「介護対談」第36回(前編)蜂谷英津子さん「利用者様との距離がだんだんと近くなるとマナーがおろそかになる」

「介護対談」第36回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと蜂谷英津子さんの対談蜂谷英津子
HOTシステム株式会社、代表取締役。スイスの貿易会社の日本代表、大手デパートや外資系ホテルのVIPゲストの接客やコンサルティング経て、介護事業所を全国に展開する企業に入社し介護職員の人材育成に従事。接遇マナーやコミュニケーション研修、リーダー研修、外国人職員研修などの講師を務める。2010年、HOTシステムを設立。介護職のための接遇マナー研修、ホスピタリティマインド研修、コミュニケーション研修や企業向けの介護セミナー、ホスピタリティマナースクールの開催講座など多くの福祉施設や社会福祉協議会、大手企業の研修の講師を務めるなど、幅広く活動中。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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利用者様との距離がだんだんと近くなるとマナーがおろそかになる(蜂谷)

蜂谷さんは介護人材コンサルタントです。全国各地の介護事業所や公益団体で介護職を対象としたホスピタリティマナー講座、接遇マナー・リーダー養成講座などを開催されています。

中村中村
蜂谷蜂谷

よくホテルのような接遇と誤解されますが、介護人材に特化したホスピタリティマナーの講座です。介護施設はホテルのような接遇と違い、利用者様に近づくことも大切。例えば利用者様がなにかつくり、職員に見せたとします。ホテルなら「大変結構な作品でございますね」と返しますが、介護施設でその返答だと利用者様との距離は開いてしまいますよね。

素敵とか綺麗と言って、一緒に盛り上がった方が喜ばれるでしょうね。なるほど、同じ接遇でも介護と一般的なサービス業では対応の仕方が違うわけですね。まず、ホスピタリティマナーとは何なのでしょうか。

中村中村
蜂谷蜂谷

その言葉は私のつくった合成語ですが、もてなしというホスピタリティの心を持ったマナーという意味です。一般的な接遇マナーではなく、利用者様を思う気持ちを形に表すということですね。

言葉の意味的にはホスピタリティは相手への「思いやり、やさしさ、歓待」のことで、マナーとは相手を不快にさせないための言葉使いや立ち振る舞いになります。介護職にはホスピタリティはあるけど、マナーがない人が多い印象があります。

中村中村
蜂谷蜂谷

相手に対する思いやり、優しさ、気配りなどの目に見えないホスピタリティを、目に見える表情、態度、挨拶、身だしなみ、言葉づかい等のマナーを通じ、相手に使える表現方法です。相手の心に自分の気持ちを伝える作法になります。選ばれる介護職、選ばれる事業所になるためのスキルですね。

介護職がそういうスキルを身につければ、それは素晴らしい。けど素養とか、環境とか、時間的になかなか難しいですよね。

中村中村
蜂谷蜂谷

介護職の方々はおっしゃる通りにホスピタリティはあるのです。利用者様に対する思いとか気持ちは大きい。しかし、介護という仕事は排泄とか入浴介助、プライベートな部分のお世話もしますよね。最初は親しみから入るけど、利用者様との距離がだんだんと近くなる。結果的に態度が慣れ慣れしくなってしまう。そうなると、マナーがおろそかになるのです。

高齢者と介護職の距離か近くなって、疑似家族的になることが美談で語られることもあるし、特に小規模で推奨する事業所もある。そこにマナーみたいなことを言われると、矛盾が出てきてしまう。

中村中村
蜂谷蜂谷

疑似家族的になっていると思い込むことで表情、態度、立ち振る舞い、言葉遣いなど、きちっとした言葉が出せなくなります。ぶっきらぼうな言葉や態度になりがちです。私としてはいくら利用者様との距離が縮まっても、やっぱりきちっとマナーを忘れないようにしましょう、という提案です。

接遇マナーは介護職としての自分の立場を守るために必要な技術です(蜂谷)

小規模みたいに接する時間が長く、密度が濃くなると、自然と疑似家族的になっちゃいます。よく聞くのは、名前を「~ちゃん」づけで呼んだりとかですね。僕はあまり考えたことはなかったですが、高齢者と介護職の関係で慣れ慣れしくなるのはダメですか。

中村中村
蜂谷蜂谷

どうして良くないかというと、利用者様と職員という立場を超えると、おっしゃるように疑似家族のような間柄になりやすい。家族のような間柄になるとぶっきらぼうな言葉を使ったり、態度が尊大になる。まずそういう弊害が出てきます。

家族のようになるのは、介護現場の一般的な風景です。でも、実際は家族ではない。個人的には呼び方の“~ちゃん”“~様”の議論を何度も聞いたことがありますが、両方に違和感がありました。弊害をもう少し聞かせてください。

中村中村
蜂谷蜂谷

利用者様としては特別に仲良くなったなら、特別な対応を期待します。要するに介護職と利用者という、一線ある立場ではないということです。そうなると、例えば訪問介護だったらケアプランにないことを求めたりする。そこで“ケアプランにないのでできません”という当たり前のことが言いづらくなってきます。一方利用者様は、まるで家族のような関係だと思っていたのに、自分の都合の悪いときは「介護職員と利用者という関係」に戻るのだという不満に繋がります。

それは困りますね。利用者と職員という一線を超えると異性だったらセクハラや、必要以上に情が入って亡くなって立ち直れなくなるとか、いろいろ考えられますね。お互いにあまり良いことはない。ホスピタリティマナーのスキルを身につけると、一定して同じように接すればいい。合理的でもあると。

中村中村
蜂谷蜂谷

介護職としての自分の立場を守るために必要な技術といえます。介護職の方々が愛情と思っているところが、外から見ると愛情ではなく、慣れ慣れしい態度と受け取られがちです。ホスピタリティマナーの研修を受けることで、利用者様との関係がもっと広くなり、自己コントロールできるようになります。

家族のような愛情を持って、利用者様に関心をもつことが大事(蜂谷)

異を唱える介護職は多そうですね。高齢者との距離が近くなることはすごく意味がある、距離が近いからこそわかることがある。だから利用者様と距離が近くなることは良いと。そう、思っている職員はメチャメチャ多いでしょう。

中村中村
蜂谷蜂谷

距離が近いからこそ、わかることがある。もちろんそうなのですが、距離を縮めすぎることで態度や言葉づかいが尊大になるという弊害も生まれる。バランスが難しいのです。利用者と職員という垣根を超えて、まるで家族のようなべったりした関係になると、礼儀をわきまえない態度になりがちです実際の家族であれば礼儀のない対応でも、利用者様は受け入れることができます。

繰り返しますが、何が起こっても家族ではないですからね。あるデイサービスでは距離が縮まりすぎたことが原因のクレームが、苦情の8割という話を聞いたことがあります。

中村中村
蜂谷蜂谷

本来介護職であれば“お食事食べますか。お風呂に行きますか”とお聞きするところを“風呂に行く、ご飯食べる、立って、座って”となってしまう。利用者様は「あなた態度悪いわね!」とは言えない。でも不愉快な思いはしているわけです。家に帰ってご家族様に話して注意が来てしまうという流れが多いですね。

特に認知症介護でしょうね。その光景は目に浮かぶというか、普通ですね。

中村中村
蜂谷蜂谷

だから、ある程度の節度がある距離感が大切で、スキルをもってコントロールすることが必要。研修では親しみと慣れ慣れしさの違いを伝えています。基本は介護に親しみは大事、けど慣れ慣れしさはやっぱり失礼だと思います。

報酬をもらって介護を提供する介護職が、立って、座ってでは客観的には失礼、外からは普通にクレーム対象になる。ホスピタリティマナーと接遇は、高齢者と幅のある距離を保つための技術ということか。高齢者のためというより、自分を守るための技術と捉えると、みんな納得するかもしれません。

中村中村
蜂谷蜂谷

利用者様にべったりくっつくのではなく、距離を開けすぎるのではなく、利用者様の様子を見ながら近づいたり、離れたりできる状況判断と自己コントロール。研修では“愛情の反対は何?”という質問をよくします。マザー・テレサの有名な言葉に「愛情の反対は憎しみではなく、無関心」という言葉があります。

介護では変化に気付かなくてはいけないので、無関心だと仕事にならないですね。あくまでも主観である愛情はなくてもいいけど、無関心なのはまずい。

中村中村
蜂谷蜂谷

介護職として利用者様に愛情を持って接することは大切です。でもそれは、家族のような、慣れ慣れしい態度や言葉使いで接することとは違います。家族のような愛情を持って、利用者様に関心をもつ。そうすることで小さな変化にも気付くことができます。一番大切な部分は、そこだと思います。

個人的には愛情というと、また違和感がある。主観に惑わされないでサービス提供するためにも、ホスピタリティマナーの技術は有効ですね。聞いていて、そう思いました。しかし、介護職にマナーを求めるのは現状ではけっこう難しそう。素養がない人が多い。

中村中村

利用者様がなにもおっしゃらないからといって、全部受け入れられていると思ったら大間違い(蜂谷)

蜂谷蜂谷

介護施設は色々あります。入居金何千万円の施設もあるし、特養のように生活保護を受けている方が多いところもあります。お客様も色々で、高級な施設に入っている利用者や家族は、ある程度ちゃんとした接遇を希望されている方が多いのも事実です。

ちゃんとした接遇、マナーはお金持ちに求められているのでしょうか。

中村中村
蜂谷蜂谷

いいえ、一番依頼が多いのは特別養護老人ホームです。なぜなら特養は利用者様の介護度が高い。要介護3以上の方は、多少認知症が入っている方が多い。ある施設長の方が“うちのような施設では、利用者様は認知症がある方が多い、そのような利用者様が自分の気持ちを言葉に出して、相手に伝えるのは難しい。利用者様がなにもおっしゃらないからといって、全部受け入れられていると思ったら大間違いです。そのような利用者様にサービスを提供している介護職の方が、利用者様を不快にさせないマナーを身に付けて対応することが大切!”とおっしゃいました。

普通に介護の仕事をしていたら、まあ多くの人は認知症高齢者には慣れ慣れしい言葉になりますね。自分もそうでしたし。そこを直したいなら研修したり、事業所をあげて直していかないと難しいでしょう。

中村中村
蜂谷蜂谷

認知症の方を相手にしているからこそ、相手を不快にさせないための言葉づかいや振る舞いが大切、というある特養の意識には、すごく共感しました。どうしても目の前の仕事に追われる。相手は何もおっしゃらない。ぶっきらぼうな言葉を使っても受け入れられていると思うと、無意識にどんどん距離が近くなる。それを食い止めないと、という危機感がありました。

本人がその言葉を心地よく思っているかどうかは、まったく別ですからね。多くの介護現場の疑似家族は、職員の独りよがりだと。それはそうかもしれません。家族が施設に来てその言葉づかいを目の当りにしたら、まあ大きな違和感はあるでしょうし。

中村中村
蜂谷蜂谷

命令されているような言葉を使えば、家族は普通に不快になります。我々は仕事として介護をしている、最低限のマナーを身に付けることがホスピタリティマナー講座になりますね。

個人的には接遇には興味なくて、介護職をした時代も後まわしにしてきました。でも、お話を聞いていると重要さがだんだんとわかってきますね。後半も、お願いします。

中村中村
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