厚生労働省、利用者によるセクハラ・パワハラ被害を実態調査
訪問介護職員はセクハラに合いやすく人材確保の障害に
今年7月、厚生労働省は、介護職員が利用者やその家族から受けているセクハラ・パワハラの被害実態調査を今年度中に実施し、対策方法などを盛り込んだ事業者向けのマニュアルを作成すると発表しました。
介護現場におけるハラスメントに特化した調査の実施は初めてのことです。
介護職の人手不足が深刻化する中、就労環境の改善を図ることで人材確保につなげたいという狙いが、調査実施の背景にあります。
調査対象として、訪問介護や訪問看護など訪問系の介護サービスを想定。
要介護者宅に訪れてサービス提供を行うので、介護職員と利用者・家族が密室の中で2人きりになりやすく、セクハラやパワハラが起こりやすいとされているためです。
具体的な調査方法については今秋を目処(めど)に決めていくとしています。
介護現場におけるパワハラやセクハラについては、介護職員らを構成員とする労働組合「UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)」が以前から問題を指摘していました。
また日本看護協会も、運営基準や介護報酬などを議論する厚生労働省の社会保障審議会の分科会において、ハラスメントに関する実態調査を実施するよう要請しています。
今回の厚生労働省による調査実施決定の背景には、こうした介護現場からの声・訴えがあったわけです。
7.5割の介護職員がハラスメントを経験
NCCUが6月に公表したアンケート結果(組合員である介護職員2,411から回答)によると、サービス利用者やその家族から何らかのハラスメントを受けたことがあると答えた人は、調査対象者全体の74.2%に上っています。
ハラスメントの被害を経験したことがある人のうち、セクハラに該当する行為を受けた人は40.1%、パワハラに該当する行為を受けた人は94.2%(複数回答)です。

セクハラの被害を受けた職員に具体的な内容について尋ねたところ、「サービス提供の際、不必要に個人的な接触をはかる」(53.5%)と「性的冗談をしつこく繰り返す」(52.6%)といった被害が特に多くなっています。
パワハラについては、「攻撃的態度で大声を出す」(61.4%)、「○○さんはやってくれたなど、他の職員を引き合いに出して強要する」(52.4%)が過半数を占めていました。
NCCUは調査結果を受け、介護現場における「お客様至上主義」をなくし、介護者の権利も、利用者の権利と同様に守られるようにして欲しいと訴えています。
介護現場でセクハラが横行している理由は?
介護職員が「ストレスのはけ口」に
さらにNCCUのアンケートでは、セクハラを受けた介護職員に対して「ハラスメントが発生している原因」を調査しました。
その結果、利用者とその家族の生活歴や性格を理由として挙げている人が多い一方で、「介護従事者の尊厳が低く見られている」(61.3%)、「ストレスのはけ口になりやすい」(58.1%)を挙げている職員が多くいました。

利用者とその家族に対して強く出られない介護職の立場を逆手に取って、セクハラやパワハラが行われている実情がうかがえます。
こうしたハラスメントは、介護職員のストレス増加につながります。「セクハラから受けた自身への影響」を質問したところ、ストレスを感じたと回答している職員は89.7%(「強く感じた」「軽く感じた」の合計)に上っています。
また「パワハラから受けた自身への影響」に関する問いについても、89.5%の職員がストレスを感じたと回答しました。
厚生労働省の資料によれば、退職経験のある介護福祉士の職を辞めた理由は「心身の不調(腰痛を除く)」と回答した人の割合が調査対象者の約2割に及んでいます。
以上のような実情を踏まえると、利用者やその家族から受けるハラスメントも離職理由のひとつになっていると大いに考えられるでしょう。人手不足が続く中、セクハラ・パワハラによる人的被害は決して小さくないと言えます。
介護職員を守るべき事業者はセクハラを黙殺
このような利用者とその家族によるハラスメントに対して、現場の介護職員を守るべき事業者や上司はどのような対応をしているのでしょうか。
NCCUの同調査では、セクハラを受けた職員の79.4%が「誰かに相談した」と回答し、そのうち45.8%が「上司」と答えました。しかし、上司に相談したものの「変わらない」と答えた職員が48.5%に上っています。
また「誰にも相談しなかった」と答えた19.0%の職員にその理由を尋ねたところ、40.0%が「相談しても解決しないと思ったから」と回答していました。
中には「相手のことを考えたから」というお客様至上主義の考え方による回答もあり、事業所の側がハラスメント対策を十分に行っていない実情を示す調査結果となっています。
東京商工リサーチの調査によれば、老人福祉・介護事業の倒産件数は年々増加しており、2011年度は19件だったのに対し、2017年には115件にも上りました。
倒産する事業者が増えている中、利用者離れを防ぐために、職員が介護現場で直面するハラスメントを軽視する傾向も一部あるのかもしれません。
厚生労働省による実態調査は、そのような事業者のあり方にメスを入れてくれるとの期待がもたれています。
どうすればハラスメントから介護職員を守れるか
セクハラ対策として「同性介護」での対処は難しい
訪問介護などの現場では利用者や家族と2人きりになりやすい傾向があることは厚生労働省も問題視していますが、ひとつの解決案として「同性介護」があります。
もともと介護の分野では、排泄介護・入浴介助といった作業もあるため、利用者のプライバシー保護の観点から同性介護が望ましいと言われてきました。
実際、利用者の中には、異性介護を嫌がる人も多いです。
しかし、介護分野では全般的に男性よりも女性の就労者数が多く、厚生労働省の「平成28年度介護労働実態調査」によれば、訪問介護員として働く人の90.3%が女性で、男性は9.7%に過ぎません。
結果として、セクハラの温床になる異性介護が起こってしまい、介護現場で多発しているのが現状です。

また「同性介護」の必要性という点に関しては、介護職員から「プロ意識を持っていれば性別は関係ない」「異性介護をしなければ、人手不足が今以上に深刻化する」など、人手不足が著しい介護現場の状況を踏まえた上での厳しい意見も少なくありません。
「同性介護」による対処は難しいのが実情だと言えるでしょう。
厚労省のマニュアルで地位向上は可能か
NCCUのアンケート調査では、介護職員に「ハラスメントから介護従事者を守るために、どのような対応が必要か」を尋ねたところ、国・行政に対して「ルールを定めるべき」「法整備・罰則強化」といった見解が示されていました。
また事業所に対しても、「ハラスメントを受けたら事業者側から断る」「会社が毅然とした態度を取るべき」との意見が上がっています。
こうした声を背景に、厚生労働省は実態調査の後、ハラスメントへの対応マニュアルを今年度中に作成すると明言。
また調査を通して、職員のハラスメント被害を防ぐために事業者が行っている独自の対策についても把握し、好事例についてはマニュアルに反映するとしています。
さらに調査結果については今後の制度改正における基礎資料として活用し、介護報酬や制度を見直す必要性も検討していく方針です。
今回は介護職員が直面しているハラスメントの問題を取り上げました。
利用者だけでなく介護職員の尊厳を重視し、働きがいの向上につながるハラスメント対策はやはり必要。
そうでなければ、2025年に34万人が不足すると言われる介護人材問題も解決しません。
そのためには、まず国や事業所が変わらなければなりませんが、今回の厚労省による実態調査がその一助になるかどうかが今後の注目ポイントになると言えます。
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2020年9月7日 制定