厚生労働省が掲げる「地域共生社会」は机上の空論か…。“一体的な福祉サービスの提供”のために、縦割り行政システムの改善は実現するのか!?
今年6月に政府が閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」。
経済成長や働き方改革のほか介護の環境整備などに言及したプランのなかに盛り込まれた「地域共生社会」とは、「子供・高齢者・障害者などすべての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高めあうことができる社会」のこと。
今回は、福祉の概念を根本から変えるとも言われる「地域共生社会」の内容と課題について解説します。
縦割りを排し、高齢者、障害者、子供を一体的にサポートする
今年7月、厚生労働省は塩崎厚労相をトップとする「地域共生社会実現本部」を発足させました。
発足に際し、塩崎厚労相は「高齢者に限らない地域包括ケアを構築する。
日本がかつて持っていたコミュニティの強さを取り戻す」と発言。
さらに、公的福祉サービスを「これまでの縦割りを『丸ごと』に変える。
福祉の哲学のパラダイムシフトを起こす」と力説しました。
「地域共生社会実現本部」の設立趣旨には、「『他人事』になりがちな地域づくりを地域住民が『我が事』のこととして主体的に取り組んでいただく仕組みを作っていくとともに、市町村においては、地域づくりの取り組みの支援と、公的な福祉サービスへのつなぎを含めた『丸ごと』の総合相談支援の体制整備を進めていく必要がある」とあります。
まずはじめに、地域住民が「我が事」として取り組む仕組みと、市町村が「丸ごと」相談支援できる体制の2つに分けて見ていきます。
【地域住民が「我が事」として取り組む仕組みづくり】
キープレイヤーとなるのが地域包括支援センターです。
地域包括支援センターでは高齢者からのあらゆる相談に応えていますが、今後は高齢者だけでなく、障害者や子育て世帯なども含めて相談を受け付けます。
また、高齢者の社会参加の推進などを図るため、地域生活支援コーディネーターの配置を進め、関係者間のネットワーク構築や不足しているサービス開発に取り組みます。
【市町村が「丸ごと」相談支援できる体制の整備】
「基準該当サービス」とは、障害福祉サービス事業所としての指定を受けていない事業所のサービスであっても、介護保険サービス事業所としての指定があれば、市町村の判断のもとに障害福祉サービスとして給付が可能になる仕組みのこと。
ひとつの事業所で介護保険サービス・障害福祉サービスの双方から同時にデイサービスを提供することが可能です。
介護保険には「基準該当サービス」はなく、両制度間の格差が問題となっています。
高齢者、障害者、子供の間における福祉サービスの提供が一元化されることとなれば、資格の見直しも必要です。
例えば、高齢者介護を担う介護福祉士が子供の面倒をみるケースもあり得るわけです。
そのため、医療、福祉資格に共通の基礎課程の創設などが盛り込まれているのです。
現状、高齢者は介護保険法、障害者は障害者総合支援法、子供は児童福祉法などにより福祉サービスが提供されています。
しかし、これが制度ごとの縦割りによるサービス提供となっていることが指摘されており、福祉ニーズの多様化、複雑化に適していないという声も上がっています。
例えば、高齢で障害を持っているケースでは、高齢者と障害者、両方に該当する課題を有する場合もあります。厚生労働省のデータによると、障害者全体における65歳以上の割合は50%。高齢化も相まって、障害を持つ高齢者の人数は年々増えています。
障害を持つ人が65歳を超えて介護保険が優先されるようになると(これを「介護保険優先原則」という)、これまで慣れ親しんだ障害福祉事業所を利用できないこともあります。
障害福祉サービスの事業所として指定を受けていても、介護保険サービスを提供できないという縦割り行政によるところが多く、この場合は、介護サービスと障害福祉サービスを一体的に提供することが求められます。
地域包括支援センターの役割と意義を見直す必要もある
「地域共生社会」を実現するためには、まずはキープレイヤーとなる地域包括支援センターが地域住民を巻き込んだうえで基盤を作れるかどうかが論点になるでしょう。
しかし、第193回「地域包括センターは業務過多で機能不全!?高齢者や家族の相談ニーズが高まるものの、職員の力量不足が課題に」でふれた通り、センターは膨大な業務を抱えています。
地域包括支援センターは、地域づくりに資する総合相談業務や地域ケア会議といった中核業務にシフトすべきという意見も出るなか、「地域共生社会」の実現に向けて、存在意義を再定義する必要があるのではないでしょうか。
今後の傾向としては地域づくりの担い手はボランティアがメインになりつつあり、どのように育成していくかも課題となるでしょう。
高齢者ボランティアの養成などを支援する地域生活支援コーディネーターは、2018年までに全市区町村に配置が義務づけられていますが、実際に育成できるのかといった不安要素もあるようです。
しかし、今年4月時点では、約4割の市区町村に配置されておらず、人手が不足しているという現状があります(詳しくは、第182回「地域生活支援コーディネーター」の配置はなぜ進まない!?2018年4月までの配置を義務付けるも、業務負担の重さは深刻なハードル」を参照)。
したがって、現時点では、地域包括支援センターを核とした「地域共生社会」の構築は容易ではないといえます。
厚生労働省内および各団体間の利害調整が課題に
ここまで見てきたように、「地域共生社会」の実現には、介護保険サービスや障害福祉サービスを横断して受けられるようになることが欠かせません。
とはいえ、“「丸ごと」の総合相談支援”を提供するためには人の手が必要です。
今一度、サービスを提供する側の報酬についても再考する必要があるでしょう。
しかしながら、介護保険は老健局、障害福祉は社会・援護局といったように、厚生労働省内でも担当部署が異なります。
厚生労働省としては医療・福祉のニーズが増える今後に備えて、複数の医療・福祉資格を取りやすくすることも検討しているようですが、やはり各団体との利害調整がハードルとなるでしょう。
縦割りを排し新しい福祉をつくるという意気込みは評価できる、という声も上がるなか、厚生労働省は上述したさまざまな課題を乗り越えられるのでしょうか。2020年を目途に検討が進む「地域共生社会」の未来から目を離せません。
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2020年9月7日 制定