伊藤伊藤亜記
祖父母の介護・看取りをきっかけに社会福祉士の資格を習得し、介護老人保健施設やケアハウスで実務の経験を積む。大手介護関連会社の支店長を経て「ねこの手」を設立。介護事業者へのコンサルティングを中心に、セミナー講師やTVコメンテーター、介護事業所の運営サポートなどを行っている。執筆活動も精力的に行っており、「添削式・介護記録の書き方―在宅・通所・入所」 がベストセラーとなっている他、 「ケアマネージャー仕事の進め方Q&A: アキねこ先生が本音で教えるおたすけBOOK」 「介護職が辞めない職場作り」 など著書多数。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である 「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした 「崩壊する介護現場」(ベスト新書) 「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書) など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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良心的なコンサルの方々が、行き過ぎた営利主義みたいなコンサルを追い出さないと業界全体は良くならない(中村)

中村 伊藤さんは介護コンサルタントで「介護記録の見方・書き方」「実地指導対応・今すぐ見直せるケアプラン」「添削式介護記録の書き方」など、介護現場に向けた複数の著書を出されています。クライアントである経営者目線ではなく、一貫して現場目線なのがいいですね。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 コンサルとして、運営がうまくいっていない事業所に業務改善や新規立ち上げなど、法人に入り、円滑な運営の後押しをするのが仕事なんです。「ねこの手」という会社をお陰様で長年やっていますが、コンサルティング業が事業の中心ですね。やっぱり続々と介護職が辞めてしまう組織は、経営者や管理者が介護保険の正しい知識を知らないケースが多い。

中村 まあ、知らないからコンサルに頼むわけですからね。僕は中小零細の異業種法人が介護事業することに疑問符があります。理由は、ほとんどの経営者は介護という需要に群がっているだけだから。とてもじゃないけど素人ができるような事業じゃないから、事業開始後に混乱するのが目に見えている。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 新規立ち上げのときに必ず聞くことは、「どうして介護事業をされるのか?」ということです。やっぱり、世のため人のためじゃないと、この仕事はできません。なので、立ち上げで依頼されてもお断りすることはあります。その依頼者が、介護を通して純粋に何をされるかですよね。介護保険っていう公的なお金を使っているわけですし。

中村 そんな意識がある人は、多くても10社に1社程度ですよね。伊藤さんが素晴らしい介護コンサルというのはわかっていますが、介護業界のコンサルにはおかしな人材が多すぎ。介護をするべきじゃない法人に介入して、施設を建てまくって利益を貪り、職員にお金がまわらないみたいな。フランチャイズ系が特にヒドイ。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 確かに「儲かりまっせ」って、介護事業に誘導する人はいますね。おっしゃるようなコンサルの方にされるがままになって、法令遵守ができない、リスクマネジメントができないという可能性は高いです。虐待とか、そういう最悪な方向にいってしまう危機感はありますよ。

中村 良心的なコンサルの方々が、そういう行き過ぎた営利主義みたいなコンサルを追い出さないと、業界全体が良くなるってことはないですよ。混乱するばかりです。伊藤さんには申し訳ないけど、僕は「介護コンサル」って肩書きを聞いただけで「ん?この人、大丈夫?」ってなる。たくさん被害者がでているので、信用は崩れていると思います。

中村中村

職員の悩みに寄り添えない経営者はまずい(伊藤)

伊藤伊藤

伊藤 私は短大を卒業し、『学研』という出版社でОLをしていました。今の『学研ココファンホールディングス』の小早川さん(代表取締役・小早川仁氏)は、先輩ですよ。学研ココファンの五郎丸くん(代表取締役・五郎丸徹氏)は同期です。私は祖父母の介護で学研を「介護離職」をしましたから、より縁を感じます。

中村 いきなりすごい人脈ですね。伊藤さんは、学研の社員だったんですか。この前、出版部門の方に呼ばれて五反田の本社に初めて行きましたが、凄すぎる社屋に驚きました。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 ずいぶん昔ですけど、学研が介護事業に参入するとき、五郎丸君から小早川さんをご紹介頂いただき、ご相談されたので「ハードは誰でもできますが、ソフトは誰でもできるものじゃない」とお伝えしました。どうしても人の生活に影響したり、命にかかわる仕事なので。想いだけでできるわけじゃないし、人材というソフトを育てられる知識や経験、環境が揃ってないとできないって。

中村 環境を整えて人材育成することが最も重要なのはわかりますが、具体的にどのようなコンサルティングをされているのでしょう。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 まずファーストステップは、経営者と一緒に人材を育てられる基盤を作ります。まずコンプライアンスを守れる組織にしましょう、ということ。コンプラは人員をただ揃えるだけじゃなくて、設備基準、運営基準を守らなきゃならないし、当然、ケアマネージャーのプランに沿って計画をたてるとか。それに沿った介護記録の書き方とか、組織の売りを作るなど、介護運営の全般のサポートです。

中村 確かに、法令遵守は基本中の基本です。しかし、素人の経営者が介護人材を育成するのはなかなか難しい。人材育成をクリアしないうちに営利優先のコンサルがどんどん施設を建てさせ、人材が追いついていないことが今の介護業界の混乱の一つですよね。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 私は一度関わった以上は、コンサルタントのクライアント組織の一員として責任があると思っています。介護事業には原則があって、コンプライアンスとリスクマネジメントができる人材を育てる組織にしなければなりません。そういった組織じゃないと新たな人材を獲得することはできませんし。「安心してうちで働いて」って言えないようなら、当然お客様も集められないし、すべてうまくいかなくなります。

中村 僕はこの前まで小規模施設を運営していたのですが、自分の能力では手に負えないと思って辞めました。まあ、「安心してうちで働いて」とは、とても言えなかったですね。やっぱり、介護は経営者を選ぶ仕事かと。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 運営していれば、職員の悩みとか不安が出てきますよね。その悩みに寄り添えない方はまずい。例えば、蔑視する言葉を吐いてしまうとか、見ぬふりをするとか。そういう経営者の方には、きっちりお話をします。私も介護職で働いてきたので、そういう経営者がダメなのはわかるし、あまりにもヒドイようだったら断って、関わらないようにします。

中村 まあ、介護職に寄り添えなければ、当然高齢者の方も見ないでしょうね。いろんな会社が介護に参入しているけど、わからないながらにゼロから覚える、自分を変える姿勢は必須ってことですね。

中村中村

介護職と書類に親和性がない。投資がタブレット程度で済むIT化を、国とか行政が介入して開発するべき(中村)

伊藤伊藤

伊藤 今は国の制度として、加算をとらないと収入が上がっていかない仕組みになっています。算定の要件だったり、制度の中身をきっちり理解できていないと、加算取得は難しいです。ひと昔前は実地指導で書類が揃っていればいいって時代が続いたけど。

中村 厳しくなったのは、この3~4年ですよね。書類の中身から事業に対する姿勢、法令遵守の意識とか、リスクマネジメントの意識を確認されます。しかし、それにしても書類が多すぎ。僕は書類をさらに増やすことや、書類のクオリティーアップには疑問を感じる。介護職の向き不向きなどの能力と、求められる書類が見合っていない。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 重複で書いてしまっていることを考えれば、そんなに多くないですよ。私たちは、ケアをやるにあたって、その方を知るためには、アセスメントもやらなきゃいけないし。ケアプランに沿って介護計画を立てる、実施した介護記録を残す、それに沿ってモニタリングをするのは当然です。

中村 当たり前にしては、みんな超苦戦していませんか?書類にかかる業務の負担が重すぎる。書類を書いて事故とか、疲弊するとか、ツラすぎて精神病になっちゃったとか。そんなことばかりでしょ。泥沼のブラックになる一番の原因ですよ。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 私は介護記録やケアプランの研修もしていますけど、なにをどう書くかのコツがわからないと、そうなるかもしれないですね。どうでもいいことをダラダラ書いていることもあるし、単なる観察日記で計画に沿っていないとか。いろいろ理由がありますよ。

中村 実地指導での行政の人の言うことを全部聞いたら、もうパニックになりますよ。パニックなるということは、人が潰れます。まず介護職と書類に親和性がない。超簡単な、誰にでもできて、投資がタブレット程度で済むIT化を、国とか行政が介入して開発するべきですよ。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 役割分担をしっかりしないと、混乱しますよね。オペレーションがなっていないから、そうなるんです。お客様やご家族からの苦情や事故も同様です。通所介護でも、機能訓練とか、何をどうするかって基本、ケアプランで決められているじゃないですか。

中村 オペレーションというのは、記録には、記録が得意な人を配置するってことですか?

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 違います。お客様担当制にするんです。例えば小規模で10名以下だったら、3人でまわしますよね。1人あたりおおよそ3人じゃないですか。きっちりとお客様担当制を敷いて、その担当の人が責任を持って書類整備にかかわる。その人にあった、機能訓練も例え加算取得していなくともきっちりとやる。

中村 それだと、人を選びますよね。少なくとも普通の能力の人じゃないと無理ですよ。今の、失業者の受け皿となっている介護の状況では難しい。介護の応募者で普通の人は4割くらいかな?残り6割の人々を担当制こなせるまで育てるのは、ちょっと困難ですよね。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 採用する側も努力して、工夫して、前向きな気持ちで取り組む人を採用するしかないです。人が集まるような工夫をしなきゃならないし、採用した人を責任を持って、あきらめずに、できるように育てていくってことですよ。私たちが見ている法人では小さなことでも褒めて、認めて、信頼関係を作り、育ててもらえるように意識も変えていますよ。例え能力が低くても、少しづつモチベーションを上げて、きちっんと書類整備して、お客様の方向を見る仕組みを作る。やっぱり、小さなことでも褒めていく。褒めて、認めていかないと、モチベーションは上がらないですから。

採用した以上は、職員に対してのすべてに事業者に責任がある(伊藤)

中村 人材獲得の競争ってことですか。応募者を増やして人を選べる状態にならないと、それは叶わないですよね。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 才能のあるなしは、面接のときに確認します。能力がないとかあるじゃなくて、そういうことができるかって入口で確認するべきです。重要なのは事業所のコンセプトですね。事業所の売りがしっかりしていれば、入口で確認ができます。

中村 売りというと、デイサービスなら、機能訓練やリハビリの具体的な内容なり実績か。求人の段階で具体的な内容を求職者に伝えるってことですね。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 人材確保の成功のためには、売りを明確に打ち出すことです。うちはどういうことを売りにしているデイサービスとか、施設とか。なにをしたいか、するのか、明確化しないと。「そういうことをしたい!」という明確な意思を持った職員は集まらないですからね。

中村 そうでしょうね。介護職員を募集すれば、言わば渡り鳥みたいな人も来る。コンセプトがあれば、こういうことをするけど、大丈夫ですかって、具体的な話ができる。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 私は「介護職が辞めない職場作り」という本を出していますけど、人が辞めるときって、やっぱり不安になったときなんですよ。なにが不安かというと、自分のやっていることが正しいのかよくわからないくなること。私たちの業界でありがちなのが、「入職しました、とにかく現場で流れを覚えてね」とか。

中村 オオカミの群れに入れられる、みたいな。それだと、誰でも不安になりますね。人材育成みたいことは自分がされてきたことをするから、経営者が手を打たない限り、良いも悪いも脈々と受け継がれる。

中村中村
伊藤伊藤

伊藤 経営者や管理職にも「昔はそれで通用したかもしれないけど、今は違う」って話をします。時間がかかっても、新しいく採用した人に先生役をつけて「大丈夫?小さなことでも不安言ってね?」って、声をたくさんかけてあげないと。「新しい人に声かけは多くして」って、よく言っていますよ。人材育成は子育てと同じというか。採用した以上は、職員に対してのすべてに事業者に責任がありますからね。

中村 そうですね。労働基準法があるから、能力が低いからって辞めさせることはできないですし。後半は引き続き、信用できる介護コンサル・伊藤さんに「介護人材の獲得と育成」について、お聞きしたいと思います。

中村中村
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