日本の経済成長率が10%を超えていた高度成長期であれば、生産年齢人口が爆発的に増加し、モノをつくればつくるだけ売れました。いわゆる「人口ボーナス」といわれる時代でした。
日本の人口ボーナス期は、日本大学教授の小川直宏氏(2008年当時)によれば、およそ1951年~1996年を指すとされています。人口構造上、労働力人口が相対的に増加し、その流れに乗ってさえいれば自然と経済成長の恩恵を享受できる時代だったのです。
ちょうど「団塊の世代」(1947年~1951年生まれ)が成人を迎え、社会に出たタイミングと合致しています。
近年、「2025年問題」が懸念されています。2025年は、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる年です。これまで、国を支えてきた団塊の世代が社会保障給付を受ける側に回り、国庫負担の急激な増加が見込まれるのです。
75歳以上になれば、病気になるリスクは高まります。実際、厚生労働省の資料によると、生涯医療費は「75歳~79歳」でピークを迎えるとされています。

世界一の超高齢社会を迎えるなか、従来型のまちづくり(社会インフラ等)では対応が難しくなっています。
高齢者が少数派であった頃は、若者中心のまちづくりで十分でした。
しかし、およそ4人に1人が65歳以上の高齢者となり、人口構成が変化すれば、そうはいかないでしょう。
高齢者にとってやさしいまちづくりが求められています。
高齢になると、徐々に身体機能は衰え、当たり前のことができなくなります。例えば、車の運転が困難になり、通院や買い物に支障を来すようになるのです。
高齢者が増えると、行政サービスの提供方法は変化せざるを得ません。
これまでの行政は、窓口で申請者が来るのを待っていればよかったのですが、介護を受ける高齢者が増えれば、行政側が介護者の自宅に出向くなどよりきめ細かな対応が必要となるでしょう。
高齢化は、行政コストの増加も招くのです。
こうした事態を防ぐために注目されているのが「コンパクトシティ」です。
「コンパクトシティ」とは、国土交通省によるまちづくり政策のひとつ。
住宅や職場、店舗、病院など生活に必要な機能を都市中心部に集めることで、車に頼らず、公共交通機関や徒歩で暮らせるようにしよう、という構想です。
コンパクトシティ先進地と言われる青森市と富山市…でも、成功とは言いがたい状況
青森市でも通行量・空き店舗率など目標にまったく届かないのが現状
コンパクトシティの先進地と言われているのが青森市と富山市です。青森市は、1999年に全国に先駆けてコンパクトシティに取り組み、まちなか居住を積極的に推進しています。
1960年代の人口増加により、郊外部の開発が進み、市街地が拡大、下水道整備等の公共コストが増大しました。
そのため、青森駅前再開発事業により図書館と商業施設が同居する複合商業施設(通称「アウガ」)の整備やシニア対応型分譲マンションの建設などを進め、中心市街地への人口回帰を図っています。
富山市も青森市と同様の問題を抱えています。
富山市は、鉄道やバスなどの公共交通を利用して生活できるまちづくりを目指し、2006年4月には「富山ライトレール」を開業しました。
これによって、中心市街地の魅力を高め、郊外の戸建住宅からまちなか集合住宅への住み替えなどを促そうとしたわけです。
青森市の現状を見てみましょう。コンパクトシティ構想から約15年が経過していますが、成功しているとは言い難い状況のようです。

複合商業施設(通称:アウガ)の売り上げは、予測を大幅に下回り、青森市(筆頭株主)は、2008年金融機関に8億円の債権放棄を要請。
効果指標である歩行者通行量や空き地・空き店舗率などは目標値には届いていません。
そして未だ低迷という長いトンネルから抜け出すことができていないのが現状です。
一方の富山市はどうでしょうか。こちらも苦戦を強いられているようです。路面電車の環状線化事業が終了し、乗降客数が減少傾向から増加傾向に転じてはいるものの、市街地の歩行者数は減少または横ばいで推移しているといいます。
ほか札幌市や稚内市、仙台市、豊橋市、神戸市、北九州市などでもコンパクトシティは政策として採用されていますが、今のところ目覚しい効果は得られていません。それはなぜでしょうか?
マイカー依存度が高い地方都市。高齢者でも慣れ親しんだ車生活を手放すのは難しい?
主に高齢者に絞って理由を推察してみます。
コンパクトシティが成功するための考え方のポイントは2点です。
「マイカーに頼らない」ことと「医療・商業が集積したまちなかに住む」ことです。
つまり、従来のライフスタイルを変える必要があるのです。
ここに問題があります。
地方圏はどこも自動車に依存する割合が非常に高いのが現状。財団法人自動車検査登録情報協会発表の自家用車乗用車保有台数を見ると、第一位は福井県。次いで、富山県、山形県、群馬県、栃木県となっています。
順位 | 都道府県 | 世帯あたり 普及台数 |
保有台数 | 世帯数 |
---|---|---|---|---|
1 | 福井 | 1.752 | 50万1,561 | 28万6,201 |
2 | 富山 | 1.712 | 69万8,561 | 40万8,370 |
3 | 山形 | 1.678 | 68万5,919 | 40万8,771 |
4 | 群馬 | 1.655 | 1,34万9,671 | 81万5,489 |
5 | 栃木 | 1.628 | 1,30万3,748 | 80万0,853 |
近年、高齢者による自動車事故が多発し、免許返上を促そうと警察庁を中心にさまざまな取り組みがなされていますが、移動の足が確保できないという理由から思った以上に進んでいません。慣れ親しんだ車生活を手放すことが地方圏では難しいのです。
住み替え需要は大きいものの、6割近い人が「住み慣れた地域を離れたくない」
高齢になると、人は変化を嫌う傾向があります。住み慣れたまちでいつまでも暮らしたい、そう考える高齢者が非常に多いのも無理もありません。
東京都品川区が「住宅密集地域における定住意向と将来の住まい方に関するアンケート調査」(対象:世帯構成員が60歳以上のみの世帯。
2009年7月実施)によると、住み替える場合の問題点としてトップに挙げられているのは「住み慣れた地域を離れること」(57.4%)でした。
また、いくらまちなかに住むことで利便性が高まるとはいっても、住み替えの費用を捻出できなければ意味がありません。

しかしながら、矢野経済研究所のデータによると、現在住んでいるマイホームから住み替えたいと思っている高齢者は4割強いるそうです。
理由は、「自宅の老朽化」がトップ。
さらに住み替え先の条件を見ると、アンケートに回答した61.0%の高齢者が「駅・病院・役所・買い物等の場所が近く、利便性が良い場所」を希望しているそうです。
日本の持ち家住宅率は61.6%。高齢世帯になればなるほど持ち家率は高まり、60代以上では約8割は持ち家を所有していることになります。潜在的な住み替え需要は大きいと予想されるでしょう。

言葉だけが一人歩きする「コンパクトシティ」。ただし、高齢者にとって住みやすい街づくりには変わりはない
今後、より高齢化が進展し、人口減少が進めば、従来型のまちづくりでは持続可能な社会はつくることができません。
国土交通省発表の「国土のグランドデザイン2050」によれば、対家計サービスの施設(コンビニやスーパーなど)が立地する確率が80%以上となる自治体の人口規模は30万人以上。
さらに、医療・福祉サービスの施設が立地する確率が80%以上となる人口規模は約5万人以上となっています。
つまり、生活に必要なサービスを維持するためにはある程度の人口集積が必要なのです。
コンパクトシティ構想は、今のところ、大きな成果は得られていないように思えます。正直に言えば、言葉だけが独り歩きしているようにも感じられます。
とはいえ、高齢者にとって住みやすい街の整備は同時に、行政にとってもインフラ整備などの面で負担を軽減させられるというメリットがあることも事実。超高齢社会を突き進む日本において、切り札の施策となるか?今後の施策にも注視していく必要があるでしょう。
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2020年9月7日 制定