高齢受刑者で介護施設化する刑務所。その未来は税金の投入か、それとも収容の回避か
刑務所は社会の縮図
「刑務所は社会の縮図」と言われます。景気の動向や多種多様な社会問題など、テレビや新聞で報じられるような日本社会の動きはすぐに刑務所の中へ反映されます。それは、収容される受刑者の数の増減や質的な変化となってわかりやすく刑務所に現れるのです。
少年院の収容数は減少傾向にある一方、刑務所の高齢化が進行
例えば、(他にも要因は考えられますが)景気が悪化すれば刑務所の受刑者が増えることは戦後からの刑務所人口の推移が示していますし、来日外国人が増えたりすれば外国人受刑者も増えます。
受刑者の質的な変化についても同様です。
これまでよりも詐欺罪で服役する受刑者が増えていることは「オレオレ詐欺」の問題と関係していますし、拒食症や過食症といった摂食障害も典型的な事例が女性刑務所には多くあります。
社会問題化している薬物問題についても、これまで罪名でもっとも多いとされていた窃盗罪と同程度までになった覚せい剤等薬物関係受刑者の増加という形で端的に現れています。
このように、日本社会の動きは、収容されている受刑者の量的あるいは質的変化として、刑務所の中に現れ、実感として理解できるのです。そして、日本が直面している問題の解決策も”塀の中”にそのヒントがあるのかもしれません。
近年何かと話題になることの多い少子高齢化についても同様です。
刑務所ではありませんが、少年院や少年鑑別所における収容少年の数は(問題性の根深い少年の増加はあるものの)減少傾向にあり、その一方で、刑務所に収容されている受刑者の高齢化は進み、刑務所運営上の大きな課題となっています。

法務省の2017年版犯罪白書によれば、2016年に刑務所に入所した高齢受刑者(65歳以上)数は、20年前の1998年と比較すると4.8倍となり、全受刑者に占める割合(高齢者率)は、2.3%から12.2%へと増加しています。
特に、女性高齢受刑者においてその傾向は顕著で、入所者数は20年前と比べて10倍以上に、高齢者率は、3.2%から18.1%へと増え、前年の2015年からは3.1ポイントも増えて、近年は急増傾向となっています。
高齢者の再入所率は日本にとって深刻な驚異
このように受刑者数は格段に増え、その占有率も高くなっていますが、高齢受刑者には、その他の受刑者とは大きく異なるいくつかの特徴があります。
まず、その再入所率(刑務所出所後再び罪を犯して入所する率)の高さです。
全体では5割足らずのそれが、高齢受刑者では約7割と極めて高いのです。
つまり、刑期を終えて出所しても、7割の高齢受刑者は再び罪を犯して刑務所に舞い戻るわけです。
犯罪には、どんな種類のものでも、どんな些細なものでも必ず被害者がいますので、この再入所率の高さは日本の安心・安全にとって深刻な脅威です。

また、罪名についても特徴があります。
それは「窃盗罪」が極めて多いことです。
受刑者全体では窃盗罪は3割程度ですが、高齢受刑者については男女合わせて6割近く、特に女性の高齢受刑者は約9割が窃盗罪という状況です。
ここでは詳しくは触れませんが、窃盗症(クレプトマニア)という病気と摂食障害には関係があるのではないかとも言われており、女性受刑者は犯罪防止のための貴重な研究対象かもしれません。
窃盗症には万引きなど軽微なものが多いとも言われますが、これにも必ず被害者が存在するわけですから、その原因を究明し、対策を講じることは大きな課題です。
しかし、刑務所内においても、釈放となって彼らが帰る社会にとっても、そして日本にとっても「高齢であること」への対応が何よりも早く解決すべき問題と言えます。
「塀の中」の生活
全受刑者の3分の2はなんらかの医療的ケアを必要としている
ここで、高齢受刑者の刑務所内での処遇の困難性をわかりやすく理解していただくために、受刑生活で特徴的なことを少しお話ししておきます。
受刑者は毎日工場などで働かなければなりません。
これは彼らの義務です。
日本には死刑、禁錮刑を含めたさまざまな刑がありますが、受刑者の99.5%以上が「懲役刑」を科せられています。
大きな事件に関する裁判があった際に、テレビ等で「懲役◯年」とか「無期懲役」という言葉を聞くと思いますが、これがそうです。
この懲役刑は仕事をすることが刑の内容で、懲役受刑者は仕事をする義務があるのです。


高齢受刑者といえども当然働かなければならないわけで、刑務所は彼らにできる仕事を探して用意し、工場など働く場所に毎日移動させて稼働させなくてはなりません。
加齢とともに心身とも機能が減退している彼らに、懲役刑の義務を履行させること自体がたいへんなこと。
毎日の食事においても咀嚼する機能が落ちていれば「きざみ食」などの特別な配食が必要ですし、週2~3回と決められている入浴や日々の衣服の脱ぎ着にも補助が不可欠で、こういった状況はもう「刑事政策」の範疇ではなく、「福祉」です。
老若男女を問わず受刑者には病人が多く、全受刑者中3分の2はなんらかの医療的ケアが必要ですが、高齢者は当然その比率が高くなることから、医療的ケアが重要なポイントとなります。
そういった医療的ケアの必要な者に加えて、運動能力が著しく減退した者、認知症が疑われる者もいますから、さらに「介護」の問題が大きくのしかかってきます。
まさに、日本社会で問題になっていることが刑務所にも厳然と存在するわけです。
加えて釈放後のこともあります。受刑者ですから刑期が満了すれば釈放することとなりますが、医療的ケア、「介護」が必要な受刑者をただ放り出すわけにはいきませんので、それをどこに引き継ぐかということも大きな課題となっています。
介護のために膨大な投資をするか、収容を回避するか
少し触れたように、高齢受刑者を含む全受刑者の約3分の2を占める受刑者が何らかの医療的ケアを受けることが必要ですので、そのために相応の対策が講じられています。
全国の刑務所や拘置所はすべて医療法上の病院や診療所とされ、そのうちのいくつかは総合病院的機能を持った医療刑務所や特大刑務所であって、医師や看護師といったマンパワーや専門の設備・機器を集中的に備えています。
したがって、高齢受刑者も必要に応じて医療的ケアは受けられます。


しかし、「介護」についての特別な対応はなされていません。
近年ではバリアフリーなど一定の配慮はされており、広島刑務所尾道刑務支所のように「老人刑務所」と呼ばれる高齢受刑者を多く収容している施設もありますが、特別養護老人ホームのようなマンパワー、設備、機器を備えた介護専門施設はありません。
したがって、収容された各々の刑務所で個々の対応をすることとなります。
対応といっても、専門職員が配置されていることはほとんどなく、通常は保安警備が仕事である刑務官や、義務とされている作業の一つとして受刑者が受刑者の介護をしています。
テレビなどで刑務所の報道がなされる際に、他とは別に車椅子で移動し、他の受刑者と違った作業に就いている高齢受刑者が見られますが、介護的処遇はほとんど行われていないのが実情です。
これまでお伝えしてきた高齢受刑者の刑務所内での生活、医療・介護の現状、釈放後の対応などを考えれば、いつかは社会に帰る高齢受刑者のすべてを刑務所内に収容することが良いことなのか、刑の執行をする施設である刑務所に介護施設としての機能を持たせるために膨大な投資をするのか、むしろ刑務所への収容を回避する工夫をすべきではないのか…。
“塀の中の介護”は、数々の問題を提起していると思われます。
刑務所において高齢受刑者に費やすコストは決して安くはありませんし、このコストはすべて税金で賄われます。
そして彼ら彼女らは、必ず被害者を生む”犯罪”という、社会への害悪を伴う存在です。
“塀の中の介護”は、国や刑務所だけでなく、納税者であり、安心・安全な生活を望む我々国民に提起されている大きな問題ではないでしょうか。
撮影/住倉博之
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2020年9月7日 制定