藤田孝典藤田孝典
1982年生まれ。NPO法人ほっとプラス代表理事。聖学院大学客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。社会福祉士。ソーシャルワーカーとして生活困窮者を支援する一方で、生活保護や生活困窮者支援の在り方に関する活動や提言を行っている。著書は「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」(朝日新書)がベストセラーとなっている他、「貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち」(講談社現代新書) 、共著に「知りたい! ソーシャルワーカーの仕事」(岩波ブックレット)など多数。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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問題の多すぎる介護業界で早急に止めさせないといけないのは、正社員の長時間労働。正社員のサービス残業で、人件費を圧縮することが常態化している(中村)

中村 藤田さんは昨年、大ベストセラー「下流老人 一億総老後崩壊の衝撃」(朝日新書)を出された著者で、さいたま市で特定非営利活動法人・ほっとプラスを運営、それと聖学院大学で客員准教授をされています。その藤田さんが、なんと!介護保育に特化した労働組合「介護・保育ユニオン」を立ち上げたとのことで、慌てて駆けつけました。組合の立ち上げを知ったのは、6月16日の厚生労働省での結成会見でのことです。

中村中村
藤田藤田

藤田 私の事務所とNPO法人POSSEが連携しながら、労働者の支援をしているんです。共通の相談が多い領域があって、IT業界、エステ、飲食、アパレル、あとは介護と保育。相談が多い業種は決まっていますね。最近、著しく増えているのが介護、医療、保育の領域で、個人で加盟できる介護と保育に特化した労働組合を起ち上げました。

中村 POSSEは「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」(文春新書) の今野晴貴さんが運営する労働問題のシンクタンクですね。介護は問題の多い労働集約型の代表的な職種で、たいした影響力はないですが、僕は「介護のブラック労働は問題」と、ずっと言っていて。ようやく労働問題のスターたちが来てくれたと、マジで喜んでいます。

中村中村
藤田藤田

藤田 介護は人の命と生活のかかわること、そこに労働の劣化がのしかかっています。労働組合は、問題のある企業の中に入って、一緒に交渉しながら法人と労働協約を結ぶこともあります。労働協約は、労働者と使用者側との合意ですね。働き方の約束と言えると思います。介護職からの労働相談は著しく多いので、労働組合を作って、介護業界の中に参入していかないとならない、というくらい悲惨な実態があるんじゃないかと感じています。

中村 悲惨ですね、マジで悲惨。介護施設は精神病養成機関になってしまっています。介護業界には問題が多すぎるので、改善していくには優先順位をつけたほうがいいと思いますが、早急に止めさせないといけないのは正社員の長時間労働です。

中村中村
藤田藤田

藤田 うちは本来、貧困で生活に困って、どうしようかって人が相談に来る場所です。最近は介護労働者とか、ブラック企業の従業員からの相談が多いですね。以前は非正規とか低賃金の相談が多くて、正社員の人がくることはなかったんですが。介護業界から労働相談を持ち込んでくるのは、ほとんど正社員です。

中村 パートや非正規の時給は払わざるを得ないでしょう。正社員のサービス残業で、人件費を圧縮することが常態化していますね。労働集約型はみんな同じで。介護業界上層部の一部が居酒屋の手法を介護に持ち込んだ、という背景がありますね。

中村中村
藤田藤田

藤田 介護現場は、驚くほどの労働法違反が蔓延していますよ。労働法、労働基準法、労働契約法、何も守られていない事業所がとても多い。起ち上げてから、介護、保育分野で相談に来た数十件の労働事件を見ても、ほとんどが労働法に違反していますね。

最低賃金を割っていることに介護職本人たちは気づいていない。早急に手を打たないと、入居者の命も危険(藤田)

中村 経営者は違法労働を意図的にやらせていますが、ここではその話は置いておいて。介護職の人たちが労働関係の最低限の法律を知る必要がありますね。社会貢献がしたくて違法労働するのは、社会貢献どころか反社会的な行動ってことを知ってほしいんです。まず、労働法と労働基準法って、なにが違うのでしょうか。

中村中村
藤田藤田

藤田 労働基準法は最低限の一線ですね。これは絶対に守ってくださいという基準です。労働法はそれを含めた全体で、労働はこうあるべきとか、契約とか、給料はこれくらい、残業はこうとか。介護業界の多くは労働者と交わした労働契約がほとんど守られていなかったり、労働契約書そのものに問題があったりするんです。

中村 介護職のブラック労働は今日に始まったことではなく、ずっと前からですよ。大前提として、公的な事業が違法行為を強いることなんてないだろう、と思い込んでいる人が多いせいか、労働契約書を読まないし。経営者や管理者は労働者が法律に無知なことを見越して動くから、騙されてしまうんですよ。

中村中村
藤田藤田

藤田 相談は一般的にサービス残業についてですね。出さないといけない残業代を出していないという。相談にくる介護職の方々のほとんどが抱えている課題です。あとは長時間労働やパワハラでうつ病になる、不安障害を抱える、深刻になると自殺を考えるというケースも多いですね。健康を害してもちゃんとした治療をする時間すらありません。まわりに相談しても、正社員で入社したなら3年は続けるべき、みたいなことを言われがちで追い詰められています。

中村 介護をしようって人たちは真面目だし、人がいいし、優しくて。劣悪な環境を甘んじて受けちゃうと、本当にカラダを壊すだけ。うつ病はこわくて、壊れちゃうと1~2年は立ち直れなくなるんですよ。20代だったらキャリアとして致命的だし、30代だったら家族に影響するとか、本当に最悪の連鎖が起こってしまいます。社会貢献より、高齢者より、自分や自分の家族が大切でしょうという声が介護業界には少なすぎますね。

中村中村
藤田藤田

藤田 給料はだいたい14万円~20万円以下。よくその金額でそんな長時間働いているねって状況です。実際の労働時間を計算したら、最低賃金を割っていますよ。最低賃金割れしていることも本人たちは気づいていないし、早急に手を打たないと、入居者の命も危険です。

中村 藤田さんのような専門家がみても、介護業界の現在は相当危機的な状況にあるわけですね。外食チェーン店の長時間労働問題が話題になっている頃、そろそろ介護に来てくれないかなと思っていたんですよ。

中村中村
藤田藤田

藤田 介護に特化して活動したほうがいいほど、労働相談が多いってことです。これまで、僕らの労働組合活動では、エステティックサロンの経営者と争いました。労働協約を結んでもらって、エステティシャンの女性たちの労働条件を上げました。それと、某学習塾とは今争っている最中ですし、他のユニオンが争った深夜のワンオペに問題のあった外食チェーン店もそうですね。介護も、これから労働組合が本気で労働者を組織化して関わっていけば、絶対に変わると思います。

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零細企業が多い介護業界では、経営者も貧窮しているケースが多い(中村)

中村 厚生労働省での記者会見では、介護フランチャイズの大手に団体交渉の申し入れをしたことが発表されました。これまでに数々の問題を起こしていて、介護業界内で以前から問題の多い企業として有名でした。僕個人も、長時間労働に悩む介護職から様々な相談を受けた経験があります。

中村中村
藤田藤田

藤田 その大手での実態は労働組合スタッフから聞いていて、特に酷いと話題になっていたんです。最初はそこからやりましょうって声が上がりました。まず、相談者数が多いんですね。相談者が2、3人になると、組織を組めます。同じ職場から2、3人出てきてくれると労働組合に加盟してもらい、有利に交渉が出来ます。1人だけだと不安がありますしね。数名は争うと決めた人ですが、争わない人で静観している人もいますから、もうけっこうな人数になっていますよ。

中村 お泊りデイという業態に問題があって、24時間営業なので泥沼の長時間労働になりがちなのです。介護の小規模施設って言うと、離職は高いし、運営が安定することがないんです。人員不足の尻拭いをする管理者、生活相談員などの正社員が特に悲惨で、残業なしで運営できたら経営者は天才ですね。会社との交渉はまずは労働者が、経営者に残業を払ってくださいと訴えるわけですね。

中村中村
藤田藤田

藤田 そうです。労働組合のメンバーと一緒に交渉します。まだ団体交渉の途中ですが、一般的には、内容証明郵便を送って未払い給与を請求したり労組を結成したりして、団体交渉の申し入れをします。文面は一般的に「貴社は労働条件が◯◯に違反しています。ただちに△△氏に対して残業代を出してください」などと要求します。その後も継続的に企業や団体と交渉します。先日に厚生労働省での記者会見を開いたときは、まさに仲間のスタッフが団体交渉を申し込んだ日でしたね。

中村 介護は零細企業が多くて、本当に儲かっていません。介護フランチャイズは本来労働者に支払うお金が本部に流れているので、労働事件が起こりやすいんです。経営者が搾取しているならば払ってもらえばいいけど、そういう問題でもないのです。さらにお泊りデイという業態に問題があって、経営者も貧窮しているケースが多いですね。払えないのは、お金がないからですよ。

中村中村
藤田藤田

藤田 「お金がないから払えません」では、すまない話です。経営者に「ちゃんと出してください」ってことになります。労組は場合によっては経営にも入っていくので、役員の報酬を削ったり、事業の見直しを提案して賃金を上げてもらったりします。もちろん、団体の財務諸表を見ながら「ここを削ってほしい」と提案をすることもあります。

中村 経営まで立ち入るので出せないってことは、ありえないってことですか。違法をしないと事業ができないのならば、もう辞めてくださいってことですね。

中村中村
藤田藤田

藤田 残業代を払わないのは、考え方として、賃金泥棒ということです。賃金泥棒している状況をやめさせないといけません。労働者は常にお金を盗まれているんだから、貧窮して当然なんですね。

儲かっている事業者ほど危ない。今の構造でちゃんとやれば介護業界で儲かるわけがないのだから(藤田)

中村 団体交渉を申し込まれた介護フランチャイズ側は、おそらく、地域のセーフティネットになっている自分たちがいなくなったら介護難民が増えて、死者も出るみたいな言い訳をしてくるでしょう。地域のために職員の犠牲は仕方ない、みたいなことを遠まわしに主張する可能性が高いですね。実際にそういう部分はあります。

中村中村
藤田藤田

藤田 それは行政の仕事であって、民間の仕事ではないです。要するに、民間が労働者を酷使して、絶対に事業では回らないことをやっているわけですよね。違法前提じゃないと回らないようなシステムにするんだったら、公的な機関にその事業や高齢者を返さないといけない。公的機関もちゃんと賃金を保証できるような報酬を提示して、民間に事業を出さないといけないのです。

中村 お泊りデイの是非はずっと議論されていて、ブラック労働まみれという現実を知りながら、行政がそれを見て見ぬふりをしたから現在のような問題になっています。自分たちが楽をしたいから、違法に目をつむったという事情は、当然あっただろうなぁ。高齢者を押しつけ合う嫌な話ですね。

中村中村
藤田藤田

藤田 介護難民となっている高齢者を預かって、労働法を守って運営できないなら、高齢者を役所に戻すべきです。それで行き場のない介護難民が現れるなら、公的な機関が対策すべきことで、民間は関係ないですよ。

中村 地域の介護難民の対策は、介護保険以前だったら公務員の仕事ですしね。

中村中村
藤田藤田

藤田 そうなんです。介護保険以前の行政は、直営で在宅介護支援センターを運営していたし、ある程度の福祉機能は行政が持っていましたから。それが民営化とか新自由主義とかで、わけのわからない民間企業や団体が参入して、営利目的になって株主配当を取って回して。福祉業界に歪みが生まれるのは、当然なのです。少なくとも、介護保険報酬から株主配当を出したら、現場の労働者が疲弊するに決まっています。株式会社が参入する市場にしてしまったことは、弊害が大きすぎるということです。

中村 以前は行政と社会福祉法人がやっていた地域の問題を、介護保険を株式会社に投げてから起こった問題ですね。国や行政が高齢者を、民間に捨てたってことになります。労働者の犠牲がある以上、それは許さないってことですね。まさに、その通りだと思いますよ。

中村中村
藤田藤田

藤田 株式会社は利益を上げ続けなければならないので、保険報酬が決まっている中で、労働者の賃金を削るしか利益を出しようがありませんね。本来は、弱い立場にある労働者から搾取するのではなく、株主配当を減らすか、役員報酬を減らすか、そういうことをしないと。だから、儲かっている事業者ほど危ない、今の構造でちゃんとやれば介護業界で儲かるわけがないのですから。

中村 あと、一応お伝えしておくと、フランチャイズと同じく、経営者や事業所を指導する介護コンサルも問題ですね。保険報酬から多額のお金が流れています。介護労働者が疲弊する大きな原因の一つになっていますね。

中村中村
藤田藤田

藤田 結局、労働者かサービス利用者から吸い上げるわけです。サービス利用者から取ると、お客さんが逃げちゃう。それでターゲットになるのは、人がいい労働者。経営者がそこに甘えて、私腹を肥やすという一般的な構造ですね。カール・マルクスが100年少し前から言っていることですよ。

中村 どうしてブラック労働が起こるのか。話せば話すほど、なにが悪いのか明確になってきますね。後編も引き続き、お願いします。労働環境に疑問がある介護職は、個人で加盟できる「介護・保育ユニオン」にどんどん連絡したほうがいいですね。

中村中村
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