「介護対談」第47回(後編)宮本剛宏さん「介護人材のマネジメントの肝は、いかにみんなに気持ちよく働いてもらえるか」

「介護対談」第47回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと宮本剛宏さんの対談宮本剛宏
株式会社ケアリッツ・アンド・パートナーズ・代表取締役。大手メーカー、ITコンサルティング会社を経て、2008年ケアリッツ・アンド・パートナーズを設立。介護とITをコラボさせ、業務の効率化と技術革新に積極的に取り組む。JR新宿ミライナタワーに拠点を構え東京都、埼玉県で訪問介護/居宅介護支援事業所、福祉用具貸与/販売事業、障害福祉サービス事業、サービス付き高齢者向け住宅など、幅広く介護ビジネスを手掛ける。野村證券株式会社の元トレーダー、マッキンゼー・アンド・カンパニーの元コンサルタントを取締役として迎え入れ、さらなる注目を浴びる。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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介護人材のマネジメントの肝は、いかにみんなに気持ちよく働いてもらえるか(宮本)

宮本宮本

今回の対談で、介護業界の問題点についても話してほしいと言われていましたね。私の考えるこの業界の問題は、まずはやはり財源不足と人手不足だと思っています。ただ、それ以外にも大きな問題があると思っていて、それは介護の周りに群がる周辺事業の存在です。介護人材の紹介会社やM&Aのアドバイザー、コンサル、フランチャイズとか。彼らは介護事業自体を手掛けているわけではないのに、介護事業者を通す形でなけなしの介護報酬を奪っていく。

超高齢社会の流行に乗って、介護事業に参入した無知な中小企業経営者が多いからでしょう。詐欺みたいなキラキラ系コンサルが介護報酬の利益をむしり取り、贅沢な暮らしを自慢して「介護に誇りと憧れを!」とかやっている。自信のない経営者がそんなのに群がって、ありがたがってお金を払っているのは絶望的です。周辺業者ではなく介護職に分配してほしい。もうやり切ったのでやめましたが、介護フランチャイズ批判は頑張りましたよ。

中村中村
宮本宮本

中村さんのフランチャイズ叩きは見事でしたね。僕らもいくつか記事を読んで、正直笑ってしまいました。コンビニで買える実録漫画とか、いわゆるキラキラ系の介護某イベントの動画なども見ましたが、もはや幼稚園のお遊戯のようでした…。同じ業界の人間として恥ずかしいですよ。そもそも主催者たちも、経営者とは言いつつもどの会社も規模が小さく、はっきり言って人に威張れるような経営のレベルではないですからね。

指摘の通り、周辺事業に利益が流れ過ぎているから介護職の賃金が上がらない。現場の介護職は貧困で、利益を吸い取る彼らは富裕層。その歪な現実をお遊戯で洗脳して蓋をしようとしている。本当にエグイ構造がある。現場の介護職は一致団結して彼らを追い出し、経営者に賃金を上げてもらえばいいと思う。死活問題ですよ。

中村中村
宮本宮本

うちの取締役の太原は、マッキンゼーというコンサル会社出身です。なので、わざわざ外部のコンサルを使う必要はありません。一方、コンサルに頼る会社はどんどんそっちに利益を持っていかれている。永続的に上納させるフランチャイズは、もっと酷い。利益が外に垂れ流される法人で働く介護職は、本当に気の毒ですね。

ケアリッツはITだけではなく、一流コンサルも社内にいる。ただ東京のガチエリートである経営陣の能力の高さと、現場の乖離は凄そう。僕はずっと中流層だったので、介護に関わってからは下に合わせた。外食はやめたし、友達と会わないとか、SNSでも楽しそうにしている写真とかは控えた。ひがまれて嫌がらせされるかも、みたいな意識があった。

中村中村
宮本宮本

僕らはそういう意識は特に持っていませんね。確かに置かれている環境は違うかもしれないけど、介護人材のマネジメントの肝は、いかにみんなに気持ちよく働いてもらえるか、に尽きます。だから事業所の管理者には、働く社員一人ひとりのこともお客さんと同じくらい大切だと思え、とよく言っています。賃金が高いだけではうまくいきません。結局、大事なことはスタッフとちゃんと向き合って対話をするか。こいつはバカだから話してもわからないだろう、という態度ではマネジメントは上手くいきません。

まあ、芸能人とかプロ野球選手がいい暮らしをしていても誰もひがまないですからね。同ランクと思わないだろうし。確かに、個人的にはマネジメントを別の人間に投げてしまった部分はあったかもしれない。ただ、介護事業のマネジメントは本当に難しい。以前の失敗を教訓にもう一度チャレンジしても、自分にできるとは思えないです。

中村中村

常に下から人材が育っていかないと、事業の規模を大きくはできません(宮本)

宮本宮本

うちの会社は離職率も低いと思います。入社してすぐ辞めてしまうのは本人の問題も大きいので何とも言えませんが、少なくとも3ヵ月以上働いている方の離職率は5~10%程度。ずっと1桁台で、なかなか辞めずに頑張ってくれている。職員は今だと1,000人近いですけど、特に3年以上在職している方で言えば、退職者は年間10人にも満たないかもしれません。

賃金の水準が高くて、キャリアパスがあって、働きやすい環境が整っている。不満を持って隣の事業所に移る人がいないってことですね。1桁台という低い離職率じゃないと、事業拡大できないってことですね。

中村中村
宮本宮本

もちろんです。常に下から人材が育っていかないと、規模を大きくはできません。正社員雇用をして、しっかりとした賃金を払い、社員に対して丁寧に対話を重ねてきた成果でしょうね。長く働いている方の中で、辞めたいという正社員が出てきたら、僕が直接引き留めに行くこともあります。事業所まで行って直接話しますね。

退職にはそれぞれ理由がある。その理由を聞いて改善を提案するのですね。

中村中村
宮本宮本

給料の問題もありますし、家庭の事情。あとは上司と折り合いがつかないとか。給料の問題であれば、例えば他の人が行っているサービスも引き受けてなるべく残業時間を増やす、とか、昇格試験に受かれば昇給するので、ちゃんと勉強して頑張れと励ますとか。あるいは、ちゃんと努力して成長している人はしっかり給料が上がっていることを見せたり。上司とそりが合わないなら、例えば近くの事業所に異動を打診するとか。家庭の事情以外は、何らかの改善提案はできますから。

ケアリッツは新卒や若い職員中心で運営しているから少ないかもだけど、中年男性のマネジメントが一番難しい。プライドが高いし、客観性がなく勘違いしている人が多いし、厄介です。トラブルになりがち。

中村中村
宮本宮本

確かに中年男性の中には、自分の自己評価と他者からの評価が釣り合っていない人も目にします。例えば40代後半で介護未経験。これからヘルパーやります、という人が、できればすぐに管理者・エリアマネージャーに昇進させろと言い出したり。なぜ経験もないのにそんなにすぐにキャリアアップが可能だと考えているんでしょうね?他業界で通用しなかった人材でも介護の世界でなら通用する、というのは間違いだと思っています。なので中年の男性については、じっくり人間性などを見極めて、採用は慎重に行うようにしていますね。

当たり前の経営をただ実直にやっているだけなんです(宮本)

前編で聞きましたが、ケアリッツの経営陣は武蔵中学高校出身のウルトラエリート。宮本社長は創業者なのでまあ理解できますが、為替トレーダーとして稼ぎまくっていた松田副社長や、マッキンゼーのコンサルタントだった太原取締役など、ガチのエリートがどうして介護業界に身を置くのでしょう。

中村中村
宮本宮本

松田は武蔵中学卓球部のときの僕のダブルスパートナー。介護を一緒にやろうって言ったんじゃなく、「自分と一緒にやろう」と。もう一人、僕と同じく東大に落ちて慶應に行った経理部長がいるのですが、彼も部活の仲間です。みんな、僕と一緒に働きたい、と思ってくれているんじゃないですかね。別々の大学に行ってもずっとつるんでいたし。会社が大きくなる前に加わっているので、松田が合流したのは2年目、まだマンションの一室の時代ですよ。

部活仲間の関係性はわからないですが、自分だったら高年収でサラリーマンやっていた方が良いなあ(笑)。

中村中村
宮本宮本

松田には「稼げるのかもしれないけど、本当にその仕事は面白いのか?」とは尋ねましたね。為替のトレーダーってギャンブルみたいなものじゃないですか(笑)。今のところうちが順調なのは、我々のバックグラウンドが要因というわけではありません。ただ、他業種のスタンダードを介護に持ち込んだだけ。当たり前の経営をただ実直にやっているだけなんです。だから全然すごい会社じゃないし、普通です、普通。

2015年改正で如実に現れましたが、介護保険事業の法人はみんな苦しそうです。それまで勢いが良かった人たちは、会社を売却したりしてみんなおとなしくなっちゃった。僕の視界の範疇では、ほとんどが上手くいっているようには見えない。報酬減で苦しいのはわかりますが、どうして介護法人は経営が上手くいかないんですかね。

中村中村
宮本宮本

みんな本気で上を目指して仕事に取り組んでいないんじゃないですか?僕はたとえ前職に残ってサラリーマンを続けていても、社長まで昇りつめると思ってやっていましたよ(笑)。僕の場合は、実家が会社をやっていて、そもそも小さな頃からずっと経営者志向でした。ただ、あるときに親と喧嘩をして継げなくなった。元々中学校の頃から松田には、「会社を継いだら将来副社長としてうちに来い!」って話をしていたんですよね。松田はとにかく頭が良くて、勉強ではこれまで全科目において一度も勝ったことがないんですよ。

おそらく富裕層の子弟揃いの武蔵中学の雰囲気は、なんとなく想像できますが、中学時代に経営陣入りを打診して、それが現実になるってすごい話ですね。さすがに聞いたことがないです。

中村中村
宮本宮本

ケアリッツには、中学や高校の仲間以外にも、大学時代の友人とか、前職の同僚など、元々知っていたメンバーが30人くらい働いています。これは自慢できる点だと思うのですが、普通は創業して会社の規模が大きくなりだすと、元々の仲間からはポロポロ退職者が出てくるじゃないですか。うちの場合は今のところゼロなんですよ。まあ、僕の人望ですかね(笑)。

採用力を強化するには立派な本社があった方がアピールになります(宮本)

話は元に戻りますが、やっぱり創業10年程度の介護保険事業者が、LINEやマイナビ、セイコー、エプソンと肩を並べて、新宿ミライナタワーに本社を構えるというのはすごい。本社を立派にすることに、何か理由はあるのでしょうか。

中村中村
宮本宮本

やはり採用力強化の目的が大きいですね。この会社すごいな、立派だな、ちゃんとしているって思ってもらった方が採用につながる。それにIT事業もありますしね。新卒採用には力を入れているのですが、特に新卒向けには立派な本社があった方がアピールになります。採用が上手くいくことによってもたらされる利益を考えたら、オフィスへの投資は実はたいしたことではないんですよ。

この数年、介護は本当にイメージが悪い。介護業界に進むことに反対する親はたくさんいるだろうし、確かにミライナタワーの本社は説得材料になりますね。

中村中村
宮本宮本

うちは同業他社と比べても、圧倒的に優秀な人材を新卒で確保できていると思います。実際、早慶上智出身者も毎年います。ただ、彼らはどちらかというと介護そのものよりもマネジメントや経営に強い興味がある。介護の現場に出るのが嫌だという人はもちろんいませんが、「とにかく介護をやりたい!」という想いだけで入社してくるわけでもないのです。彼らはみんな事業所の管理者を志望しています。実際、管理者からエリアマネージャーなどへとキャリアアップしていくと、他業界の大手上場企業にも遜色ない給与で処遇しています。

先日、バブル世代で課長にすらなれない人が半分いるとニュースになっていましたね。介護保険事業にあまり未来があるとは思えませんが、宮本社長の話を聞いていると少し希望が見えてきます。

中村中村
宮本宮本

混合介護、地域包括ケアシステムなんて言われていますが、正直どちらもうちはあまり興味がありません。介護保険の1割ですら未払いの高齢者がうちにだっていますし、そんな中で自費の金額を10倍に設定するわけにもいきません。そうするとむしろ収入が下がってしまう。混合介護がチャンスとは思えませんね。地域包括ケアも、介護事業者へのインセンティブがなさすぎて善意に頼りきっている。経営面を考えると促進するメリットがないんです。また、介護業界に未来がないという話ですが、もしうちの会社がうまくいかない状況になるのなら、他の訪問介護事業所は全部潰れているでしょうね。それだけ他社に比べて徹底した合理化、適正化をしているという自負があります。

なるほど、説得力があります。宮本社長は介護業界ではあまり見かけないエネルギッシュなタイプで面白かったです。新宿地区の介護関係者同士ってことで、これからも仲良くしてください。

中村中村
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