「介護対談」第13回(前編)外岡潤さん「事業者や介護職は、クレームや無理難題を押しつけてくる“モンスター・ファミリー”に苦しんでいる」

外岡潤外岡潤
1980年生まれ。東京都出身。東京大学法学部卒業後、ブレークモア法律事務所に入所。2009年に出張型介護・福祉系専門の法律事務所おかげさまを巣鴨に開設する。同年、ホームヘルパー2級、視覚障害者移動介護従事者(視覚ガイドヘルパー)取得。法律の専門家として、介護によるトラブルを解決している。一般社団法人介護トラブル調整センター理事長。著書に「おかげさま 介護弁護士流 老人ホーム選びの掟」(ぱる出版)がある。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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事業者や介護職はクレームとか、無理難題を押しつけてくる家族に苦しんでいる(外岡)

中村 外岡さんは介護福祉系専門の法律事務所「おかげさま」の設立者です。出身大学はなんと東大です。日本で数少ないというか、ただひとりの介護福祉系弁護士と呼ばれる存在で、テレビ朝日「スーパーモーニング」やフジテレビ「スーパーニュース」などで報道もされています。

中村中村
外岡外岡

外岡 「おかげさま」は介護、障がい者も含めた福祉専門の法律事務所です。クライアントは介護事業所、利用者の両方の立場から受けています。医療になると病院専門、患者専門と弁護士の専門は細分化しているのですが、介護はまだまだ新しい分野で介護福祉系弁護士、という同業者すらいない状態ですね。

中村 しかし、東大法学部を卒業されて弁護士になって、このカオスな介護業界を選ぶってすごいですね。僕には考えられないです。

中村中村
外岡外岡

外岡 こんな面白い世界ないですね。法律面でいうと法律の限界がいろんな場面ででてきます。例えばデイサービスでいえば、お花見に行きましょうってなったとしますよね。利用者さんたちを連れて行っても、行政側が「それは機能訓練と認められずただの遊びだから、介護報酬を払わない」みたいな。結局、役所がつくった制度で、現実と制度が水と油になっている。介護の世界はウェットでエモーショナルなのに、介護保険制度という鉄製の堅い箱に押し込められているような感じです。

中村 介護保険制度で産業になったばかりで、うまくまわらずに荒れている。ニーズが増えるし、弁護士がかかわるべき場面は増える一方で、専門弁護士の前例がありません。先駆者としてやりがいがある、ってことですよね。

中村中村
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外岡 まあ、そうですね。それと単純に知的好奇心といいますか。お金にはならないけど、みんなが困っている社会問題だし、実際の介護現場は混沌としていくばかり。そこで提言をしたり、なにか解決方法を考えていくのは、やりがいはありますね。現状は、業界全体が性善説でなんとか持っている状態でしょうね。

中村 まあ、事業者、利用者、家族、行政と、どの立場から眺めても悪い人はたくさんいるから、どう考えても性善説では持たないですよ。

中村中村
外岡外岡

外岡 事業者や介護職はクレームとか、無理難題を押しつけてくる家族に苦しんでいますよね。最近は事業所から、モンスター家族がいる利用者との契約を切りたいという相談が増えていますし。

中村 そもそもの原因にモンスター家族がある場合も多いみたいですね。法律的な問題もあるだろうけど、トラブルが頻発する家族はどんどん切った方がいいのでしょう。本当に無理することはないと思う。

中村中村
外岡外岡

外岡 そうなんですよね。甘やかすというか、事業者が下手にでるとつけあがるというところが、どうしてもあるわけです。どこかでバランスをとっていかないとならなくて、現在はその過度期にありますね。

事故はどこの事業所にもある。すべての事故は事業所が100パーセント悪いのかといえば、そんなことはない(中村)

中村 介護事業所を運営すると、本当に様々なトラブルに遭遇しますが、弁護士までが動く案件というのは、どういったものなのでしょう。

中村中村
外岡外岡

外岡 メインは介護事故ですね。事故が起きると事業者、利用者、利用者家族の立場で困るわけです。家族側と事業者が和解できずにトラブルになってしまいます。例えば「デイサービスで転倒した骨折で寝たきりになってしまった」とか、「有料の施設にかかる費用5年分を負担しろ」とか。事業者はそんな無理難題を言われても困るわけです。

中村 事故はどこの事業所にもあります。すべての事故は事業所が100パーセント悪いのかといえば、そんなことはない。5年分といえば、1000万円を超えちゃうじゃないですか。すごい要求ですね。

中村中村
外岡外岡

外岡 最悪、裁判にもつれ込みます。事業所は交通事故と同じような損害賠償保険に入っていて、不慮の事故が起こったとき、責任があれば保険が下ります。最低限の保証は保険から治療費、入院費程度がでる。その負担では終わらずに、その入院が原因で体調が急変して歩けなくなった。後遺障害も責任をもってお金を払えみたいな。とにかく折り合わないわけです。

中村 入院した原因は介護事業所の事故でも、入院してADLが下がって歩けなくなったのは介護事業所のせいではないですよね。その論理で責任を要求すると、無限に損害賠償請求ができちゃいますね。中小零細の営利法人あたりだと儲かっていないし、そもそもお金がないからそんな責任をとりようがない。

中村中村
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外岡 そうなってくると、誰も正解がわからないわけです。介護事故には交通事故みたいな相場もありませんし、高齢者ですから普通に生活していても転倒リスクがあるわけです。法律に引き直して責任問題にしますと、まあ、本当にカオスというか。収拾がつかなくなっちゃいます。

事故が起こった場合、どうやって折り合いをつけていこうかっていうのは介護業界全体の問題(中村)

中村 事業所としては一緒にいて、ちょっと目を離した瞬間に転んでしまった。見ていればよかったといえばそうだけど、他の利用者も見なければならないから、まあ、申し訳ありませんでした、ということになります。じゃあ、「どう責任とるんだ!」ってのは目に浮かぶ光景ですね。

中村中村
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外岡 保険会社で事故を検証して金額を査定して、最終的に出てくる金額が低いわけです。介護の裁判事例っていくつかあって、家族の要望額にはとても届かない判決なんですね。保険会社は過失がどこにあるをはっきり調べないで、あまり事故を突き詰めずに1日8000円とか言ってくる。だから10万円とか20万円ですよ。保険からはその程度の金額しかでないっていうのが現状です。

中村 多くの介護事業所が入る損害賠償保険は、そもそも掛け金が安くて年間2万円~5万円程度。さすがに何百万円っていう査定はでないですよね。客観的にみればよっぽど悪質じゃない限り、誰もお金を持っていないし、10万円、20万円で諦めざるを得ない状況ではありますよね。

中村中村
外岡外岡

外岡 いざ裁判になると500万円、600万円という判決があっても、おかしくないです。何千万円というのは、死亡事故にならない限りないですね。

中村 外岡さんが介入した場合、家族から依頼があった場合は施設にお金をだせって弁護ですか。

中村中村
外岡外岡

外岡 まあ、そうなっちゃうんですよね。その意味では、自分のやっていることは非常に因果というか業というか。ですが介護事故の紛争だって、交通事故のように多くの引き出しがあって、保険会社できっちりした査定をして、納得できる結論をだしてくれれば、本来起きないトラブルですよ。どうしてかというと、裁判になって判決がでて1000万円ってなったら保険から下ります。枠は5000万円とか1億円とかあるので。要するに払い渋っているわけです。だから「10万円とか20万円しか出ません」となり、折り合いがつかず争いになります。

中村 保険会社も年間2万円の掛け金で、転んだだけで100万円、200万円を景気よく出すってわけにいかないでしょうね。それは当然でしょう。事故が起こった場合、どうやって折り合いをつけていこうかっていうのは介護業界全体の問題ですね。

中村中村
外岡外岡

外岡 保険会社がその問題を本腰いれて取り組んでいないって状況です。介護という事業の複雑さ、カオスを保険会社は理解していません。交通事故は戦後交通量が増えて、事故が増えて、保険ができたわけです。事例の蓄積とか議論が尽くされているけど、介護の世界で交通事故のように事例や議論を尽くすのは不可能でしょうね。

中村 デイサービスの送迎で玄関前で転んだとき、誰の責任なの?みたいなグレーなケースは多いですよね。保険会社やトラブルに介入する外岡さんみたいな方々が、交通事故のようなシステムを作っていくしかないですね。そうすると保険料は跳ね上がりそう。

中村中村
外岡外岡

外岡 ある程度の線引きはできると思いますが、膨大な作業が必要になってきます。すぐには無理でしょうね。それとケガの状態をはかるための障害等級がありますが、老若男女をすべて標準化したものを採用しているんですよ。若い人が動けなくなるのと、高齢者が動けなくなるのを同じに扱ってしまっています。これは怠慢というか、もっと高齢者を掘り下げないと現実的ではないんですよね。

このまま介護トラブルが増えていくと、崩壊するしかないとも思えてしまう(外岡)

中村 介護職は社会問題になるほどの安い賃金で、経営者も儲からない中で、事故の責任を徹底的に問いていけば、そんな責任はとれないし、みんな辞めるでしょうね。ハイリスクローリターンにもほどがある。

中村中村
外岡外岡

外岡 事故はどうしても起こるもので、家族が要求しすぎて追い詰めていくと、最終的にはそうなるでしょうね。

中村 荒れ荒れになって、トラブルまみれ。弁護士の仕事は増えますね。やっぱり事業者、介護職側に寄った世論みたいなのができないと、無茶苦茶になりますよ。事故は絶対に起こりますし、高齢者は一般の方々が思っているよりすぐ事故になるし、簡単に死んじゃったりする。介護はまさに死と隣り合わせ。それに事業者、介護職、家族にもサイコパスみたいな人も多いし、介護にかかわっている限り、いつ膨大な損害賠償を擦りつけられるかわからないみたいになったら、もうアウトですよ。

中村中村
外岡外岡

外岡 まさに現実、そうなっちゃっていますよね。最近のケースで90歳の方がいて、特養だったのですが職員に対して暴言をはいたり、唾をはく利用者がいたわけです。その利用者は家族に疎まれて、誰彼構わず唾を吐く癖があって、職員も困っていたんですよね。それである介護職がお風呂にいれたとき、唾を吐くからタオルで顔を巻いちゃったわけです。あとはシャワーを口にあてたりして。まあ、虐待をやっちゃったんですよね。

中村 虐待した介護職員がすべて悪いかというと、とてもそうは言えないですね。

中村中村
外岡外岡

外岡 介護の様々な場面でいいか、悪いかすらわからないことが多いんです。そうなってくると、いいか悪いのかって判断ではなく、一つの理想というか、本来はこうあるべき、こうしたいってところで引っ張っていくようなものがないと。いわゆるその法人の「理念」。もうネガティブな面をあげると、キリがないですから。このまま介護トラブルが増えていくと、崩壊するしかないと思うんですよね。

中村 損害賠償保険の充実や内容の整備には時間がかかるでしょう。やっぱり介護は事故ありきを可視化して、お互いに無茶を言わないようにするってことですか。

中村中村
外岡外岡

外岡 知識より、精神的な問題でしょうね。精神的に自立することが重要じゃないかと。要するに自己責任ってことです。ケアプランをつくって、リハビリのデイに行って。そこで効果がでなかったからといって、利用者や家族が「あなたが薦めたけど、全然よくなかった」とクレームをつけたところで、普通に考えれば「そんなことを言われても、あなたの体の問題だから知りません」ってことですよ。衰えたのは自分の年齢とか生活が原因なわけだし、当たり前のことを自覚できるのは、精神的な自立ありきですよね。要するに、すべての根本となる命題は、全員が「よき市民」になるってことだと思いますよ。

中村 精神性の底上げですか。また難しい問題ですね。後半も引き続き、介護と法律について伺わせてください。

中村中村
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