「介護疲れ」が引き起こす、「介護殺人」
娘が母親殺害の容疑で逮捕「介護に疲れた」と供述
最近になって、「介護疲れ」を背景にした家庭内の殺人事件が相次いでいます。
埼玉県では、「母を殺害した」と自ら通報した娘が殺人の容疑で逮捕されました。
2020年5月5日の日中に、26歳の容疑者は、60歳の母親の首を絞めて殺害。
翌日、通報を受けた警察が自宅に到着したところ、倒れている母親を確認。
警察の取り調べに対して容疑者は、「母の介護に疲れた」と供述しています。
また、4月29日に宮城県仙台市では、68歳の息子が、94歳の母親を殺害した容疑で逮捕されました。
同居していた母親の顔を座布団で押さえつけて窒息死させた疑いで、捜査が行われています。
警察の取り調べに対して容疑者は殺害を認めており、「母親の介護に疲れた末の殺人」ではないかと考えられています。
東京都杉並区でも4月8日、82歳の夫が、81歳の妻を自宅で刺殺した容疑で逮捕されました。容疑者はベッドで眠っていた妻を包丁で刺殺。警察の調べに対して、「認知症の症状のあった妻の介護に疲れた」と供述しています。
1ヵ月ほどの間に、「介護疲れ」が理由の殺人事件の発生が続いていることは、社会的にも重大な問題と言えるでしょう。
年間数十件の介護殺人が起こっている
現在、日本で介護に関連する殺人事件は、どのくらい発生しているのでしょうか。
いわゆる「介護殺人」とされる事件数は、1998年から2015年までの18年間で716件です。
2005年に27件だった介護殺人の発生件数は、2006年に急増して49件。その後、高止まりしたまま50件前後が続き、2012年以降は40件前後で推移してきました。
日本福祉大学の湯原悦子教授による研究から、18年間に発生した716件の事件から共通項を探っていくと、次の5つのポイントがわかりました。
(1)約4割の加害者が心中を考えていた
「自らも後追い自殺する覚悟で被介護者(介護される人)を殺害した心中、あるいは心中未遂の事例」は38.45%で275件。
「家族を殺害した後、自分も一緒に死んで楽になりたい」という加害者の心理がうかがえます。
(2)2人世帯で発生しやすい
殺人事件が発生したすべての家庭の内、37.45%は親子または老夫婦などの2人世帯です。介護者と被介護者が向き合う時間が長いことが特徴だと言えます。
(3)加害者1人に大きな負担がかかっている
殺人事件が発生したすべての家庭の内28.55%が、加害者に介護の負担が大きくのしかかっていました。心身ともに追い込まれていたことが予想できます。
(4)加害者に障がいや健康問題がある
殺人事件が発生したすべての家庭の内30.95%の事例で、加害者本人に障がいがあったり、「介護疲れ」による精神的なストレスや病気など、体調不良の問題があったことがわかりました。
(5)4分の1の被害者が寝たきり状態
殺人事件が発生したすべての家庭の内26.85%の事件の被害者が、寝たきりの状態であったとされています。要介護度が高く、身動きが取れない被害者が多いため抵抗しづらいなどの条件が重なっています。

このように、家族内の「介護殺人」には、「心中未遂」「親1人子1人」「介護負担が加害者に集中」といった、介護者に対する負担の大きさが共通点として挙げられます。
新型コロナ感染拡大に伴い、介護の負担は増加傾向
介護に割く時間が1日平均5.7時間増加
新型コロナウイルス感染症の拡大は、介護者に対する負担を増やす要因でもあります。
一般社団法人日本ケアラー連盟の調査結果では、新型コロナの感染拡大以前に比べて、1日の中で介護に割く時間が平均5.7時間増えたことが明らかになりました。

その背景には、新型コロナ感染拡大に伴った介護施設の休業が関係しています。また、被介護者が感染を恐れて、デイサービスなどの介護施設を利用したがらないケースも発生しています。
在宅介護が増えれば、介護者の身体面、精神面へのストレスが大きくなることも考えられます。
2020年2月7日から3月31日に、全国の自治体にある「精神保健福祉センター」に寄せられた相談件数は1,739件でした。
「感染への不安」などを訴える相談者が多い一方で、「介護疲れ」を相談する人の割合も多く、介護ストレスの拡大をどうコントロールするかが問題になっています。
日本全国で880件以上の介護施設が自主休業中
介護者の負担が増えている理由には、新型コロナの感染拡大に伴って、多くの介護施設が自主休業していることが関係しています。
高齢者が日中を過ごすデイサービスなどの休業は、全国で少なくとも883ヵ所。デイサービスが利用できなければ、被介護者の健康的な生活が脅かされるだけでなく、介護者が介護以外に割ける時間も失われてしまいます。
調査によると、4月20日時点で休業中とされる介護事業所883件のうち、98.5%の863件が自主休業をしていることがわかりました。
特別警戒都道府県に指定されている自治体が、今後安定した介護サービスの提供を行えるのか懸念されています。
緊急事態宣言下では、都道府県知事の判断でデイサービス(通所)やショートステイ(短期入所)といった介護施設に使用制限や休業要請を行なうことが可能です。
また、訪問介護事業所の自主休業も、今後増加することが予想されます。
休業によって、事業全体の収入が減少し、経営が行えなくなる介護事業所が増加する恐れもあります。
介護事業所が破産した場合、新型コロナ収束後に利用する介護施設が減少する可能性が心配されています。
介護現場や介護者の疲弊防止が急務
介護相談窓口の利用のほか施設入居という選択肢も
「介護疲れ」の解消や介護殺人の防止には、どのようなことが有効なのでしょうか。
まず、有効だと考えられるのは、誰かに相談して悩みを打ち明けること。
自治体の福祉窓口や地域包括支援センター、社会福祉協議会をはじめ、民間のNPO法人、介護事業所、ケアマネージャーなどを活用し、アドバイスを元に解決策を考えましょう。
また、厚生労働省では雇用や労働政策の相談窓口を設置しています。
労働者の精神面をサポートする「こころのほっとライン」、介護全般の悩み相談を通して仕事を続けられる手立てを一緒に考える「介護離職ゼロ ポータルサイト」などで、さまざまな相談を受けつけています。
介護と仕事を両立する方法や、「介護疲れ」の軽減に役立つ情報も発信しています。

デイサービスやショートステイなど通所型施設の利用が難しくなった場合には、入居型施設の利用も選択肢になります。
どんな老人ホームが合っているのか、考えるだけでも、介護者の精神的なストレスが和らぎます。また、親族や親戚などから介護を頼める人を探してみることも大切です。
もし、すでに介護保険サービスを利用しているなら、サービスの追加や変更など、ケアプランの見直しもお勧めです。
ケアマネージャーに相談すれば、現状に合った介護サービスの提案をしてくれます。最近は24時間対応の「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」という新しい介護サービスもあります。介護者の負担を軽減する、埼玉県の「ケアラー支援条例」
介護する人の負担を少なくする試みの1つとして、埼玉県の「ケアラー支援条例」に注目が集まっています。高齢者や障がい者ではなく、「介護者支援」を対象にした条例は、全国初となっています。
この条例では、介護を行う人を「ケアラー」、その中でも18歳未満の人を「ヤングケアラー」と定義しています。
「ケアラー支援条例」は、高齢者や障がい者、障がい児の介護や世話を続ける人の社会的な孤立を防ぎ、仕事が続けられるようにサポートすることが目的。
特に、ヤングケアラーは教育の機会を損なわないよう、教育関連の機関に働きかけるなど、本人が健康的に成長・発達して自立するための支援を行うことをポイントとしています。
ただし、埼玉県の例はあくまで自治体レベルの取り組みです。全国のケアラーを支援し、介護負担を軽減させるためには、「ケアラー支援条例」を参考にした抜本的な法整備が必要でしょう。
新型コロナの影響でますます介護現場や介護者の疲弊が心配される今、政府を中心に、全国の自治体や関係機関が結束をして「介護疲れ」や介護うつ、介護殺人の防止策を実現していくことが求められています。
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2020年9月7日 制定