利用者や家族によるハラスメント問題は深刻
介護職へのハラスメント対策を強化へ
厚生労働省は、11月9日に開催された社会保障審議会介護給付費分科会の場で、利用者による介護職へのハラスメント対策の強化を提案しました。
この案には出席した委員の多くが賛意を示したため、今後、2020年4月の介護報酬改定時における制度変更に向けて調整が進められる見込みです。
厚労省が今回提案したのは、介護施設・事業所の運営基準を見直すこと。介護職へのセクハラやパワハラを防ぐために、国が定めているマニュアルに沿って対策を行うよう促す規定を導入するという内容です。
以前から同省は介護給付費分科会の場で、介護職へのハラスメントを減らすために、介護施設・事業所の運営基準を見直す必要があるとしていました。
男女雇用機会均等法および労働施策総合推進法では、事業者がハラスメントに関する相談窓口を設置することが規定されています。
しかし、現行の介護施設・事業所を対象とした運営基準ではこの点が盛り込まれておらず、この点を同省は指摘していたのです。
一方で、やや懐疑的な見方もあります。例えば9月30日の分科会では「ハラスメントと解釈するのか、介護職のスキルによって解決できるものと考えるべきかの判断は難しい」「認知症の利用者への配慮も不可欠」などの意見が委員から出されていました。
介護現場におけるハラスメントの実態
では実際のところ、どのくらいの介護職員が利用者からハラスメントを受けているのでしょうか。
厚労省の『介護現場におけるハラスメントに関する調査研究事業』によると、何らかのハラスメントを受けたことのある介護職員の割合を介護サービスの種類ごとに見ると、「利用者から」では4~7割、「家族などから」では1~3割に上っていました。
なお、本調査でいうハラスメントとは、身体的暴力や精神的暴力、セクシャルハラスメントなどを指します。
利用者からのハラスメントを受けた職員の割合が最も多かったのは「介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)」。
2018年の1年間では職員全体の62%に上っていました。
なお、同年で2番目に多かったのが「認知症対応型通所介護」(55%)、3番目が「特定施設入居者生活介護」(48%)です。

また、2018年の1年間で家族などからのハラスメントが最も多かったのは「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」の14%。次に多かったのが「訪問看護」の13%でした。家族と接する機会がある訪問系のサービスで多くなっています。
ハラスメントは介護職の離職にもつながる
2~4割の職員は離職も検討
利用者や家族などから受けるハラスメントによる介護職への影響は大きいものです。
『介護現場におけるハラスメントに関する調査研究事業』の調査によると、2018年の1年間でハラスメントを受けてけがや病気(精神的なものも含む)になった職員の割合は1~2割。
仕事を辞めたいと思った職員は、2~4割に上っています。
サービス種別にみると、ハラスメントによってけがや病気になった人の割合が最も多かったのは、「介護老人福祉施設」の22%。次いで多かったのが「特定施設入居者生活介護」「認知症対応型通所介護」「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」でそれぞれ19%でした。
また、ハラスメントによって仕事を辞めたいと思ったことのある職員の割合が最も多かったのは「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」の37%。その次に多かったのが「特定施設入居者生活介護」と「介護老人福祉施設」の36%でした。
これらの調査からは、利用者や家族などからハラスメントを受けたことで体調を崩してしまう、さらには仕事を辞めたいと思う介護職員が相当数に上っている実態が見てとれます。
介護職員の不足感は過去最悪に
介護職員の不足感は依然として高いのが現状です。
介護労働安定センターの『介護労働実態調査』によると、介護職員数に不足感のある事業所の割合は全体の69.7%に上り、過去最高値を更新しています。
また、訪問介護員の不足感は81.2%に上り、2016年から4年連続で80%超が続いている状況です。

不足感を持つ事業所になぜ人材が不足しているのかを尋ねたところ、「採用が困難である」との回答が全体の90%を占めていました。人手を増やすべく努力しても、思うようには雇用できていないのが実情であるわけです。
採用が困難である原因についても併せて調査したところ、最多の回答となったのは「同業他社との人材獲得競争が激しい」(57.9%)でした。
慢性的な人材不足が続く中、介護分野で働こうとする求職者を複数の介護施設・事業所が奪い合うという業界の実態が調査結果から読み取れます。
高齢化が急速に進む中、介護職員の不足感は年々増加しています。離職者は少しでも減らさなければなりません。離職につながるハラスメント対策は急務なのです。
相談しやすい環境の整備が必要
ハラスメントを受けたが相談しなかった人が1~4割
利用者や家族などからハラスメントを受けても、誰にも相談しない、あるいはできないという介護職員も多くいます。
前述の『介護現場におけるハラスメントに関する調査研究事業』によると、ハラスメントを受けた際の相談状況についてアンケート調査をしたところ、「相談しなかった」との回答が1~4割ほど見られました。
サービスごとの具体的な数値で最も割合が大きかったのが「介護老人福祉施設(特養)」の36.5%。
次いで「訪問リハビリ」と「特定施設入居者生活介護」の30.9%でした。
介護老人福祉施設では、ハラスメントを受けた職員のうち約4割が、誰にも相談できず、一人で悩みを抱えているわけです。

ではなぜ、ハラスメントを受けても誰にも相談しないのでしょうか。
同調査でその理由を尋ねる質問をしたところ、全サービス共通で回答として多かったのが「利用者・家族などに認知症などの病気または障がいがあったから」です。
例えば、認知症の方が利用する「認知症対応型通所介護」では、この回答割合が62.7%にも上っていました。
厚労省は対策をまとめた動画を公開
2019年3月、厚労省は『介護現場におけるハラスメント対策マニュアル』を作成。
介護職員に「ハラスメントの対応として必要なこと」をアンケートしたところ、「事業所内での情報共有」「相談しやすい組織体制の整備」などの回答が多くなっていました。
相談しやすい環境が整えられているなら、積極的に相談しようと考えている介護職員は多いわけです。
さらに、厚労省は2020年5月、利用者による介護職へのハラスメントの対策動画を公開しています。
動画の中では、被害を未然に防止するために注意すべきポイントや、上司または同僚への相談の仕方などをわかりやすく解説。
同省は『介護保険最新情報』を通して動画の周知を図っています。
こうしたマニュアルや解説動画を各介護施設・事業所で積極的に活用すれば、一定の効果を期待できるでしょう。
また、冒頭でご紹介した通り、厚労省は2020年の4月の介護報酬改定に向けて、運営基準の見直しを含む本格的なハラスメント対策に乗り出そうとしています。
こうした動きがどのような形で実を結ぶのか、引き続き注視していきたいところです。
今回は介護職におけるハラスメントの問題を考えてきました。介護人材が不足する中、離職につながる利用者・家族などよるハラスメントをどう防ぐのかは、介護業界の大きな課題です。
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2020年9月7日 制定