
生活保護の医療扶助は年間1.7兆円!「頻回受診」「頻回転院」など医療機関と生活保護受給者のモラルハザードによる制度崩壊はまったなし?
生活保護は、憲法における「最低限度の生活」を具現化した制度として知られ、国民のセーフティネットとして機能しています。厚生労働省によると、2016年7月時点の生活保護受給者数は214.5万人(世帯数は163.5万世帯)。2000年以降、生活保護受給者および生活保護受給世帯数は右肩上がりで増加しています。

生活保護受給世帯のうち高齢者世帯の割合は約4割を超え、その約9割が単身世帯です。

生活保護の扶助制度は、「生活扶助(食料費や被服費、燃料費など生活に必要な費用の支給)」「住宅扶助(敷金・礼金をはじめ、家賃など住宅に必要な費用全般の支給)」「介護扶助(介護サービス費用や福祉用具代の支給)」「医療扶助(病院や薬局における診察、投薬、手術などにかかる費用の支給)」「その他の扶助(その他諸費用の支給)」の5つ。
介護扶助は、要介護・要支援の認定を受けている高齢の生活保護受給者が対象です。通常、介護保険サービスは介護保険料の1割が自己負担となりますが、生活保護受給者の場合はこの自己負担分は発生しません。
ついに「医療扶助」の削減にメスを入れ始めた政府
生活保護費総額のうち大部分を占めるのが、医療扶助です。背景には、生活保護世帯には病気や障害をかかえる人が多いという実態があります。ということは、一般世帯よりも病気などによって収入を得られず扶助を必要とするのですから、割合が多いのは当然のことです。
とはいえ、社会保障費が膨張するなか、生活保護費の増大も見逃せない問題。今回は、生活保護費総額のうち約半分を占める「医療扶助」の適正化について考えます。
2014年の生活保護費は、総額3.6兆円。このうち「医療扶助」は約1.7兆円にのぼります(46.9%)。

また、「医療扶助」の利用者を年齢階級別に見ると「60~69歳」が29%、「70歳以上」が41%と、高齢者が7割を占めています。
70歳以上(41%) | |
60~69歳(29%) | |
50~59歳(15%) | |
40~49歳(8%) | |
30~39歳(4%) | |
20~29歳(1%) | |
~19歳(2%) |
こうした現状を重く見た財務省は先月27日、国の財政を議論する審議会(財政制度等審議会・財政制度分科会)の会合で、生活保護における「医療扶助の適正化」を厚生労働省に提言しました。生活保護受給者は全額公費で医療を受けられることから、患者(生活保護受給者)側にも医療機関側にもモラルハザードが起きやすい、といった指摘があがりました。
その最たるものが、医療機関を繰り返し過剰に受診する「頻回受診」です。生活保護受給者に対して、適切な指導を行っても続けている場合は、一定の自己負担を求めたり受診回数を制限したりする措置も検討としています。また、「頻回受診」をしている生活保護受給者が著しく多い医療機関に対し、適切な診療をしているか、個別指導の徹底も求めました。
意図的に短期転院を繰り返し、診療報酬を不適切に受給している病院もある?
さらに、総務省行政評価局は「生活保護に関する実態調査(2014年8月公表)」において、厚生労働省に対し、「医療扶助受給者における短期頻回転院への対処」を次の通り提言しました。
「短期頻回転院」とは、文字通り、短期間に頻繁に転院することを意味し、具体的には「90日間で居宅に戻ることなく、2回以上連続した転院」のことです。考えてみれば当然のことばかり書かれており、生活保護行政における管理のずさんさが見て取れます。
1.保護の実施機関(福祉事務所など)に対し、短期頻回転院者の実態について電子レセプト管理システムなどを活用して把握すること
2.保護の実施機関に対し、指定医療機関による不必要な短期頻回転院の発見および防止を求めること
入院や転院を行う理由について、主治医などへ確認を行うこと 転院ごとに検査料などの診療報酬を算定しているケースについては、適切な検査が行われているかどうか、医療機関へ確認を行うこと 指定医療機関から福祉事務所への転院の連絡は、自院では診療できないどのような診療を転院先で行うためなのか、転院の必要性や転院先指定医療機関を選択した理由を明記した書面により求めること
総務省行政評価局は、不必要な転院が何度も行われ、過剰に「医療扶助費」がかかっていることを問題視。6年11か月間に16病院間で43回転院、医療扶助費が826万円(2012年度)かかっている事例などを挙げ、生活保護受給者および医療機関、双方にモラルハザードが起こっていると指摘しました。
医療扶助の勧告について
事例 | 短期間での特定の指定医療機関間における頻繁な転院 | 2012年度 医療扶助費 |
---|---|---|
1 | 3年2か月間に12病院間で34回転院 ※同一病院に8回入院の例 |
724万円 |
2 | 6年11か月間に16病院間で43回転院 ※同一病院に9回入院の例 |
826万円 |
3 | 2年3か月間に12病院間で25回転院 ※同一病院に5回入院の例 |
857万円 |
この事例では、生活保護受給者は同一病院に9回も入院しており、医療機関が「医療扶助」の搾取を画策している可能性も疑われました。
短期頻回転院者のなかには、2週間から1か月という短期間で遠隔地の医療機関を転院するケースもあるといいます。このようなケースの場合、福祉事務所では、生活保護受給者に対し、訪問などでの的確な病状把握、本人の意思確認ができず、対応が事後的なものになります。
また、通常、指定医療機関からの連絡は転院直前に行われ、場合によっては転院後であるケースも。こうした状況では、福祉事務所は転院の必要性を判断できず、主治医の判断に依存せざるを得ないといいます。
なぜ生活保護受給者と病院のモラルハザードが起こるのか?
なぜ、こういった患者側と医療機関側のモラルハザードが起きるのでしょうか。
一つの理由として「病院経営の安定化」が考えられます。日本病院会と全国公私病院連盟が公表した「病院運営実態分析調査」によると、2014年6月時点で赤字病院は77.8%(同年同月比7.7ポイント増)もあることがわかりました。
病院全体での平均在院日数は15.55日(同0.8日減)、病床利用率は72.51%(同0.48ポイント減)と前年同月をいずれも下回り、診療報酬の減少により経営難に直面した病院が増加したと見られます。
赤字経営の病院(77.8%) | |
黒字経営の病院(22.2%) |
医療機関側から見ると、生活保護受給者は診療費のとりっぱぐれのない、いわば“優良患者”。診療報酬点数は、入院期間が短期間であるほど加算点数が高くなることや転院の都度転院移送費が発生すること、初診の診療報酬点数が高いことなどから、経営難に直面した病院が本来の目的に沿わない形で「医療扶助」を使用している可能性も透けて見えます。
生活保護受給者側からみれば、「入院していたほうが何かと都合がよい」と考える人がまったくいないとは言い切れません。退院してしまうと、特に頼れる人がいない一人暮らしの高齢者は健康管理のほか、炊事や掃除などの家事を自分で行う必要があります。また、生活保護受給者は地域住民から厳しい監視の目にさらされているケースもあり、受給者本人のみの問題とは言い切れない側面も持ち合わせています。
「短期頻回転院」を抑制し、医療扶助費を削減するため、生活保護法を一部改正
指定医療機関の指定の有効期間を無制限から6年間(更新制)に変更することや国による医療機関への直接指導が盛り込まれ、遅まきながら国は重い腰を上げた格好です。
「医療扶助」は、前述の通り、約1.7兆円にも上り、適正化は喫緊の課題。生活保護受給者による医療機関の過剰な受診を抑制することはもちろん、医療機関の姿勢を正すことも求められています。
生活保護受給者および医療機関のモラルハザードにより、「短期頻回転院」がまかり通り、多額の医療扶助費が支出されている現状。高齢化が深刻化し、社会保障費が膨張するなか、生活保護費の約半分を占める医療扶助費をどのように適正化するのか、生活保護制度を持続可能なものとするためにも知恵を結集する必要があります。
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2020年9月7日 制定