ノンフィクション・ライターの中村敦彦氏による「介護対談」。第9回(前編)秋本可愛さんは「現場にかかわる人たちが、もっとリーダーシップを発揮できるような環境を作りたい」と語る

秋本秋本可愛
1990年生まれ。山口県出身。大学2年時に起業サークルFor Successでプロジェクトチームsep-arrangeを結成。認知症をテーマにしたフリーペーパー「孫心(まごころ)」を発行し、全国の学生フリーペーパーコンテストStudent Freepaper Forum 2011にて準グランプリを受賞。大学卒業後、株式会社Join for Kaigoを設立。若手介護関係者のコミュニティ「HEISEI KAIGO LEADERS」を運営。起業3年目には、慶応義塾大学井上英之研究室で開発された教育プログラム「マイプロ」を応用した「KAIGO MY PROJECT」を開始した。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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現場にかかわる人たちが、もっとリーダーシップを発揮できるような環境を作りたい(秋本)

中村 秋本さんは介護業界の若手のホープと呼ばれる女性です。大学卒業後すぐに起業、株式会社Join for Kaigoを設立。次世代のリーダーを育成することを目的にした人材教育事業をされています。で、初めて会ったのは、3年くらい前だよね。秋本さんに居酒屋に呼ばれて、「『崩壊する介護現場』を読みました」みたいなことを言われた。

中村中村
秋本秋本

秋本 若手の介護関係者と4人でお会いしましたね。本を読んで純粋にどんな人なんだろうと、一度お会いしてみたかったんです。私が大学を卒業して半ば勢いで起業したての頃だったと思います。

中村 学生時代に介護職のバイトを2年間やって、就活しないですぐ起業。それで主力事業がイベント主催って、行動力ありすぎですね。起業した最初は勢いでも、事業を考えて売上をあげて、3年間継続したのはすごいと思う。

中村中村
秋本秋本

秋本 学生時代は起業サークルに所属しながら、認知症をテーマにしたフリーペーパー制作と、介護職をしていました。現場で認知症以外の課題に直面して、学生の頃はどうやったら全部解決できるんだろうと真剣に考えていました。解決に関わる人が増えればいいのではないかと思い、まずは介護に興味ある人たちで飲み会を開き、飲み会だと毎回同じなので、イベントにしました。イベントは100人規模も開催できるようになっていったのですが、1年やって次の行動まで設計できないと意味がないなと思ってからは、とても悩みましたね。

中村 秋本さんのブログなりSNSは見ています。起業した頃に「介護を変えたい」みたいなことをよく発言している印象があって、ポジティブな気持ちは伝わってくるけど、具体性がなくて意味がよくわからなかった。今日は、それを聞こうかと。

中村中村
秋本秋本

秋本 はは、そうですか。確かに最初は今の状況のままは嫌だから「変える!」くらいにしか思っていませんでしたね。

中村 現実的なことをいうと“変える”って、あまりに大変。例えば野党の「打倒!安倍政権」と同じ感じで、血を流して人材を入れ替える必要がある。すごいことを言っている、ってイメージがあったんだよね。若者の長期目標だからいいけど、変えられなかったらどうするの? みたいなことは思った。

中村中村
秋本秋本

秋本 3年経った今でも具体化できているかと言われると疑問ですが、私が今変えたいというかつくっていきたいと考えているのは、現場で働く人の可能性がもっと発揮できる環境を作っていきたいですね。1年イベントをやり続けた後、2年目は悩み、その期間出会った慶応義塾大学井上英之研究室で開発された「マイプロ」という教育プログラムを応用して『KAIGO MY PROJECT(カイゴマイプロジェクト)』というプログラムを3年目から始めました。

中村 今は創業からの介護2025年問題を意識したイベントだけでなく、その教育プログラムを若手介護関係者のコミュニティ『HEISEI KAIGO LEADERS(ヘイセイ カイゴ リーダーズ))』で実施しているのですね。

中村中村

現場は時間とお金と人材の余裕がなくて、若い人たちの熱い想いなんて聞いていられないのが現実(中村)

秋本秋本

秋本 介護業界に若い人たちが、なにかしらの想いを持って入職しても、潰されちゃうことが多い。現場で一番下の立場にいると、なかなか自分の想いを出す機会ってないじゃないですか。

中村 そうだろうね。多くの現場や職員は変化を望まない保守的な土壌があるんだよね。それに時間とお金と人材の余裕がなくて、若い人たちの熱い想いなんて聞いていられないのが現実。上層部は売上が上がることでなければ現状維持だろうし、現場は仕事が増えることを嫌がるよね。

中村中村
秋本秋本

秋本 みんな現場で働いて問題意識を抱いていたり、これがしたいって気持ちがあります。でもそれを共有し辛かったり、新しいことは弾かれてしまうこともあります。それで結局、心が折れちゃう。この活かされていない想いが、私はもったいないと思うんです。『KAIGO MY PROJECT』は、その想いをアクションに変えていくプログラムです。若手介護職をメインターゲットに研修を続けていくうちに、導入したいって企業が現れるようになりました。

中村 誰でもそうだろうけど、自分も若い頃は今の100倍くらいエネルギーがあったし、やりたいこともあったよ。現実とか環境によって一つ一つ潰されて、諦めて、ほとんどの人たちはつまらないオジサン、オバサンになっていく。余裕がない介護現場は、特にその傾向は顕著かも。秋本さんがいうように、確かにその想いが活かされないのはもったいないよ。

中村中村
秋本秋本

秋本 採用には注力するけど、入職した後の環境作りとか、教育体制に注力ができていない介護事業所はまだまだ多いと思います。入職後、教育体制がしっかりしていたり、職員間のコミュニケーション量が多い方が離職率が低いというデータもあります。職員の教育に時間やお金の割き方は企業によって大きく異なると感じています。

中村 介護事業所は大きな会社ほど人材教育がしっかりしているよね。法人規模が小さくなるほど、即戦力みたいな働き方になる傾向がある。やっぱり小規模施設の方が離職は高くて、人材が定着していない。

中村中村
秋本秋本

秋本 そうですね。専任の教育担当がいないケースもありますもんね。あと教育体制は経営者の考え方がとても影響するところでもあると思うので、社内環境を全て整えていくのは難しいし、時間がかかると思うんです。企業によって若手の成長が制限されていたとしても、職場外の環境としてできること、職場外だからできることはあると思っています。

職員たちが前向きな気持ちで活躍できないと、高齢者の幸せはない(中村)

中村 秋本さんが大学生時代に介護職をしていた小規模事業所は、僕も知っているところです。同じ時期に、同じような業態と環境で介護にかかわったのに、秋本さんは介護の可能性を信じてポジティブなり、僕は深い絶望に苛まれて不信まみれ。この差は興味深いね。

中村中村
秋本秋本

秋本 私は非正規のパートで、中村さんは経営者として関わっていた訳ですから、比べものにならないですよ。あと私は現場以外に外にも介護に関わる人たちとの繋がりもあったので、現場が100%の環境じゃなかったからこそ、自分事として取り組めた部分があるのではないかと思いますね。

中村 運営している若手介護関係者のコミュニティー『HEISEI KAIGO LEADERS』に集まっているのは、所謂ゆとり世代の子たちですね。世間では扱い方がわからない、主体性がない、忍耐力がないみたいな評価をされています。

中村中村
秋本秋本

秋本 そうですね。でも、私はその評価は間違っていると思います。お金とか地位名声のために意欲的になれる人は確かに少ないですが、例えば介護業界をもっと良くするため、目の前のおじいちゃんおばあちゃんを幸せにするために主体的に頑張れる人はたくさんいると感じます。

中村 そういう子たちがちゃんと高齢者に向き合える環境を、どれだけ作れるかってことだね。結局、職員たちが前向きな気持ちで活躍できないと、高齢者の幸せはないっていうのは、本当にそうでしょう。

中村中村
秋本秋本

秋本 そう思います。おばあちゃんが好きだとか、人の役に立ちたいと思って入ってきた子が、辞めざるを得ない環境があります。働いている子が悩んでいることは、どうやったら高齢者がハッピーになれるかということではなく、職場の人間関係とか、上司のこととか、介護とは関係ないところです。

中村 変な職員が多くて、スタート地点にも立てないってことね。多くの職員が不満を抱えているし、心もカラダも余裕がないから自己中心的な人が多い。それに法務省が刑務所出所者を介護に誘導するみたいだから、これからもっと酷くなるよ。

中村中村
秋本秋本

秋本 うーん。変な人は多いかもしれないけど、変な人になっちゃう環境があるのかなって。

中村 環境が悪いのは人手不足で介護に向いていない職員や経営者を受け入れているのと、やっぱりいろいろな不満が原因で人間関係が荒れる。やっていた事業所は結局、自分では手に負えないって投げだした。本当に秋本さんには、なんとかしてほしい。

中村中村
秋本秋本

秋本 だけど、ライターとして介護にかかわっているんですよね。それは素晴らしいなって思いますよ。

中村 介護は本業の人がやらないとだめ。大学卒業してすぐにフリーライターになって、やっぱり自分はそれが本業。人はいくつも生業を持てない。多くのケースで20代後半~30代前半に従事した職業で、例えば30代後半から始めた職業は、なかなか生業にはなりえない。若手のポジティブなコミュニティーには、そういう可能性は感じる。

中村中村
秋本秋本

秋本 へーそうなのですね。やっぱり、若い介護人材とかかわっていたら、可能性はとても感じますよ。現場の子たちは本当にすごくて、私は敵わない。ありきたりの言葉になっちゃいますけど、本当に優しくて、 その人に寄り添う力とかエネルギーがすごくある。認知症になって見えなくなった力とかを引き出す能力とか、そもそもの力があるって信じる力とか。

中村 介護保険ブームで素人経営者じゃどうにもならない部分はたくさんある。介護を生業とする人たちが運営、管理者、リーダーにならないと。だから『HEISEI KAIGO LEADERS』に集まっている若者たちが、なんとかしてくれないかって期待はあるよね。コンサルとかではなく、介護保険事業を起業してどんどんやって欲しい。

中村中村
秋本秋本

秋本 改正のたびに報酬が削られるからハードル高いですけどね。それと『HEISEI KAIGO LEADERS』って介護職だけじゃなく、看護士とか医者とか、PTとかOTとか、いろんな職種が来ている。それぞれの立ち位置から問題意識をもって発言して、そこがゆるやかに交わりながら生まれるプロジェクトが面白いんです。この輪が広がったら純粋に業界はもっとよくなると思うんですよね。

世の中に芯から変な人とか腐った人はいないんじゃないかなって(秋本)

中村 しかし、どこまでもポジティブだなぁ。ちょっと前に『ヘルプマン』のくさか里樹先生にお会いしたけど、当然介護にポジティブな方で、「あなたがネガティブを引き寄せているんでしょ」みたいな言葉をもらった。でも、どっちも介護業界なんだよね。

中村中村
秋本秋本

秋本 『HEISEI KAIGO LEADERS』は門戸が広いのでネガティブな人も当然いて、来たときに働く事業所で上司から強く当たられて職場の人間関係に問題を抱えて、それと家族問題が重なってメチャメチャ病んでいた。その子も一緒に活動しているうちに意欲的になって今は現場でも役職が上がって活躍しています。病んでいたりネガティブになるのは環境がそうしているだけで、決して個人の素質の問題ではないと思うんですよね。経営者も根本は同じ、ってずっと思っていますけどね。

中村 経営者は環境を作るキーマンで、悪影響は職員に及ぶから、そういう第三のコミュニティーを作ってあげたほうがいいよ。

中村中村
秋本秋本

秋本 なんか中村さんの嫌いな性善説になっちゃいますけど、世の中に芯から変な人とか腐った人はいないんじゃないかなって。いいところばかりを見ちゃっているからかもしれないけど。

中村 はは。そこまでなのね。もう、なんか心配になっちゃう。人を信じるのは素晴らしいけど、現実的にすごく悪い人はいっぱいいるからね。もうちょっと疑わないと、いずれ大きな被害にあうよ。マジで心配。

中村中村
秋本秋本

秋本 はは。そうなんだ。

中村 そうだよ。性善説はほどほどにってことで。後半は引き続き、介護業界の若手ホープ秋本さんに「介護業界の若手の可能性」を伺っていきたいと思います。

中村中村
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