特別養護老人ホームの「内部留保」って一体何?その約2兆円が厳しい介護報酬引き下げの原因に!?

来年度の介護保険制度で介護報酬の削減が議論されているのは皆さんもご存知の通りです。
その割合は6%とかつてない大幅な削減となりそうですが、その主な原因のひとつと言われているのが「特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人の内部留保の多さ」です。
1施設あたり3億円以上の内部留保があるという統計も出ており、その数字だけ見れば介護報酬削減も仕方ないのか…とも考えられますが、少し掘り下げて考えてみると一概にそうとは言えない面もありそうだということも判明。
“内部留保”というお金の性質について考えてみると、特養に限らず、介護業界全体が取り組んでいくべき方向性が見えてきました。
特養1施設あたりの内部留保額は約3億円…でも、簡単には使えない“資産”なのです

最初に断っておきますが、「介護報酬6%引き下げ」というのは、一律のものではありません。
もちろん引き下げるサービスもあれば、逆に引き上げが必要と考えられているサービスもあり、その平均値が6%となっているに過ぎないのです。
しかし、中でも今回取り上げる特別養護老人ホーム(以下、特養)の介護サービスに関わる介護報酬については削減の見込み。
その大きな理由となっているのが“内部留保の多さ”です。
上記の表をご覧いただければわかる通り、特養1施設あたりの発生源内部留保は約3億円。5つの特養を運営している社会福祉法人であれば15億円もの内部留保を抱えていることになり、特養全体で見れば内部留保は1.5~2兆円前後に上ると見られています。
こうして「内部留保が◯億円」などと聞くと、「だったらその分を給料に回してよ」といった介護職員からの声も聞こえてきそうですが、それは“内部留保”の使い道として正しくありません。
基本的に、内部留保とは資産としての意味合いが強く、民間企業であれば投資やM&Aなどの成長資金や株主への配当として使われる“ストックされた”お金です。
これを蓄積していかないと、次期以降の運営を縮小せざるを得なくなり、経営が尻すぼみになってしまう、という性質のものです。
では、給料を上げるためにはどうすれば良いのでしょう? 一般的に、企業や事業者が賃上げに使えるお金は、収益増という“フローによって得る”お金から捻出されるのが健全な経営と言われています。
そう考えると、すでに蓄積されている内部留保の額を指して「だったらその分を給料に回してよ」という意見は、的を射ていないことになります。
給料を上げたくても上げられない!?古くからある特養ほど内部留保の額が大きいのには理由があった!
とはいえ、“フローによって得る”お金も、特養ではかなりの額になります。
一説によれば、100床ある特養で利益として事業者が得るお金は年間で3000万円とも。
その利益を職員への分配へと回せば、賃金アップによる待遇の良化や職員のモチベーションのアップ、ひいては人材不足の解消…と、様々な点で好転させることも可能でしょう。
しかし一方で、今回の介護報酬引き下げのような法案が通った場合に、だからといって一度上げた給料を下げるのは難しいもの。特養が安易に職員の給料アップに踏み切れないのには、法律から多大な影響を受ける業種である点にも起因していると言えるでしょう。

そもそも特養を運営している運営元は社会福祉法人が大半で、利益が出たとしても一般企業のように株主への配当金に充てたり、理事長などへの報酬に充てたりすることは法律で禁じられています。
そのため、利益が上がってもストックするしかなくなり、結果として内部留保という形で積み上がったのが、冒頭の「1施設あたり約3億円」という数字。
上記の表で一目瞭然ですが、古くからある特養ほど内部留保が大きいのも、こうして考えると納得できますよね。
「実在内部留保」を活用して設備投資に充てれば、介護職員の待遇や職場環境は改善する!?

さて、ここまでの内容で「発生源内部留保」と「実在内部留保」という言葉があることに気づいた方もいらっしゃると思います。
「発生源内部留保」とは、国庫などを活用した積立金や次期への繰越活動のための額のこと。
対して「実在内部留保」とは、現金預金や有価証券といった流動的な資産から未払金や借入金などの負債を差し引いた額のことを指します。
ここまで“1施設あたり約3億円”としてきたのは「発生源内部留保」のことで、この資産に手を付けてしまうと、特養としても次期以降の運営に支障をきたすことになります。
そのために、財務省の提案に対して全国老人保健施設協議会(老施協)から猛反発の意見が出てきたのです。
その反対意見に対して、今度は厚生労働省が「実在内部留保」についての調査を行いました。
「実在内部留保」は、流動的な資産として使えるお金であり、それが調査の結果“1施設あたり1.6億円”とはじき出されたのです。
1億6000万円ものお金があれば、設備投資や介護職員への福利厚生、介護職員の採用枠の拡大による職員の負担軽減…と、様々な形で職員への還元ができると考えられますよね。
ただし、こうした指摘にも老施協からは「毎月、介護報酬が入金されるまでに3ヵ月はかかり、その間のつなぎ資金として8000万円は必要」と反発しています。
…1億6000万円から8000万円を引くと8000万円。
それだけの余裕はあるということですね。
そのお金をぜひ、現場職員の労働環境の改善や、利用者メリットにつながるような設備投資などに使って欲しいものです。
結局、「内部留保額が大きいから介護報酬は引き下げ」という考えは正論なの?

こうした議論の上で難しいのが、あくまで平均値をとって話が進められているという点。
実在内部留保の額を見直してみても、0~1億5000万円未満が48.4%となっている一方で、3億~4億5000万円未満が8.7%もあり(中には7億5000万円以上ある施設も!)、特養間で大きな格差が生まれているのです。
どの施設も介護報酬が引き下げになれば大きな痛手となるはずですが、内部留保額が少ない施設ほど、そのダメージはより大きなものとなるでしょう。
そこで厚生労働省では、各施設が健全な運営を進める上で必要となってくる「必要内部留保額」を算定しています。
その額が、現状の実在内部留保額より「少ない」とされた施設、つまり資金を溜め込みすぎているとされた施設は全体の32.8%。
その一方で「多い」、つまりもっと内部留保額が必要と判断された施設は52.5%にも上っています。
こう考えると、特養全体を指して「内部留保を溜め込みすぎ」とは言えず、一部の“金満な”特養が全体の平均値を底上げしているような感もあります。
また、調査では財務諸表を公開していない施設が1割以上もありました。
こうして見ていくと、「特養はお金を溜め込みすぎだから介護報酬を下げなければ」という案はいささか乱暴のような気もしますし、一方で、適正な法改正へと導くためにも、特養サイドとしても財務諸表の公表といった情報公開を行って、透明性を持った運営が求められるのではないでしょうか。
とはいえ介護報酬の引き下げは待ったなし!そんな今だからこそ求められる、介護現場の抜本的な改革

行政と老施協、それぞれの主張は平行線をたどっているのが現状です。言ってみれば堂々巡りですが、それでも介護保険制度改正の時期はやってきますし、早々に制度の改正、ひいては介護報酬についても決定が求められています。
このままいけば、パーセンテージはどれくらいになるか分かりませんが、介護報酬が全体として引き下げになるのは避けられない様相です。
確かに、それによって打撃を受ける業界もあるでしょうし、例えば収入減となる介護職員も出てくるかもしれません。
しかし、それを指をくわえて見ているだけで良いですか?良くないですよね。
介護の現場では、介護職員の待遇や離職率の改善、職場環境の改善などが声高に叫ばれています。
そのうちのいくつかは、厚生労働省が提案するように、国からの補助金や低利の融資など、さらには実在内部留保も活用して設備投資に充てれば解決の方向に向かうと考えられます。
その点で期待されているもののひとつが、介護施設への介護ロボットの導入ではないでしょうか。
昨今のロボット開発現場を見ると、性能の強化とともにコストダウンにも効果が見られており、いよいよ本格的にロボットによって介護がなされる時代が到来しそうな感じです。
市場調査の結果で、7割以上の人が「ロボットによる介護を受けても良い」と回答していることを見ても、介護ロボットを導入することの要介護者側のハードルは着実に低くなってきています。
一方で、まだ二の足を踏んでいる介護事業者や介護職員は多いようで、この点における意識が変わってくれば、介護職員の待遇や職場環境の改善につながっていくのでしょう。
介護ロボットの導入はあくまで一例としても、介護報酬の引き下げは待ったなし、介護職員の給料ダウン…と暗いニュースが続く今こそ、業務自体の生産性を上げるような抜本的な解決策を考えなければならない局面が、まさに今なのではないでしょうか。
「発生源内部留保」にせよ「実在内部留保」にせよ、介護業界には多額の資産・お金が表に出てきていないのは事実のようです。それを塩漬けにしたままにするのか、それとも生きたお金として社会に還元するのかで、介護産業全体の先行きは変わってくるはず。財政全体が逼迫している今こそ、利益をしっかりと社会に還元し、介護産業の明るい未来を築いていって欲しいものですね。
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2020年9月7日 制定