第10回(後編)竹下康平さんは「ITを積極的に使っている介護事業所は、離職率の低下、残業代の圧縮と経営改善に成功している」と語る

竹下康平竹下康平
1975年生まれ。ソフトウェアプログラマー、システムエンジニア、システムコンサルタントを経て、2010年に株式会社ビーブリッドを創業。2008年に介護業界での業務に従事して以来、ITを介護業界で活用しケアの質を向上させることを目指している。現在は、介護・福祉・医療施設向けの総合サポートサービス「ほむさぽ」でITコンサルティングを中心としたサービスを運営中。一般社団法人クラウド利用促進機構運営委員。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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介護現場では職員が膨大な時間を使って直筆で記録していて、ケアどころではない(中村)

中村 介護にかかわって心からウンザリしたのは、ボールペンと紙を使った記録ですね。「〇〇様洗身後、10分ほどゆっくりと入浴されました」みたいなことを延々と記録して、実地指導になると膨大な紙が必要になって、ケアどころじゃなくて何泊かのブラック労働みたいな。自分はどれだけ無駄な時間を使っているのってウンザリしました。介護現場で職員が直筆で文字を書くことを、ITの力でゼロにできないのでしょうか。

中村中村
竹下竹下

竹下 法制度とすり合わせていく必要はありますが、記録を何年残すってところで電子でも良いっていう流れはあります。今は電子化していても監査が入るとき、結局いちいち印刷して見せていたりします。そういう実態です。本当に手間が掛かる。無駄ばかりです。介護業界が全般的にITに対する理解度が低すぎて、国も行政もアナログな発想しかありません。

中村 現場を経験している人なら、IT化と聞いて全員が書類の効率化、簡素化をするべきと思うはずです。関係者が多い公的な事業で、膨大な無駄な時間と労力、意味のない作業を強いられるとは思いませんでしたよ。今介護職が150万人とすると、書類の完全電子化、雛形を使った簡素化で常勤30万人分くらいの労働力は浮きますよね。

中村中村
竹下竹下

竹下 介護業界側にITに長けた方がいれば、自発的に考えて進化していくけど、そういう発想を誰も持っていないのが進まなかった理由です。介護記録のほぼ無人化は最優先でしょう。介護業務の30%以上が事務とも呼ばれている業界ですから、少なくともそれを半減させる施策を打っていくべきです。それは、前から言われていることです。

記録を電子化する施策が出てから5年がたっても、いまだに話し合っている(竹下)

中村 さらに電子化されて介護職員が文字を書かずケアに集中できる環境が整えば、監査も現場に来ないですよね。行政の人も大勢で実地指導や監査に来て、どれだけ無駄な時間を使っているのって状況じゃないですか。電子化して役所でチェックができれば、無駄な移動は必要ないし、不正も減りますよ。

中村中村
竹下竹下

竹下 本当にマズイ状況ですよ。介護業界の仕組みというか、枠組みがおかしい。現場はなにも動いていないのに、突然ICTというキーワードが使われたり。去年、ニュース番組で“介護とICT”についての座談会を経済産業省が開催したことがあって。僕のまわりには介護を熟知する数少ないエンジニアの人がいるけど、最先端なはずの彼らが、そのことを誰も知らなかったですね。登壇している人も、介護業界とは関係のない誰も知らない人みたいな。

中村 社会問題化している介護というキーワードは、いろんな立場で利用されますからね。結局、官僚の方々も自分の都合とか立場が優先されるのでしょう。介護職側は混乱をわかって、いずれ改善してくれるはずと期待しても、彼らが現場で仕事するわけじゃないから興味ないってことか。キツイなぁ。

中村中村
竹下竹下

竹下 厚生労働省の誰がなにを考えていて、介護ITをどう動かしていこうとしているのか見えてこないんですね。記録を電子化して緩和しよう、って施策が出ても、どう進めていくのかってことがわからないんです。本来だったら、その程度のシンプルなことは5年前に完全にクリアしていかなければならないけど、いまだに話し合っているんですよ。作業は進んでいないでしょうね。

中村 僕はマスコミからコメントを求められて知ったけど、認知症高齢者を対象にしたコミュニケーションロボットみたいなのが突然現れましたよね。今、それ必要ないでしょうとしか言いようがなかった。

中村中村
竹下竹下

竹下 それを作るIT業界は介護現場を知らないから、なにが必要なことなのかわからないわけですよ。だから補助金をもらいながら、ケアの現場で本当に必要でないものを作っちゃう。行政絡みで自分の技術をいかしてヘルスケア分野に進出するとき、助成金が出たりすることがあります。そうなると介護職を抜きにして、自分の技術を中心に物を考えてしまいがちです。そうすると高齢者が喜ぶかもみたいな、ちょっとしたアイディアが製品になったりするんですよ。

中村 高齢者がちょっと喜ぶより、介護職の業務軽減のほうが優先順位ははるかに上だということが伝わっていないんですね。それで最優先の記録の完全電子化、ITによる効率化は、監査がかかわってくることなので、まず厚生労働省の問題ですよね。

中村中村
竹下竹下

竹下 厚生労働省が指針を出さないといけないことです。業務の効率化は時間の問題だけではなくて、さらに離職問題にもかかわってきますし。介護のスタッフのストレスで事務業務の多さは上位を占めていて、IT化すれば離職が減るのは間違いない。あとアナログで仕事をしてきた方々の反発も想像できますね。

中村 どこの世界でも90年代後半~2000年くらいに電子化、効率化は起こっていますよ。たぶん中年、高年層のアナログ派から強い反発は絶対に起こるけど、介護以外の他産業ではその声はキッチリと切り捨てて前に進んでいます。介護現場で強引に電子化を進めた場合、どの程度の反発になるか想像つかないですが、中年、高年の関係者でITについていけないなら、他産業と同じく潔く引退するべきだと思いますね。

中村中村
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低賃金でアナログな人たちにガミガミ言われるような職場だったら、デジタルネイティブな若い子たちは逃げますよ(中村)

竹下竹下

竹下 介護職とIT、介護と事務も相性が悪くて。コンピューターが苦手なのでケア職にきました、みたいな人もいるくらいですから。ITが嫌いで介護職を選んだのに、いざ入職すれば膨大な事務がある。自分らくらいの40歳前後の年齢なら、コンピューターも理解しつつ、アナログもわかりつつ、いい塩梅だけど。若い子たちは、徹底したアナログな現場に幻滅していますね。

中村 そうか。IT化の遅れは、デジタルネイティブな若い子たちの離職問題も絡んでくるのか。

中村中村
竹下竹下

竹下 スマホ世代になると感覚は全然違う。外にいれば当たり前のようにスマホがあって、学生時代も仲間とスマホで繋がってという日常を送ってきて、いざ介護職になった瞬間にそういった武器が一切使えなくなる。これは、とんでもないストレスですよ。

中村 得意なデジタルは取り上げられ、低賃金で、アナログな人たちにガミガミ言われるような職場だったら、それは逃げますよ。“介護に詳しいIT人材不足”なんですよね?ならば、20代のやる気ある子たちは介護職を辞めて、IT側に移って介護業界の進化に貢献するのが一番いいですよ。

中村中村
竹下竹下

竹下 アナログな環境というのは、若い介護職の離職の大きな理由の一つであることは間違いないです。だから、僕は介護ITのセミナー講師をするとき、「iPadを配るので、それで記録をとりましょう」みたいなことを冗談で言います。中高年の方々は苦笑いする。「笑いごとじゃないですよ。あなた方は紙と鉛筆で記録をとっていますよね、部下の若い子たちに毎日逆に同じことをしているのです」って伝えています。

中村 スマホで書くのが得意な子たちに、紙と鉛筆か。やっぱり、若い子たちはどんどんIT会社に転職するべきなんじゃないかと思いますよ。アナログ一色の世界を塗り替えるのは痛快で面白いだろうし、本当に多くの介護職を救う大きな仕事ですよね。

中村中村

ITを積極的に使っている介護事業所は、離職率の低下、残業代の圧縮と経営改善に成功している(竹下)

竹下竹下

竹下 最近、新しい取り組みをしていて、ITを積極的に使っている介護事業所を呼んでイベントをしています。それらの事業所はかなり離職率を下げて、残業代も圧縮している。ITのお蔭で経営改善に成功しています。その事業所の取り組みを中心にパネルディスカッションをしたり。啓発活動ですね。

中村 ITを積極的に取り入れている介護事業所は、どの程度の状況なのでしょうか。

中村中村
竹下竹下

竹下 基本的に記録はすべて電子、監査対応は残念ながら紙です。記録全般、バイタル、アセスメントも含めて、タブレットの中にすべておさまっていますね。だから現場の介護職の平均年齢は低くて、若い子たちが多い。簡単なメモだと音声認識を使う。例えば「今日の〇〇さんはバイタルは良好で、便量は少なかったです」っていうと、それがすぐに文字になって記録されますから。インカムを使って、職員同士の施設内でのコミュニケーションもマイクでやり取りしている事業所はありますね。

中村 それらの事業所の投資はどれくらいなのでしょうか。

中村中村
竹下竹下

竹下 たいしたことないです。月額2万5000円くらいのソフトが1本と、ライセンス形式のコミュニケーションツールが1人300円で、50人いれば1万5000円。だから、運用費は月4万円くらいです。コミュニケーションツールって簡単にいうとLINEみたいなもの。介護事業者にはLINEは絶対に使うなって伝えてあって。それは、情報漏えいしちゃうから。ビジネス版のクローズドな社内SNSですね。あとはiPadが4万円くらいだから、5台買えば20万円ですね。しかも、iPadは今後別の用途でも使えます。

中村 思ったより、お金はかかりませんね。でも、経営者がIT化に踏み切ったとき、投資対効果がもっとわかったほういいかも。投資がこれくらいで、人件費がどれくらい減る、業務量がこれくらい減るということがわかれば踏み切る人は、たくさんいると思うなぁ。

中村中村
竹下竹下

竹下 あとは専門学校で、学生のうちに介護の専門職になるための学問の中にITの基礎知識を入れようって話しています。授業でITの基本的な考え方だったり、ITを使ってなにかアイディアを生み出して、自分たちのことを変えて行こうという試みだったり。たまたま、ITの基礎学習を学問の中に取り入れたいっていう専門学校がありまして。道のりは長いけど、ITという道具をうまく使う、勘を育む教育にチャレンジします。どうなるかは未知数ですが。

中村 いや、本当に、いち早いIT化をなんとかよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

中村中村
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