「介護対談」第1回(後編)辻川泰史氏 「今の時代は風林火山で言えば「山」。介護事業者にとっては我慢の時代」

辻川辻川泰史
1996年、日本福祉教育専門学校健康福祉学科に入学し、1998年同校卒業。卒業後、老人ホーム、在宅介護会社勤務を経て、2008年、株式会社エイチエルを設立し代表取締役に就任。テレビ朝日「朝まで生テレビ!」、NHK「おはよう日本」など精力的にメディア活動を続けるかたわら、「福祉の仕事を人生に活かす!」(中央法規出版)、「10年後を後悔しない20の言葉」(講談社)など著書も多数。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は大学生の貧困をテーマにした「女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル」(朝日新書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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介護事業所は地元土着で頑張るべき(辻川)

中村 フランチャイズ化などによって介護が本業ではない異業種参入の経営者と、人手不足で誰でも採用したことでケアの質の低下が起こってしまっていますね。

中村中村
辻川辻川

辻川 異業種参入経営者や失業して入職したみたいな介護職によって質が下がっている反面、現場には頑張る経営者や介護職はたくさんいるんですよ。多くの頑張っている介護職になにが足りないかというと、社会性みたいなのが足りなかったりする。利用者さんに対してすごく優しくても、スタッフとはいがみあっているみたいな。

中村 人間関係は常に離職理由のトップか上位だし、どこの事業所にもある問題ですね。

中村中村
辻川辻川

辻川 それぞれの職員には自分が介護を始めたストーリーがあるわけです。そこをしっかり高めてあげるマネジメントができていれば上手くいくんじゃないかと。事業所ごとに個々のストーリーを高めてあげる環境をつくるには、経営者が意識やマネジメントを変えるしかない。僕みたいな中小経営者が変わっていかないといけないですね。

中村 漠然と「社会貢献したい」「高齢者の役に立ちたい」みたいなことだと、すぐに心が折れちゃいますよね。地域のためとか、起業したいとか、稼ぎたいとか、ストーリーが多いほどモチベーションは上がるかな。

中村中村
辻川辻川

辻川 僕くらいの年代の中小経営者は、現場上がりも少なくないんです。だから、それぞれの中小経営者が地域ごとに有名になっていけばいいんですよ。全国展開のブランドの事業所は、介護業界には必要ないと感じます。地域によってニーズも違うし、文化も違うじゃないですか。経営者が地域に根ざすほど、職員の介護に対するストーリーも強固になるし、目的がよりはっきりしてくる。

中村 「○○市だった、若手の誰々さんが頑張っているよねとか」「○○町だったら誰々さんの事業所がいいよね」みたいな感じですね。

中村中村
辻川辻川

辻川 だからデイサービスは地域土着事業がいいんですよ。ローカルルールも存在しているわけですから。そこに全国展開の介護のカリスマとかいらないです。

中村 確かに介護事業に関しては全国展開して上場を狙うより、地域に密着して貢献しながら、給料をどうやって上げていくかみたいなことを考える方が、事業にマッチしますね。

中村中村
辻川辻川

辻川 僕は“介護3.0”って言葉を使っているんですけど、2000年介護保険施行が介護1.0とした場合、1.0では普及させていくわけです。コムスンとかアイリスケアセンターが主役となってバーッと増えて、コムスン問題までがその時期。2007年以降の介護2.0では、多角経営だけじゃなくて理念が大事ってなってきた。フランチャイズ業者とかベンチャー経営者がどんどん増えてきたのが介護2.0。2011年に震災が起こって、地元が大事だよね、地元密着で介護を通してなにかしたいよねっていうのが介護3.0でしょう。

中村 介護3.0は“地元でどうやっていきたいか”ですか。マイルドヤンキー的というか、地元で介護を通してなにをしたいのかってことでしょうか。確かに、介護2.0は終わり。今回の報酬減で国の姿勢が見えたし、トドメを刺された気がします。

中村中村

これからは介護と+αでできるようなものをやっていく必要がある(辻川)

中村 しかし、今回の強烈な報酬減はどうするんですか?デイサービスは職員の給料を上げようがないですよね。

中村中村
辻川辻川

辻川 僕は地元土着として、自費事業をやっていく必要があると思います。僕の場合はフィットネスジムを始めました。近く収益を見込める事業になります。

中村 介護予防事業へ繋げていくってことですね。しかし、介護事業所が介護と異なる別事業を展開するのは敷居が高いんじゃないですか?

中村中村
辻川辻川

辻川 デイサービスがここまで増えて報酬減と市場競争のダブルできたら、介護とコラボできそうな事業を進めていくことが大切ですよね。だから地域性が重要で。うちは都心部なので健康事業は可能性があるけど、山間部だったら、そんなことをやったところで人口がないから不可能。山間部だったら配食事業のニーズが高かったり、そういった介護と+αでできるようなものをやっていく必要があるでしょうね。

中村 報酬減と人手不足で息切れしている中で、介護とコラボできる事業を立ち上げられる経営者は、本当に限られる感じがしますけど。

中村中村
辻川辻川

辻川 介護事業は今から4~5年は我慢のときですよ。これから本格的に淘汰されていく。どんどん閉鎖しますから。倒産も増えてくるだろうし。そうなったとき、そこにいた人材が溢れてくる。そのときに良い人材を採用していければ、またチャンスが巡ってくるはずです。

中村 地域密着の介護職として頑張って、然るべきチャンスの時期に、小規模デイだったら地元の行政から認可がとれるようにみたいなことですね。

中村中村

今の時代は風林火山で言えば「山」。介護事業者にとっては我慢の時代(辻川)

辻川辻川

辻川 今は本当に我慢。風林火山で言えば山だと思っています。我慢の時代が始まったのは、やっぱり今回の報酬減。うちも小規模事業所が5つあったのを、一つは30人定員に統合しました。だから3事業所です。30人定員にすれば送迎車両も減るし、稼働するスタッフも減る。経費も家賃もおさえられるし。

中村 えー、そこまでしたんですか。3年に一度の改定で、普通はそんな大がかりな対策はできないですよね。

中村中村
辻川辻川

辻川 どうして、踏み切ったかというと。これから人材獲得がもっと厳しくなる。5事業所だったら5人の管理者が必要。事業をやっていけば寿退社とかでてくるから、コンパクトにしておいた方がいいですよ。とにかく今は我慢する時期だと思っているので、自分の目の届く範囲にコンパクトにした。拡大する時期じゃないです。

中村 今回の歴史的な報酬減は規制緩和のなれの果てというか、介護保険事業の脆さを感じましたね。人材獲得と育成で大きな結果を出している辻川さんでさえ、そのような対策しているとなると、小規模事業所はほぼ無理ってことですよ。

中村中村
辻川辻川

辻川 僕も規制緩和による市場競争は全然いいとは思っていないです。フランチャイズみたいに民家の活用もいいと思うけど、プライバシーが守られない環境とか、消防法も厳守してない、相談員も書面だけで認可しちゃうわけですから。いろいろ緩かったんじゃないかって思いますね。

中村 突然絞めつけるみたいなことをしても、ニーズがある事業が地下に潜っていくのは世の常ですよ。風俗店が絶対になくならないのと一緒。この前、経営が苦しくなった経営者から口頭レベルで新しい事業計画みたいなことを聞いたけど、“家族のみなさん、高齢者を捨てませんか?”みたいなことを言っていました。介護保険をもらわない無認可姥捨て山事業らしい。その事業は成り立つ可能性はあると思った。実現したら“捨てる”わけだから、高齢者はそういう扱いになってしまうし、地下に潜るわけだから行政の目が届きようがない。

中村中村
辻川辻川

辻川 立場的にはあまり言いたくないけど、介護2.0の時代で介護が荒れた。今の状態より、措置の時代の方が良かったですね。当時は入札だってちゃんと地元密着だったし。あの頃の介護職の先輩は尊敬できる人が多かった。個人個人が介護をやる明確な理由があったし、おむつ交換一つにしても上手でした。だからクオリティーが下がっているのは、淋しさを感じますね。昔は良かった…なんて言いたくないけど。

中村 今の状態は、「彼女が欲しいって人が、女だったら誰でもいい」ってのと一緒。まずはそこから抜けださないと。介護2.0に儲けたベンチャー経営者たちは、まだ現実見ないで美辞麗句を語るけど、そんな状態じゃない。今こそ現実を見つめて、一つ一つ改善していかないと。

中村中村
辻川辻川

辻川 政治家じゃないし、自分ひとりが社会とか介護を変えることはできない。変えたいって気持ちはあっても、社会を変える前に自分の会社、自分の地元を変える取り組みをするべきですよね。

中村 本当に厳しい我慢の時代を、これから辻川さんがどう切り抜けていくのか注目ですね。

中村中村
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