外岡潤外岡潤
1980年生まれ。東京都出身。東京大学法学部卒業後、ブレークモア法律事務所に入所。2009年に出張型介護・福祉系専門の法律事務所おかげさまを巣鴨に開設する。同年、ホームヘルパー2級、視覚障害者移動介護従事者(視覚ガイドヘルパー)取得。法律の専門家として、介護によるトラブルを解決している。一般社団法人介護トラブル調整センター理事長。著書に「おかげさま 介護弁護士流 老人ホーム選びの掟」(ぱる出版) がある。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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労基法遵守が強化されて若干の休みや賃金がつくようになったところで、介護現場が厳しい厳しい労働環境であることに変わりはない(外岡)

中村 僕の個人的な話ですが、介護現場で働いて本当に嫌な思い出ばかりでした。長時間労働を筆頭にして、職員や家族との人間関係とか。もう自殺したほうがいいかなと思った瞬間もあって、どうして自分は介護現場で破綻したのか?ということを、取材しながら探っている部分があるのです。まあ、個人的なことですが。

中村中村
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外岡 介護現場が厳しい労働環境であることは紛れもない事実だと思いますね。例えば、労基法遵守が強化されて職場環境が少し改善され、若干の休みとか賃金がつくようになったところで、あまり変わらないと思いますよ。クレーマーとかパワハラとか、身体的には腰痛になったり。見方によっては様々な問題の見本市みたいな世界なので。根本的な原因はなにかを考えますと、法令遵守は大前提として、前編「事業者や介護職はクレームとか、無理難題を押しつけてくる家族に苦しんでいる」でもお話ししたように職員、利用者双方の常識や気遣い、マナーといった精神性の底上げになってくるんですよ。

中村 都知事選の鳥越候補じゃないけど、けっこういろんな取材は経験したので人間の多様性みたいなのは理解しているつもりでした。しかし、介護現場を経験して打ち砕かれましたね。トラブルが多すぎるし、その内容もレベルが低すぎてついていけない。原因を改善しても、おっしゃる通りにたいして変わらなかったり。

中村中村
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外岡 私はどちらかというと顧問先である事業者からの相談をメインで受けているので、現場の人の声というか、「うちの職場はひどい」って声は普段あまり聞こえてこないポジションです。事業者に依頼されるのは、利用者家族とのトラブルとか、職員が起こすパワハラ、セクハラ問題ですね。それらの問題の解決、調整を依頼されることが多いです。

中村 介護現場のパワハラ、セクハラは、あらゆるところで起こっているでしょう。僕の経験だと、ちょっとでも立場が上になると、ものすごく偉そうに攻撃的になる男性職員が多いですね。数は少ないけれど、女性職員で手に負えない問題を起こす人は、なにか精神疾患を抱えているように見えます。

中村中村
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外岡 パワハラ、セクハラは似たような構造でして、結局は主観的な問題であるという大前提があります。そもそも、なにをもってパワハラとなるのか、非常に曖昧ですし、人間関係から生まれるものですから、どちらかが100パーセント悪いってことはないのです。経験したケースですと、部下が利用者への訪問を忘れるミスをして、上司の人が叱ったと。そのときに上司が「脳の検査を受けたほうがいいんじゃない」と口走ったとか。それを聞いて、部下のほうは「とんでもない侮辱だ」と。それで裁判までなったことがあって。

中村 うわ、目に浮かぶ。「脳の検査をうけたほうがいい」と部下に言うほうも問題ありだけど、侮辱って大騒ぎするプライドの高さも理解しがたいです。正直、くだらない。そんなことで騒ぎになって弁護士沙汰になって、どうなるのでしょう。

中村中村
外岡外岡

外岡 究極的には「謝罪と賠償を求める」ってことになってくるんですよね。その案件は結局、言われたほうは辞めてしまって、働けなくなったから1年分の賃金を支払え、みたいな。150万円、200万円の金額になってきますよね。そういった理由をつけて請求するわけです。

中村 えー、そんなことで200万円を請求ですか。おそろしや。

中村中村
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外岡 かなりこじれたケースですね。この問題一つとっても、雇う側としても決して“強者”ではないわけです。慢性的な労基法違反を続けていると、目ざとい職員は「おかしい、おかしい」と騒ぎだして周りを巻き込んでいきます。気づいたら介護職がみんなユニオン(外部労働組合)に入って、街宣車が施設前に乗り着けて労働闘争、みたいになっちゃう。現実の話です。

中村 僕は長時間労働でおかしくなった経験があるので、介護職に同情的でユニオンは賛成ですが、やりすぎると普通に崩壊ですよね。それぞれの主観が入るので、経営者を頷かせるための絶妙な加減ができるとは思えない。崩壊すると、利用者の死者がでる可能性もありますね。

中村中村

ようやく社会福祉法人にメスがはいって、コンプライアンスが厳しくなった(中村)

外岡外岡

外岡 やりすぎると、職員は自分で自分の働く場所を潰すことになっちゃうし、高齢者は命の危機に晒されてしまいます。こうなってしまうと、本末転倒なわけです。だから、正論だけでは成り立たない世界ではありますね。2012年の介護保険法改正では、悪質な労基法違反は指定取り消しの処分を受ける規定が加わったり、今年は社会福祉法が改正されて社会福祉法人の経営の透明化が求められるようになったり、徐々に法整備は進展しているのですが。

 

中村 社会福祉法というのは戦後からずっとあって、同族経営の不透明な経営が許容されている内容でした。

中村中村
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外岡 今年3月31日に60年ぶりの改正が成立しました。ざっくりいうと、今まで評議委員会という諮問機関に過ぎなかった相談役が今度から必置機関になりまして、立場としても理事長を含めた理事を選任し、経営の人選の責任を負うと。評議員と理事の緊張関係をクローズアップすることで、大きくガバナンス体制が変わったんです。他にも、役員らの給与明細を含めて財務諸表はインターネット上で公表しなければなりません。ようやく台所事情が公表されることになったのです。

中村 ようやく社会福祉法人にメスがはいって、コンプライアンスが厳しくなったわけですね。報酬なり、お金の不透明な流れが改善されれば、介護職員にお金がまわるかもしれないですね。

中村中村

モンスター家族の過剰な要求や横暴な態度で介護職員たちは疲弊している(中村)

中村 最近、モンスター家族が問題になっています。様々なところで、彼らの過剰な要求や横暴な態度で疲弊している介護職員の話を聞きます。

中村中村
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外岡 適応障害みたいな家族がメチャクチャなことを言ってくるケースもあって、そういった場合は私が代理人になって契約解除通知を送ったり。やむを得ず強引に進めていくこともありますね。

中村 在宅のデイサービスとか訪問介護ならば、ケアマネに報告して意向を伝えて利用をストップすればいいだけですが、入所の場合はそう簡単じゃないですよね。

中村中村
外岡外岡

外岡 入所の場合は本当に一苦労で、言い方は悪いですが「居座られ」てしまう訳です。まあ、ほとんどの場合、問題は利用者ご自身ではなく、その家族にあるんですが。そういう場合、最終的には裁判に出て行ってもらうしかないです。自宅の前に無断で置いてきちゃったら保護責任者遺棄罪になっちゃいますし。入居の場合は、関係が破綻すると施設側としては何もできないので、弁護士が介入する事態になりがちですね。こういうとき行政は全く協力してくれませんし。

中村 弁護士が介入して関係が破綻した利用者や、利用者家族の契約違反や違法行為を見つけるわけですね。

中村中村
外岡外岡

外岡 「信頼関係が壊れたときは施設側から解除ができる」と、大抵の契約書に書いてありますので、それを主張・立証していくわけです。例えば、家族が職員に対して怒鳴ったり、侮辱的なことを言ったり。「介護は最底辺の職業だ」とか、信じられないような、心無いことをいう人も多いんです。まさにパワハラと同じ。私の知る限り、裁判事例はまだ無いのですが、これからどんどん出てくるのかなと思いますね。

中村 お話を聞いていると、介護にかかわる深刻なトラブルに介入する外岡さんの仕事はキツイ。僕は争いごとが嫌いで、さらに職員同士のくだらない争いは不毛としか思えないので耐えられなくなっちゃう。

中村中村
外岡外岡

外岡 職員同士のトラブルで「あいつからパワハラを受けた」とか「お前の仕事ぶりがよくない」とか、お互いの言い分をぶつけあう状況は不毛というか、無駄というか。傍から見て見苦しくはありますよね。それは単純に嫌ですよ。だから逆に、「どうせ争うならば早めに片づけたい、もっと進めてなるべく予防したい」と考えてあれこれ試行錯誤しています。続けられているのは「前に進みたい、大変な現場を改善したい」というモチベーションですかね。

中村 トラブルの渦中にいる職員の言うことは嘘か本当かわからないし、ほとんどが言った言わないを繰り返すだけでしょう。証拠とか証言をそろえるといっても、近くにいる利用者の方は認知症だと証言できないし。

中村中村
外岡外岡

外岡 そうなんです。だから、最終的な話は、繰り返しになりますが「個々人の精神的な自立」しかないわけです。その具体例として、今私が取り組んでいるのがメディエーションです。日本語では「人間関係調整術」といいますが、トラブルの当事者の間にメディエーターという第三者が司会・調整役として入って、お互いの言い分をヒアリングします。その中で「一体なにが問題なのか」ということを、主に深層心理面にアプローチする姿勢で探って、提言していくわけです。賠償額いくら、という答えを与えるのではなく、あくまで心理的葛藤や障害を乗り越えさせ、双方の歩み寄りを促すという作用ですね。「一般社団法人介護トラブル調整センター」という団体を2012年に立ち上げ、定期的にセミナーも実施しています。

第三者が間に入って家族に間接的に伝えれば、感情的な争いを回避して解決に繋がりやすい(外岡)

中村 先ほどの上司の「脳の検査を受けたほうがいい」という暴言を法律的に突き詰めると、医学的に脳を鑑定して白黒つけるってなっちゃう。さすがにありえないですね。そこで、感情的な部分でなにがすれ違ったのかというところを、専門性のある第三者が入って調整するわけですね。

中村中村
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外岡 相手はどういう思いで言ったとか、悪気はなかったのかとか、いろいろなことが出てきます。お互い配慮が足りなかった部分を、第三者として介入して聞きだすわけです。結果として仲直りさせるというか、関係を調整して改善させることがメディエーションですね。

中村 なるほどね。専門性のある第三者がいれば、解決までいかなくても状況の悪化はないでしょうね。深刻なトラブルが若干でも改善すれば素晴らしいですね。

中村中村
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外岡 元の関係がぐちゃぐちゃですから綺麗に解決することは滅多にありませんけど、第三者を介してお互いを開示することで憎しみ合う要素は確実に減ります。結局、相手がわからない、相手のことをよく知らないから憎んじゃうわけです。「憎めてしまう」とも言えますかね。相手の素朴な思いの片鱗でも見えてくれば、トラブルがさらにこじれることはないんです。裁判はその真逆を行くわけですが。

中村 職員同士だけでなく、事業所と家族のトラブルでもメディエーションは有効ですね。利用者が転倒して、家族から「怠慢じゃないか」「虐待じゃないか」と言われるようなことになったとき、第三者が介入すれば、実態に近いところでスムーズに話が流れていく可能性が高いと思います。

中村中村
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外岡 そうですね。例えば、介護事故は施設側にも必ず言い分があります。利用者さんが言うことを聞かないとか、人手が足りないとか。けれど、現実には事故が起きたことは事実なので、「加害者」の立場では何も言えなかったりします。そこで第三者が間に入って、実際のことを家族に間接的に伝えれば、感情的な争いを回避して解決に繋がりやすいですね。課題は誰がその役割を担うかですが、基本的にはケアマネでも誰でもいいのですが、損害保険会社が取り組むべきと考えます。

中村 保険会社は様々な事例に接することができるし、それを元に、より現実的な保険を開発できるでしょう。現実的な介護に添った損害賠償保険ができれば、事業者も職員も家族も、必ず起こる事故に怯えることなく働けるし、預けることができますね。

中村中村
外岡外岡

外岡 保険会社にしても紛争を放置すれば、どんどんこじれて裁判になって金額が上がるばかりです。そうでなくて、介護はウェットな世界ですから、感情的な部分のこじれ、悪化を防げばそれほど大ごとにはならないはずなんですね。家族としても「自分たちで見ることができないから事業所に預けた」という負い目があるわけで、施設に対する怒りや失望以外にもいろんな感情があります。そういった感情に着目して、スポットを当てるんです。もう、そういう方法しか実質的な解決方法はないのでは、と思います。

中村 今日は貴重なお話をありがとうございました。介護にかかわる人たちの無用なトラブルがない世界を目指してほしいです。

中村中村
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