腰痛対策器具開発にメーカーや大学が続々と参加
腰痛の危険を察知し可視化するウェアが開発され話題に
働く人が訴える体の不調のなかでも、特に多い症状が「腰痛」です。北海道大学と株式会社ニコンは、リアルタイムで腰の負担を可視化できるセンサーを内蔵したウェアを開発しました。
このウェアを身に着けることで、どんな作業で、どのくらいの負担が腰にかかるのかを客観的に把握できるようになり、腰痛を引き起こす危険姿勢を事前に回避することができるのです。
さらに、職場の労務管理や業務改善に取り組むうえでも、このウェアを従業員に身に着けてもらうことで有益な情報を得ることができます。
腰痛の問題は特に介護現場で深刻になっており、このウェアの開発にあたっても介護施設での実証実験が行われ、介護士が介護作業を行っているときにどのくらい腰に負担がかかっているのかについて、長時間の計測・記録が実施されました。
北海道大学と株式会社ニコンの研究チームは、将来的には介護施設を始めとする労働現場で活用できる製品・サービスの展開を目指すとしています。2017年6月には、センサーに加えてパワー・アシスト機能を備えたウェアの開発にも成功しました。
高齢化が進む中、介護士の数も年々増えていることから、介護士の負担を和らげるこうした機器への需要は、今後さらに高まっていくと考えられます。
医療費は年間800億円超!腰痛は社会問題である
厚生労働省の「業務上疾病発生状況等調査結果」(2015年)によると、「4日以上の休業を必要とする職業病の割合」の第1位は「腰痛」で、全体の60.4%を占めています。
第2位の「負傷」は11.1%、第3位の「熱中症」が6.3%ですから、腰痛における休業が突出して多いという状況です。

しかも現在のところ改善されている様子はなく、直近10年において、腰痛で休業した介護職の数は約2.7倍も増加しており、介護業界の就労者、介護施設の運営者双方にとって、腰痛は重大な問題となっています。
また介護分野の腰痛問題は、個々の介護職員の問題としてだけではなく、財政上の問題をも引き起こしているのが現状です。
順天堂大学が行った調査によると、日本における職業性腰痛に対する直接医療費は821億円(「脊椎疾患」が364.3億円、「椎間板障害」が359.1億円、「腰痛及び坐骨神経痛」が98億円)にまで上っています。
介護現場の人手不足は「腰痛問題」にも一因がある
なぜ介護職員は腰痛になるのか…体格、ストレスも原因に
介護の現場では、被介護者に対する移乗介助(ベッドから車いすや便座への移乗時の介助)、入浴介助、トイレ介助、おむつ交換、体位変換(床ずれを防ぐために体位を変えること)、更衣介助などが頻繁にあり、前傾姿勢・中腰・腰をひねるといった動作を日常的に行わねばなりません。
そのため腰への負担はどうしても大きくなり、腰痛を引き起こしやすくなるのです。
ただ、介護士の腰痛には他にも要因も考えられます。例えば体格の問題です。介護者の腹部・下肢の筋力が弱い場合、力を使えない分、腰への負担が増えざるを得ません。
介護者の身体状況(筋力、体力)は、腰痛の発症リスクに大きく影響しているわけです。
また、介護をしている施設や家屋の構造も、介護者への負担増につながる恐れがあります。
「浴槽の縁やベッドの位置が高すぎる」「トイレが狭い」といった場合、不自然な姿勢での介助を余儀なくされ、腰痛の危険性は高まることになります。
さらに、経験の浅い介護士だと介護の正しい技術を身に着けておらず、そのことが腰痛につながることも多いです。ほかにも、職場の人間関係が悪いなど介護士が社会的心理的ストレスに直面していると、腰痛を発症・悪化しやすくなるとも言われています。
離職の理由に腰痛を挙げた介護士は14%超
財団法人「社会福祉振興・試験センター」が行った調査では、介護福祉士が職場を辞めた理由として「腰痛」を挙げている人の割合は14.3%に上りました。
「職場の人間関係」(24.7%)や「収入が少ない」(23.5%)などの一般的な離職理由だけでなく、「腰痛」という介護特有の問題で辞める介護福祉士が少なからずいるのです。
介護現場では体を酷使するため、腰痛のためというのはやむを得ない退職理由と言えます。
また、全国の介護職員などで形成される組合である「日本クラフトユニオン」が組合員に行ったアンケート(2015年)によれば、「腰痛がある」と回答した人の割合は56.8%と過半数を超え、そのうち「5年以上腰痛に悩まされている人」は20.8%に上っています。

腰痛を理由とする「離職予備軍」が少なくないのが現状なのです。
現在、介護人材の不足が全国的に続いており、厚生労働省の試算によると、団塊の世代が75歳以上となる2025年には約34万人の介護職が不足するとされています。
介護人材を確保していくには、離職理由の1つである腰痛問題を早急に解決する必要があると言えるでしょう。
介護職員が腰痛から解放されるために必要なこととは
「ノーリフトケア」が腰痛対策のカギに
冒頭で挙げた、腰の負担を可視化できるウェアのような、介護職員の腰痛対策につながる製品の開発が、近年、国内の各メーカーで進められています。
その1つが、今年10月3日に東レが販売開始を発表した「腰囲(ようい)周到」という名前の業務用ズボンです。
ズボンと腰への負担を軽くする骨盤ベルトを一体化した製品で、「中腰になる」「かがむ」といった動作を取る際、このズボンを履いていることで腰痛の低減・予防を計ることができるのです。
東レは、開発したズボンが社会福祉施設などで働く従業員の健康維持になるだけでなく、人手不足対策にもなると考えています。
さらに最近では、介護方法を根本的に変えることによって腰痛問題に対応する動きも出てきており、その代表例とも言えるのが「ノーリフトケア」です。
ノーリフトケアとは、介護現場に移乗リフトやスライディングボード、介護ロボットなどを積極的に導入し、人の力のみで被介護者を持ち上げる、抱え上げるといったことをしない介護のことを言います。
イギリス、オーストラリアでは既に介護現場に導入され高い成果を挙げており、日本でも徐々に注目されるようになりました。

ただ、各種器具への理解が広まっていないことに加え、導入のための費用が高額なこともあって、中小企業が多い介護業界ではまだ導入している施設・事業所は少ないのが現状です。
職員の努力だけでは限界!施設側にも協力体制が必要
介護職の腰痛を予防するには、各介護施設・介護事業所の施設長・管理者の理解と協力が欠かせません。
介護職員の負担を緩和するためには、介護ロボットや福祉用具の導入を進めるための設備投資が必要であり、介護職員個人の予防・努力だけでは限界があるのが実情です。
現在、腰痛対策のために機器を導入する際に「職場定着支援助成金」を利用することができ、事業者側の負担は費用の半額で済みます。対象となる機器は、ストレッチャーや移動用リフト、自動排せつ処理機、エアマットです。
機器導入にあたって費用面がネックになっているなら、こうした助成を積極的に活用していくことが望まれます。
また、介助者の適正配置、介助作業を行うためのスペースの確保、作業前体操や腰痛予防研修の実施・充実化など、介護施設・介護事業所としてできることは数多くあるでしょう。
今回は介護職の職業病である腰痛の問題を取り上げました。腰痛をいかにおさえるかが、人材確保とサービス向上に必要になっていることは明白です。
腰痛は介護職員個人の努力やケアに頼るだけでは限界があります。事業者側にも職員の腰痛を低減させるための高い意識が望まれているのではないでしょうか。
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2020年9月7日 制定