「介護対談」第7回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦とジャーナリストの白河桃子氏の対談

白河白河桃子
慶應義塾大学を卒業後、住友商事、リーマンブラザーズなどを経てジャーナリストに。2008年、2009年度の流行語大賞にノミネートされた“婚活”の生みの親としても知られており、中央大学の山田昌弘教授との共著「「婚活」時代」 (ディスカヴァー携書)は19万部を突破するヒット作に。女性のライフプランやキャリア形成、女性活用、ワークライフバランスなどをテーマに多方面で活躍中。著書に「格付けしあう女たち」(ポプラ新書)「「産む」と「働く」の教科書」「格付けしあう女たち」(ポプラ新書)など。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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みんな普通に生活して、家庭生活や子育てができるように労働を根本から見直そうというのが「働き方改革」(白河)

中村 前編白河さんも民間議員として参加されている「一億総活躍国民会議」で、長時間労働の問題がかなり優先的にクローズアップされていることを伺いました。ブラック介護施設による介護職の長時間労働は深刻なので、朗報です。

中村中村
白河白河

白河 私の専門は少子化問題です。少子化や女性が活躍できず男性の家庭参加もすすまない要因は上限のない企業の長時間労働だと思っているので、一億総活躍国民介護で議論されている「働き方改革」には深く関わっています。長時間労働是正については、かなり強力に提言しました。長時間労働ができない人の介護離職もあります。

中村 ひとつ介護業界の例を挙げると、僕が知る中で最もひどい長時間労働は日勤→夜勤→日勤を日常業務としてさせているお泊りデイサービスでした。朝9時に出勤、終業が翌日18時ですよ。これでは結婚とか子育てどころか、生存することも危ういです。

中村中村
白河白河

白河 それはヒドイですね。長時間労働については子育ての女性ばかりがクローズアップされているけど、子育てだけじゃなくて国民全員に私生活があります。みんな普通に生活して、家庭生活や子育てができるように労働を根本から見直そうというのが働き方改革です。

中村 女性が働く多くの職場で、子供がいる人と、いない人の軋轢がすごいようですね。子供がいる人は早く帰る、その分の労働が独身の人に流れていくみたいな。雇用条件が同じとすれば、フェアじゃないので職場は荒れますね。

中村中村
白河白河

白河 時間制限があることで、フェアに競争ができなくなるとモチベーションも落ちるので、生産性も下がってきます。やはり、全体の労働時間を短くして、子育ての女性が早く帰るからと不利にならないようにするしかないわけです。

中村 高齢者が泊まる居宅型の施設は、高齢者が生活する場なので業務は永遠にフローしています。一部の悪質な介護施設は36協定を悪用して働かせ放題みたいなことをしているし、もっと厳しい規制なり、監視なりが入らないと永遠に仕事をするみたいな状態になったりします。

中村中村
白河白河

白河 ずっと残業というのは、よく聞きますね。労働時間の上限をきちんと決めれば、こなしきれない仕事が明確になって、もっと生産性を上げるとか、人を増やさなきゃとか、変わっていくはずなんですね。もう、子育て世代の女性だけ早く帰っていいとか、そういう時代ではないでしょう。社会全体で上限のない働き方をやめることが必要です。

中村 2000年代は介護も含めて労働集約型産業で「成長」「スイッチオン」などと煽って、長時間働かせるマネジメントが蔓延しました。首相官邸みたいな場所に、その弊害が伝わって変えるための議論がされていることは、本当に素晴らしいです。とりあえず、よかった。

中村中村
白河白河

白河 ヨーロッパでは6時間労働という考え方が出てきています。介護業界とか病院とかが6時間労働にしたことで、サービスの質が上昇してさらに生産性が高くなったという事例があります。6時間労働にしても生産性があがるので、お給料はそんなに変わらない。いろいろな意見がありますが、私は6時間労働くらいまでやった方がいいのかもしれないという意見ですね。

中村 悪質な介護施設は多いです。使い捨ての意識が浸透している。職員が労働基準局に駆け込んでもビクともしません。労働基準局の職員もあまりに介護職からの相談が多くて慣れちゃって、「また、介護?」みたいな。それで、結局なにも変わらない。相当厳しいことをしないと、変化しないですよ。

中村中村
白河白河

白河 今、取り締まりの強化をしようとしていますが、法律を変えて、しっかり規制するところまでいって欲しいですよね。取り締まりの強化は今すぐにでもできますが、逆に取り締まられないように、36協定の特別条項を60時間から、実態にあわせて80時間みたいな条項を結ばせる企業が増えています。やっぱり上限をちゃんと決めないと、取り締りをいくらしてもイタチゴッコになりますね。

中村 ぜひ、法律で上限を作ってもらって徹底規制をしてほしいです。もう、介護職の人たちが壊れていくのを見てられない。介護現場に関しての僕の現実的な理想は、労働基準法に添った4週160時間でみなし残業制度の廃止です。

中村中村

安全に守られている環境より「人生はいろんなことがある」って知ったほうがいいけど、難しいですね。(白河)

白河白河

白河 一億総活躍国民会議は、すべての閣僚がズラリと並ぶ会議です。そのほかで一億総活躍意見交換会というのがあって、意見交換会ではテーマによって、いろんな識者や事業者が来てプレゼンをしてくれるわけです。加藤勝信大臣と、民間議員、官僚がヒアリングするんですね。

中村 介護に関しては「現状のままではまずい」ということは大前提として共有されているわけですね。

中村中村
白河白河

白河 介護と保育は最初から大きなテーマになっています。介護はどんな拡大しても施設が足りないし、働く人も足りないし、待遇も悪い。今のままではダメというのは、様々な数字で警告されているので、それは全員がわかっています。それを具体的にどうしていこうかという話ですよね。

中村 これだけ問題が山積していると、どうしていいのやらという状態でしょうね。たぶんヒアリングしていると思うんですが、個人的な意見として介護施設と保育園を統合するみたいなのは、いくらなんでもありえないですよ。介護職の劣化はすごいです。高齢者だけではなく、子供を見るとか考えられないですね。

中村中村
白河白河

白河 介護と保育と一ヶ所でという話は、けっこうされています。保育園の隣に老人福祉施設があるとか。本当にいろんな方が来ました。調理場やトイレなどなど、共有することで経費削減になるようですね。

中村 誰がプレゼンしたのかわかりませんが、介護現場の劣化を隠蔽して世代間交流みたいな美辞麗句を話しているはずです。自分も子供がいますが、職場の人間関係がガタガタで不満まみれで、虐待が常態化している介護現場に子供がいるみたいなことは考えられない。

中村中村
白河白河

白河 私も友人の介護関係者に聞きましたが、現場としては子供がインフルエンザとか感染症になると、高齢者に必ずうつるじゃないですか。そんな簡単なことじゃないのよって。たまに来て、触れ合うとか、そのくらいが精一杯だって。

中村 介護ベンチャー企業とか、だいぶ前から保育参入に目の色変えていますよ。社会保障の規制緩和で一攫千金を狙っているだけ。そういう人たちは、たくさんいる。平気で嘘つくし、隠蔽するし、美辞麗句の建前だらけ。本音は稼ぎたいのと名誉欲にしか見えない。白河さんには、なんとか見抜いてほしい。

中村中村
白河白河

白河 世代間交流とか、「認知症がどういうことなのか、子供にわかる」みたいな、相乗効果をおっしゃっていますね。認知症高齢者が激増する社会の中で、子供が認知症を理解することは大切だと。それは、安全に守られている環境より「人生はいろんなことがあるよね」って知ったほうがいいには決まっているけど。うーん、いろいろ難しいですね。

介護業界には強い業界団体がない、ロビイングする主要人物がいないから弱い(中村)

中村 一億総活躍国民会議で議論されて、これって案件は官僚が実行してくれるのでしょうか。

中村中村
白河白河

白河 法改正とかまで含めて、おおもとになることを決めるわけです。そこで決まったことを、どう実現まで落とし込むのかは担当省庁の仕事です。会議でできた総活躍プランを根拠にして予算をとっていく。私もプランとか、政策にどう影響してくるのかって実感がなかったけど、そのような流れですね。

中村 介護に関することでも建物関係になると国交省、介護保険は厚生労働省、長時間労働になると厚労省の中でもまた別部門でって縦割りがあるでしょうから、なかなか実現しなさそうです。

中村中村
白河白河

白河 会議に関しては、官邸の意向が強いです。誰かが、強く官邸に訴えかけることを提言すれば、それが入る可能性はあります。保育士の処遇改善は、プランには入るでしょうが、実際にどこまで処遇改善が進むか…これだけ問題になっていますしね。

中村 やはり、業界にロビイングする人がたくさんいたからってことですよね。介護業界には強い業界団体がない、ロビイングする主要人物がいないから弱いと言われています。

中村中村
白河白河

白河 保育に関しては、ロビイングする人材がいたってこともあるけれど、「保育園落ちた、日本死ね」ブログ問題が本当に大きかったです。あのブログは国を動かしましたよ。あれに似たことも介護業界でもやればいいんじゃないですか。

中村 なるほどね。「人材不足で長時間働かされて、精神疾患になった。日本死ね」ですか。介護施設での殺人事件が起きたとき、介護職員がどういう状況かってもっと報じられれば、良かったかなぁ。

中村中村
白河白河

白河 それだけ、現場の職員たちは厳しい状況ってことですよね。

中村 現場の不満みたいなのは、そろそろ限界じゃないかな。国もお金がなさそうだし、介護より、保育が優先されるのは妥当だけど。でもこのままだと、ひどい介護をして、平均寿命を下げようとしているのかなとか、そういう勘ぐりもしてしまう。軽度サービスを切る、みたいな流れも決まったようですし。

中村中村

キーパーソンの方がロビイングをして、国に訴えていかないとならない。何度も何度も言っていかないと声は届きません(白河)

白河白河

白河 お聞きしたいのですが、今の介護施設って要介護の高い方がたくさんいることで、業界がまわっているところがあるんですか?

中村 リハビリとか福祉用具とか、デイサービスとか、軽度者向けのサービスは多種多様にあります。今まで要支援、要介護で7段階にわかれていたものが、要支援1,2、要介護1,2までを切るか、手薄くするかみたいな流れです。なので、これからは要介護の高い人だけで業界をまわそうってことかと。

中村中村
白河白河

白河 会議では健康寿命を延ばすという話はかなりされています。一億総活躍ですから、なるべく長く、定年過ぎても活躍する。なるべく働いてくださいという。定年延長も入っていますし。

中村 介護業界の良心的な人たちは、軽度を手厚くして健康寿命を延ばした方が長期的には節約になるという考えです。

中村中村
白河白河

白河 介護の初期の段階で喰い止めるということですね。プレゼンに来た特養老人ホームの方が、自立支援をしてご飯が食べられるようにしたり、排泄ができるようにしたり、介護度を軽くする方向をやっていると言っていました。ただ、軽くすることに、なんの経営的なメリットがないということを訴えていましたね。

中村 その通りです。今の介護保険制度は自立支援の成果をだすと収入が減り、いい加減にやってどんどん悪化させると儲かるという制度設計がされています。軽くすることにインセンティブがなにもないから、誰もやらないですよね。

中村中村
白河白河

白河 それは、おかしいと思いましたよ。普通に考えれば、軽くして、国のお金が節約できればインセンティブがあるはずなのに。そうしないと、誰もリハビリみたいなことはしないですよね。

中村 そういうことです。モチベーションを上げようがないし、有能な人材がいたとしても下を牽引できません。

中村中村
白河白河

白河 そういう状態ならば、キーパーソンの方がロビイングをして、国に訴えていって欲しい。私も、特養の方の話で、その制度の矛盾に気づきました。でも、現実をわかっていない方は多いですよ。もっと声を上げた方がいいですね。

中村 やっぱり、みんなが気づいていないことを、気づかせるってことは重要なんですね。

中村中村
白河白河

白河 さらに、誰かがその意見を補強して…ということを繰り返していく必要があります。何度も何度も言っていかないと声は届きませんね。介護業界の利益とか関係なく、そういう矛盾を正していくことは必要でしょう。

中村 介護業界にロビイングする人いるのかなぁ、微妙です。然るべき人は本当に立ち上がって欲しいです。白河さん、今日はありがとうございました。

中村中村
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