「介護対談」第50回(前編)福島見容さん「夫から語られる介護の仕事には人間の全部が入っていると思った」

「介護対談」第50回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと福島見容さんの対談福島見容
株式会社みらいびと取締役。大学を卒業後は凸版印刷株式会社に就職し営業職として勤務。2004年に教育研修会社に転職し、人材育成コンサルタントとして歩み始める。その後2009年に独立起業、のちの「株式会社みらいびと」となる人材育成コンサルティング会社を設立した。夫が介護職に転職したのをきっかけに介護事業のリーダー・新人育成を行う「NPO法人みらいびと」を設立、代表を務める。マネジメント研修や施設のリーダー向けに介護職に対するケアを学ぶ公開講座を開催。これからの介護を支える人材の育成に力を注いでいる。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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夫から語られる介護の仕事には人間の全部が入っていると思った(福島)

福島さんは介護職、介護事業に特化した人材育成コンサルタントとして活動されています。福祉人材を育てることをミッションにした、NPO法人みらいびとの代表でもあります。まずは経歴からお聞きして良いですか。

中村中村
福島福島

元々凸版印刷関西支社の総合職営業でバリバリ働いて、最初の結婚で東京に出てきました。嫁ぎ先の会社の取締役として事業を手伝いつつもその夫とは3年で離婚。それから教育研修会社に転職し、人材育成コンサルタントや研修講師という立場でキャリアを再スタートさせました。2009年に独立起業し人材育成コンサルティングの会社を設立、今年で10年になります。再婚した今の夫が料理人で、2012年にいきなり仕事を辞めて介護職に転職した。それが介護にかかわった最初のきっかけ。私も「人が人を支える」という福祉の仕事に初めて触れ、興味を持ってしまって、2014年に2つ目の会社NPO法人みらいびとを立ち上げてしまいました。

旦那が介護に転職、えー止めなかったんですか。うちも妻が介護業界に転職して大手訪問介護の管理者兼サ責になった。正直そのときは苦言を伝えた。子供の前では一切仕事の話はしないってことで落ち着きました。一人っ子なのに低賃金の福祉とか介護に興味を持たれると困るので。

中村中村
福島福島

夫は、「人の命に触れる」「誰かを支える」というような仕事に漠然と憧れがあったみたい。中学生のときに黒澤明監督の映画「赤ひげ」を観て衝撃を受けたとか。お医者さんの話で、三船敏郎が地域とか患者に信頼される医者の赤ひげ先生で、加山雄三がエリート研修医。三船敏郎は庶民の味方みたいな。その中で赤ひげ先生がエリート研修医に「この人は間もなく亡くなる。手の施しようはない。ただ死ぬところを見ていなさい」というシーンがあって。老人が天に召される瞬間にただ立ち会うしかない人間の存在というものに深い感慨があったようで。それが彼の中学生のときの介護原体験だったみたい。

観ていない映画だけど、人の最期を最高な形で支えたいみたいな。

中村中村
福島福島

彼が35歳のとき、本当にやりたいことをやるってなった。それでまったくの未経験なのに本当に介護の世界に入ってしまった。私はそれまで介護職とか全然知らなくて、毎日話を聞いたんですね。彼が施設で見たことを話してくれて、私は介護って良いって思っちゃった。自分も微力だけど何かの形で介護や介護業界の役に立ちたいなと思った。

僕は個人的に介護現場の経験で良いことはなかった。何が良いのかわからないので教えてもらえますか。

中村中村
福島福島

入職したばかりのとき、うめいている高齢者がいて、職員も忙しいからいちいち構っていられない。彼は未経験だからオロオロしながらうめいている人のところに行って、大丈夫ですか?といった感じで声を掛けたらしい。お布団をかけなおしたら、その30分後にその方が亡くなったとか。介護職になって4日目にいきなり看取りを経験という…。彼が帰ってきたとき、相当ショッキングだったみたいで。そのとき、「自分は人は死なないと思っていた」って。

人の死を目の前で眺めて死生観が変わったわけね。20代、30代では近くに「死」がないからショックを受けるのはわかる。自分も最初の頃、ある利用者を朝だから起こしにいったら冷たくなって死んでいたときには驚いた。でも3人くらいの死を経験すると、人間は現役世代を生きて高齢者になって死ぬことがわかる。例えば、近々に自分の親が死んでも、後期高齢者になるまで生きてくれればショックとか悲しさとかはないと思う。

中村中村
福島福島

その死の話を聞いて、私はなるほどと思った。介護職って専門職だという意識を当時から持っていたけど、精神的な仕事でもあるんだな、みたいな。具体的に言えないけど、すごく興味を持った。みらいびとって社名も、うちの夫が「おじいさん、おばあさんは自分たちの未来を生きている“みらいびと”なんだよ」って。それが由来。彼から語られる介護の仕事には、人間の全部が入っていると思った。それで興味を持って私もヘルパー2級を取りにいき、会社経営のかたわらでいろいろな施設にボランティアで入り、だんだんと私も介護の仕事の尊さを確信したという。

介護を知ったのが2012年となると、本当に最近。2012年は人手不足が深刻化した元年。それまでの介護業界は、イメージ悪化を懸念して人手不足を自ら訴えることはなかった。厳しい時期から介護事業所に関わり、元々の生業にしていた研修講師や人材育成のテーマを介護業界向けに応用していったわけですね。

中村中村

下の人材を育て、下の人が活躍できるようなチームを作っていくことが大切(福島)

福島福島

今やっていることは2つ。施設とか法人さん向けに、リーダー育成とか若手育成の研修。半年1年と業務改善や環境改善活動と連動した形の研修を実施し、学びを現場での実践にリンクさせながら、最後に法人内で成果発表するとか。一般企業でやっているマネジメント研修を、介護向けにカスタマイズして提供もしています。もう一つはケアラーズメンター養成。2日間の公開講座で、いろんな施設からリーダークラスの方が集まって介護職に対するケアを学んでいく。

経営者向けのセミナーとか研修は、制度改正を前に大流行です。福島さんの研修はあくまでも現場職員向け。利益に直結するところじゃないから、人材育成に投資する法人は限られる。福島さんの研修を受けられる介護職は恵まれていますね。

中村中村
福島福島

確かにそうかもしれません。社員教育は必須の経営課題であるにも関わらず、研修となるとある種の嗜好品というか、会社にとっては福利厚生みたいに扱われることもあります。人材育成の分野は業績が悪くなったら真っ先に切られるところだし。でも会社は人が作っている。労働集約型の介護は、特にそう。講師やコンサルタントとして呼ばれるのは社会福祉法人や医療法人が多いですね。

民間の零細事業所などは、すぐ人が辞める。だから未経験で管理者なんてこともありうる。福島さんを研修講師に呼ぶのが老舗ですでに組織やキャリアパスがあり、内部留保もある社会福祉法人となると、さらなる人材の向上のために研修を充実させているわけですね。介護事業所の二極化はどんどん進行していますね。

中村中村
福島福島

それは確かに感じます。例えば、「明日からあなたは管理者です」と言われて、何もアイテムを持たずに管理者の肩書きだけを与えられても、ってなっちゃう。例えば一般企業に当てはめて車の販売会社だとすれば、一番売っている営業マンが、成績が良いという理由だけで店長になっても延々に店長1人が売っているだけ。そうじゃなく下の人材を育て、下の人が活躍できるようなチームを作っていくみたいなことが大切。そういう目的がありますね。

多くの介護事業所でそれが機能していないからムチャクチャなことに。それに、多くの事業所はあまりにも簡単に辞める人が多いから人材育成に投資なんてできないだろうし。簡単に辞める、人材育成ができない、蓄積がない、求人費で資金が流出。負の連鎖になっている。逆に福島さんの研修で効果が出れば、職員間トラブルは減って、離職は減り、意識が高くなって、高齢者に還元されると。それは誰でも後者が良いですよね。

中村中村

介護業界は人材育成という意識が薄い珍しい業界(福島)

福島福島

二極化はその通りで、立ち上げ当初は介護業界では一般企業の共通言語、共通認識みたいなことがまったく通じないことに驚きました。みんな辞めちゃって人がいないから、まだ入って間もないけどリーダー職を頼まれる、みたいな。そのような人事は一般企業ではありえない。急に昇進してどうしたら良いかわからなくて辞めてしまうみたいな。介護業界は人材育成という意識が薄く、そういう文化もない珍しい業界だと感じました。

ならば、自分がやっている人材育成のコンテンツを介護向けにして、人をちゃんと育てましょうっていうアプローチしたと。でも、介護業界は人材育成の文化もないのに、多くの人は声高に「成長!成長!」みたいな言葉を言っていますよね。具体的なことを言わないと意味ないじゃん!と思っていつも聞いています。

中村中村
福島福島

確かにそうですよね。私の持論なんだけど、新しい仕事を始めるときって必ずポジティブな気持ちがあると思うの。いわゆる初心ね。介護現場は日々の業務の中で理想と現実が違うことが往々にあるし。現実はひどい職場も多いし、オムツ交換して、食事介助してってルーティンで終わりになりがち。でも、すごく良い施設はちゃんと専門職として人材育成している。技術もさることながら、人間的にも磨かれている人たちにたくさ会って、何が違うんだろうって。こっちにあって、あっちにないものは介護観だったり、そもそもの初心を仕事の中で感じているってことでした。

初心を仕事の中で感じるのは良いってことはわかるけど、人間的に磨かれているって表現は曖昧だし、理想を言うのは簡単ですよ。で、最近介護関係者でダイバーシティ経営とかカッコつける人を見かけるけど、言っている人に限って「ネガティブな人はいらない」とかドヤ顔で言ったり、実際はまったく多様性なんてない。でも、そういう人は、自分は人間的に磨かれているって思っていますよね。違和感たくさんですよ。

中村中村
福島福島

はは。多様性尊重を声高に語る人は多く、そういう方も実際いらっしゃいますよね(笑)。企業理念に「ご入居者おひとり、おひとりに寄り添え」って言っているのに、職員には一切寄り添ってないじゃんみたいな。私はダイバーシティを日常に活かす1つの手法として、リーダーさんたちにアサーションを伝えています。

アサーションって何ですか。初めて聞きました。

中村中村
福島福島

アメリカで60年代後半に発祥した人権運動の一つで、肌が白くても黒くても、男であっても女であっても、老いも若きも、障害があってもなくても、生れ育ちも関係なく、誰もがしたいことをする権利はあるし、嫌なことは嫌だという権利があるという基本的人権をベースにしたコミュニケーションスキルがアサーションです。福祉の大義である「ノーマライゼーション」に通じるものでもあります。基本概念としては「相互尊重の姿勢」が挙げられます。例えば、職場でノーと言いたいけど、言えない。頼みたいんだけど、頼めない。こんなことを言ったら変に思われるんじゃないかとか、周りに気を遣い過ぎて本音が言えないとか。ストレスの大半は人間関係なので、そこに対して解決の糸口のひとつなればとお伝えしています。

逆に思い込みが強すぎて、こうするべきと主張したり、人に押しつけたり、自分が正しいと主張したり。それで人間関係がおかしくなるのは介護現場の定番です。嫌だし、苦しいので辞める人が多いのはすごくわかる。それに介護業界は、正論とか道徳の教科書的なことで介護職を支配しようとし過ぎでしょう。正直、もう深刻に分断しちゃっている。

中村中村
福島福島

だから、そこをちょっと緩めて。人は人、私は私。私は私としてOKなので、あなたなあなたとしてOKであると。共感できなくても、理解はできるよねって。理解が難しくても一旦受け止めてみませんか、ってことをやっていきます。

それは本当に大切。ただ性格とか人格とか、教養とか、人間の根本的なことだから研修で教えることができますかね。改めて他人から言われて気づく人はいるかもだけど、ちょっと難しそうな印象。介護業界は下に対して洗脳みたいなことも激しいし、人は人という文化がない。でも今お聞きしたアサーションが理解できれば、現場トラブルは激減しますよ。

中村中村
福島福島

その一助になればと願っています。介護現場のトラブルってたいがいは大義でぶつかっている気がするんですよ。人間関係が最悪でも、実は高齢者の役に立ちたいとか、いい介護をしたいとか、根底にある根っこの大義は相反する相手と共通していたりする。ただその手法がみんな違うし、表現が違うし、向いている方向が違うだけ。あいつが悪い、こいつが悪いみたいになるのではなく、そもそものこの仕事を志した原点みたいなところだったり、介護はどういう仕事なんだろうねってことを職場の中で感じ合える、話し合える。そんな共通言語にしていきましょうってことです。

受け身じゃなく、自ら動けるというマインドで働きましょう(福島)

それとNPO法人みらいびとでは「ケアしている人をケアする」というケアラーズメンター講座をされています。

中村中村
福島福島

さっきも触れましたが、介護の仕事って人間のすべてが入っていると思うんです。優しさとか愛情とかはもちろんだけど、そんな綺麗なことばかりじゃなく、憎しみとか腹が立つとか、悲しみとか絶望もある。そのときに誰か職場の人が大丈夫って言ってくれるとか、話を聞いてあげるとか。フォローをお互いにしあえる関係性が必要。現場の若手リーダーを対象に、高齢者のケアだけではなく、同時に仲間である職員と良い介護をするために彼らも大事にしないといけない。職員主体でそういう職場にしていこうよ、というような内容です。先ほど言った「大義」がぶつかりやすいからでしょうか、離職理由の堂々1位は「職場の人間関係」であるというデータがあります。

人間関係が絡み合う介護現場で、良い職場環境を作っていく現場のキーマン育成ですね。

中村中村
福島福島

受け身、指示待ちではなく、自ら考えて自ら行動できる人材を「自立型人財」って呼んでいます。自分で職場をよくしていこうとか、業界をよくしていこうとか。受け身じゃなく、自ら動くというマインドで働きましょうと。

ありがとうございました。後半も引き続き、人材育成や介護業界についての話を伺わせてください。

中村中村
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