介護事故で年間1,547人が死亡していた!原因は配置人数?訴訟リスクから事故報告に消極的な施設も
2017年には特養で1,117人、老健で430人が亡くなっていた
厚労省が初の介護事故全国調査を実施
3月14日、厚生労働省は2017年度に全国の特別養護老人ホーム(特養)と介護老人保健施設(老健)で、事故が原因で亡くなった入居者が少なくとも1,547人にのぼったことを発表しました。
これは同省が初めて実施した全国調査によるものです。介護保険法では、介護施設で事故が起きた際に、市区町村など自治体へ報告を義務付けていますが、自治体から国への報告する義務は現状ではありません。
厚生労働省は、こうした介護事故の実態を把握するために全国1,741の自治体に実態調査を行い、うち1,173の自治体から有効回答を得ました。死亡者の内訳としては、特養772施設で1,117人、老健275施設で430人となっています。
事故の内容は転倒、あるいは誤嚥や薬の誤飲などが多いと過去の調査から思われますが、これらの詳細や細かい内訳などは後日公表される見通しです。
現状で公表されている2017年度のデータだけでも1,500人以上の入居者が事故で死亡しているという驚くべき事実が明らかとなったことに注目が集まっています。
4割以上の自治体で事故の報告範囲があいまい
しかし、この報告結果自体が過小である可能性も指摘されています。
報告が必要となる事故については自治体が定めていますが、41.6%の自治体では、報告すべき事故の範囲については定められていなかったのです。

そうした中、施設によっても事故として報告するかどうかの判断が異なるため、報告されていない事故もかなり存在しているのではないかとの懸念もあります。さらに、46.7%の自治体では、こうした事故の報告件数に対して集計や分析を行っていないことも判明。
集計を行っていた自治体でも、要因や傾向の分析を行っているのは7.8%にとどまる結果となりました。
つまり、これらの事故の集計は、報告基準があいまいとなっているうえに、集計が行われていないためにデータとしての信頼性が乏しい状況にあると指摘されています。
くわえて、ほとんどの自治体においては分析が行われていないことから、再発防止に貢献しているともいえないのが現状です。こうした中で、実際は事故件数がさらに多数にのぼっている可能性は非常に高いと考えられています。
厚生労働省では今後、集計したデータの内容さらに精査したうえで、再発防止策の検討に役立てるとしていますが、そもそもこのデータが氷山の一角に過ぎない可能性もあることから今後はさらなる調査が必要です。
最大の原因は人手不足を無視した「人員の配置基準」に
現場職員の35%が配置人数が不足と回答
日本政策投資銀行と日本経済研究所が行った調査によると、要介護認定者1人当たりの介護職員数は、2001年時点では約4.1人となっていましたが、2013年には3.3人まで減少しています。
こうした人手不足によって、入居者へのサポートや見守りが十分に行えていない状況になっているのです。
さらに、2035年に必要となる介護職員の数は295万人と予測されており、これは2013年時点の171万人から1.7倍となる人数です。
今後も介護業界の人手不足は深刻になっていくと考えるべきでしょう。
また、国が想定している介護現場の状況と、実情が一致していないという点も、事故が発生する原因のひとつです。
今回問題となった特養に関して言えば、国の定めた人員基準は入居者1人に対して3人の介護職員が付くと定められています。
介護報酬額は、この人員基準を基準として設定されており、増員した場合は経営がかなり厳しいものとなってしまうのです。
しかし、実際の現場でこのシフトを採用すると、人手不足の状況になる場合がほとんどで、入所者に対するサポートなどが手薄になってしまうことは避けられず、事故が発生しやすくなってしまいます。

事実、白梅学園短期大学が行った調査研究で、介護施設を対象として「事故のない介護現場となるためになにが必要か」というアンケートを実施したところ、配置人数に関して不足という回答が35%で最多となったそうです。
こうした制度や構造の問題が、事故を誘発する状況を作り出しているのです。
専門家からは「現場を萎縮させてしまう」と懸念の声も
今回行われた厚生労働省の調査において、事故情報を46.7%の自治体が集積や分析を行っていないことを冒頭でも触れましたが、くわえてこの調査では、介護事故が起こった場合の実地検証を実施していない自治体が51.2%にのぼることも判明しています。
さらに、実地検証や施設への支援を行っていても、再発防止のための取組が行われているかどうかの確認をしていないという自治体も40.0%となっているそうです。
このことからも、事故の報告が自治体によって十分に活用されていないために、施設などの事業者でも検証が行われていないという現状が浮き彫りになっているのです。
そのため、調査結果を受けた有識者会議においても、施設の安全性をさらに高め、事故を減少させる取り組みが重要であるという認識が示されました。
しかし、一方で専門家からは、体が衰えることで転倒や誤嚥はどうしても起きるものであり、どこまでを事故とするかの判断が難しいという声や、施設だけではなく在宅での事故と比較するべきとの意見も聞かれています。
また、介護現場が委縮し、リスクのある身体的介護を避けるようになってしまうのではないかという懸念も示されており、”安易な対策”からの「介護の質の低下」を警戒する声も有識者からは上がっています。
施設側の「訴訟への懸念」が利用者家族の不信感を生んでいる
事故の説明に利用者家族の3割が「納得がいかない」「説明が不十分」と回答
施設側が積極的な報告をしていない理由の中には、さまざまな不安があることが原因となっている部分もあるようです。
先述した白梅学園短期大学の調査によれば、施設側が介護事故について家族に報告を行った際、利用者家族の30%はその説明に不満を抱く結果となったことが判明しました。
その理由としては、「事故発生の原因やその処置方法に対して、施設からの説明が曖昧」であったり、「説明が不十分であったりしたため、納得がいかない」という意見が多く上がっています。
また、不満を抱いた家族のうち、15%が訴訟を起こしたそうです。こうした事態に発展することを恐れて、施設側が報告に対して消極的になってしまう部分は否めないでしょう。
同資料では、介護事故に関する報告例が少ないことに対する意見として、「施設の評判が悪くなる」が63%で最多となっています。
その理由としては、「施設側が責任を問われ訴訟になることへの懸念」や、「対応の悪さなどだけが協調されてしまうのではないか」あるいは「施設の信用が落ちるのではないか」という不安が聞かれました。

こうした調査からも、施設が事故を報告した際に生じるデメリットに対し、不安を抱いている介護現場の現実が浮かび上がってきています。
情報公開と公的な保険支援が事故を減らす第一歩に
家族は情報を公開しないことに関して不満を抱き、それが施設サイドをナーバスにさせることでさらに情報が開示されなくなる――。過去1年間で介護事故の報告を巡る現状は、そうした悪循環起こってしまっていることも考えられます。
事実、冒頭から触れている厚生労働省の調査では、過去1年間に損害賠償請求を受けた施設が22.0%にのぼっていることが判明しています。この状況を打開するためには、施設サイドと家族サイドによる信頼関係の構築が最も重要です。
施設サイドに求められることは、当然きちんと情報を開示し、発生してしまった事故の原因を調べ、再発の防止策を取ることになります。
そして、家族サイドには、予防や対策が十分とられており、施設や職員の努力のうえでも防げない事故も存在するということに対しての理解が必要となるでしょう。
現在、認知症高齢者が起こしてしまった事故について、被害者と加害者の双方を自治体が保険によって救済するとした兵庫県神戸市の「神戸モデル」と呼ばれる制度が注目を集めています。
同様の制度は東京都中野区など全国の自治体で広がりつつあります。
介護施設側にもこうした制度が適用できるような施策など、制度の面からこうした状況を改善するアプローチを行うことも必要です。
介護職員が安心して介護に取り組め、家族が安心して施設に利用者を託すことができるような環境の整備こそが、こうした事故を防ぐうえでなによりも有効な対策となります。
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2020年9月7日 制定