護業界で「VR=仮想現実」が流行らない理由
はじめまして。東京大学先端科学技術研究センターの登嶋健太です。私は現在、高齢期の福祉を拡張するXR(クロスリアリティ:現実世界と仮想世界を融合させ現実にないものを知覚させる技術)の研究をしています。
もともとは都内のデイサービスで働いていて、2014年から「外出できない」「旅行したいけど難しい」という悩みを抱える高齢者にVR旅行をプレゼントして、リハビリのモチベーションに繋げるという取り組みをしていました。
今でも全国各地の福祉施設を訪問してVR旅行体験会を開催しています。
広島の介護施設でVR旅行体験会。
この女性が選んだのは「行きたかった屋久島」です。
介護施設の空気もおいしく感じてるのかな。
そんなテクノロジー。
旅行を持って行きます。
全国どこにでも伺いますのでHPよりお問い合わせ下さい。。 — 登嶋健太@福祉×VR (@KentaToshima) December 22, 2018
https://t.co/FrdWPu0Syg pic.twitter.com/EupcJ3yU9U
これは広島県廿日市でレクリエーションを開催したときの様子です。
60代から90代の方まで、皆さんにVR旅行を体験いただき、非常に好評でした。
また、国内だけでなく米国カリフォルニア州、ハワイ州にある日系NursingHomeでVR旅行体験会を実施し、国内外のべ1,500名以上にサービスを提供してきました。
昨今では「VR(バーチャル・リアリティ)=仮想現実」という言葉は広く認知されるようになった一方、現実に普及するに至っていません。
普及にあたって何が壁になっているのか。介護施設へのVR旅行の提供という経験を踏まえて、私の考えをお伝えしていきます。
VRの認知度は高まっているものの、普及には至っていない
VRを「知っている」人は約9割
先日、横浜市の介護施設でVR旅行について説明をする機会がありました。
そこで驚いたのは「VR」の認知度の高さでした。
話を聞いていただいた、80名弱の方一人ひとりに伺ったのですが「テレビでよくやってるね」「あの、なんか被って見るやつでしょ」「イベントがあるの?興味がある」といった反応が返ってきました。
日本の18~59歳男女を対象にLINE株式会社が行った調査では、全体で認知度は90%と高く、「使っていた」「使っている」利用経験がある人は17%となっていました。

しかし、現実にVR機器の普及には至っていません。出荷台数ベースで見ても、2020年のVRヘッドセット世界出荷数は1,600万台ほど。PCの約3億台、スマホの12億台と大きな開きがあります。
「重い」「使いづらい」「気持ち悪くなる」というマイナス面
何が壁となっているのか。まず、VRデバイスそのものが「重い」「使いづらい」という問題があります。
先ほどのLINE株式会社の調査でも、「VRはゴーグルが重たいし気持ち悪くなるし、仮想現実はリアルには勝てないと思う」(女性/31歳)という否定的な声がありました。
「気持ち悪くなる」というのは、“VR酔い”と言われる乗り物酔いに似た症状だと考えられます。現在のVR環境では、長時間ゴーグルを装着し続けることは難しくなっています。
さらに、金銭的なハードルもあります。ひと昔前に比べて低価格になったとはいえ、機器を購入すると数万円の出費になります。
しかし、国内外の大企業がVRに可能性を見出し多額の投資をしています。これは仮想ではなく現実です。
経済大国1位のアメリカで、我々の生活習慣を変えたGAFAMと言われる巨大テック企業のうちApple、MetaPlatforms、Microsoftらが、メタバースといわれるVR等を基軸とした新たな世構築のため社名を変えるほどの維新をかけて莫大な予算で開発を進めています。
今後は、メタバースは既存市場もあわせ、8兆ドル規模になると予想されています。またMeta社は2021年だけで100億ドルもの投資を公言しています。
VRはスマートフォンのように一気にブレイクする?
彼らは、「ショルダーフォン」という不便な代物から進化した「スマートフォン」と同じような可能性を見ているのかもしれません。
「ショルダーフォン」は1980年代中頃にNTTから発売された携帯型電話機で、重量3キロで連続通話が40分ほど。当時は本体の値段が20万円で月額基本料2万円、通話料金は1分100円で、「しもしも〜?」と電話していたと言います。
今では「しもしも~?」は、お笑い芸人がバブル期を揶揄するギャグとして成仏していますが、それからわずか10年で、携帯電話は一気に普及していきます。
大きな転換期を迎えたのは2000年代後半、iPhoneが登場してから。
Apple製品がハイテク機器をファッションの一部にしました。
高いデザイン性がギークな層を超えて、ハイテクに興味がなかった人の心をつかみました。
そして、現在MetaPlatformsが提供しているFacebookやInstagramなどSNSの登場もスマホの普及を後押ししました。
わたしたちの生活を便利にするデバイスが、身につけやすい・持ち運びやすい形になりインフラが整ったタイミングで爆発的に一般普及していく。VRもスマホと同じ道を歩む可能性があります。
高齢者に提供するVR旅行の課題と可能性
現状の機器性能では「人工現実感」を実現するのは難しい
冒頭に、「VR(バーチャル・リアリティ)=仮想現実」と書きましたが、VRは「人工現実」という訳語が当てられることもあります。「人工現実感」は文部科学省の重点研究領域であり、学会でも研究がすすめられています。
「人工現実」とは「表面的には現実ではない」が、「本質的あるいは効果としては現実」という意味です。私が実践するVR旅行体験でもこの「人工現実」を追求しています。
私がはじめてVR旅行体験を高齢者にプレゼントしたのは、今から8年ほど前になります。80代の女性に、生まれ育った群馬県草津市の温泉街や昔遊んだ神社の映像をプレゼントしました。

その時に使ったVRゴーグルは現在の機器と比べると1/3程度の解像度です。
テレビや写真のように限られたフレームで映像を視聴するのとは違って、ゴーグルを通せば広い視野で、体の動きに合わせて直感的に旅行映像を見ることができます。
VRは「見たいものを見てもらう」という技術に特化しています。
旅行の醍醐味は、目の前に広がる風景をぐるっと眺められることでしょう。VR旅行でも同じような体験をすることができます。しかし実際の旅行とVR旅行の差を埋めるためには高性能なVR機器が必要になります。
また、鮮明で高画質な映像や、現地の環境音や嗅覚に訴える仕掛けも重要となります。 現状のVRゴーグルの性能で「本質的あるいは効果として同様の現実感」を与えることは困難です。
VRで「思い出の場所」を効率的に旅行することができる
高齢者は過去の「思い出の場所」を旅行先として希望する人が少なくありません。その場所について話を聞けば、数十年前の出来事をまるで昨日の事のように目を輝かせて話をします。その姿に、いかに強烈な旅行体験だったかがわかります。
それを「思い出す」のに、写真1枚あるだけでも大きな効果があります。私は、高齢者の「思い出の写真」を頼りに、同じ場所で写真をとって見せたことがあります。とっても喜んでいただきました。
写真を見ると、もっと見たくなるのが人の性。フレームに映り込んでいない”周辺の情報”はどうなっているのか、よく聞かれました。しかしほかに写真を撮っていなければ、曖昧な記憶を頼りに答えるしかありません。
その点、360度カメラで丸っと空間を記録しておいて後は利用者の直感に委ねられるVR旅行体験は、御用聞きをして現地に赴き撮影する私にとっても効率的でした。
今年も高齢者施設でVR旅行体験会を続けています。VRデバイスのディスプレイ解像度は私がはじめてVR旅行体験を実施した時から3倍以上になっています。しかし、不思議と体験者の喜びや反応に大きな差は感じません。
超高齢社会に楽しみを少しでも増やす
VR旅行体験は小グループで行うことが大切
「VR=人工現実感」と定義した時に、誰に、何を、どのように提供するのか、と噛み砕いて考えれば家電量販店で販売されているVRデバイスでも十分ニーズを満たすことができます。
スマートフォンを使った簡易の段ボール製ゴーグル (100均のもの)でも代替可能なほどです。
人生経験が豊富である高齢者ほど「VR=人工現実感」を基軸した思い出旅行体験は有効です。またその際に大事になるのがコミュニケーションです。
旅行映像の世界に入るうちに、二次記憶がどんどんと引き出されていきますが、その際に会話を挟むことで思いもよらない記憶の扉がひらきどんどん没入感に浸ります。
また人数にも注意しましょう。
10〜20人で一斉に行うVR旅行体験は楽しいレクリエーションになるかと思いますが、継続して行うのは難しいかもしれません。
360度旅行映像に巧みに組み込む視線誘導(気をひいてその方向を見てもらう仕掛け)もありますが、VRではなく大きなテレビで旅行映像をみる方が簡単で実用的です。
個人単独、もしくは数人のグループでしてみるのがいいのではないでしょうか。その人の知られざる一面を知る機会にもなると思います。
「楽しそう」で終わらない価値創出ができるか
先にもあったように家電量販店で販売されているVR機器は数万円と、取り立てて必要性を感じていなかった方にとって安い値段ではありません。
また実際に高齢者施設でVR旅行体験をすると、利用者が突然立ち上がって歩き始めてしまうなど、突発的な行動をしてしまう可能性もあります。視力の問題で映像が見えづらい(多少の微調整機能は機器で可能)というケースも考えられます。
無料のVR旅行映像もインターネットにたくさんありますが、VR酔いという乗り物酔いのような症状が起こりやすいコンテンツも多くあり、選ぶのも大変です。
そして何よりも通常業務で手一杯の職員たちが手間かけてVRゴーグルを装着する介助や見守りに気を張る必要があります。
ただ単に「楽しそう」という現状では、パッと取り入れる事業所も少なく継続もできません。「楽しそう」の先にある価値がなければ介護業界でVRが広がるには時間がかかるでしょう。
現在、課題となっているVR機器の技術的問題は数年のうちに大きく改善されるでしょう。また政府のデジタル化推進で、現在は自立して生活をしている高齢者が要介護になる頃にはVRは当たり前の道具になっているかもしれません。
一方で未来を待っているだけでなく、いま必要としている方々にいまあるテクノロジー(ハイテクでなく、あるテク)を届けていくことも重要です。
実際にはまだハードルが高いVR旅行ですが、施設で行うことで利用者に楽しんでもらうだけでなく職員の方も何かのヒントに繋がればいいなと思っています。
「旅行をしたい」この願いを叶えるのは現実だけではありません。
リアリティー(現実感)はその人の活力になって、夢との距離を縮める福祉機器となるでしょう。
本寄稿を読んでぜひ興味がある方はご連絡いただければ幸いです。私自身も当事者であるニッポンの超高齢社会に楽しみを一個でも増やしていきたいと思っています。
【47都道府県の福祉施設でVR旅行プロジェクト】
VR旅行の啓蒙活動にご協力くださる施設を募集しております。日本全国どちらでも伺いますのでお気軽にお問い合わせください! https://www.ittaki.com/contact
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2020年9月7日 制定