昼夜逆転
静かなる徘徊
ある日の昼食時に投薬介助を行っていると、ある利用者が見当たりませんでした。介護士に不在の理由を問い合わせると「覚醒不良で声を掛けても起きてこないんだよ。朝食もあまり食べてなかった。朝食後から居室で寝ていて、昼食誘導時に声を掛けたら返事があったが起きてこなかった。」と返答がありました。
異状があって覚醒不良なのか、ただ眠いだけなのか分かりません。その利用者の居室に行き、声を掛けるとすぐに返事がありました。バイタル測定をしましたが結果に異状なく痛みや気分不快の訴えもありません。「何だか眠いんだよね」とおっしゃいました。
異状は見られなかったので、昼食の時間であることを伝えて一緒に食堂に移動しました。自力歩行が可能な方で、歩き始めにややふらつきがありましたが、その後は安定した歩行で食堂まで移動されていました。
昼食は全量摂取されて、またしっかりとした足取りで居室に戻られました。
食事摂取時などの様子を見て普段と違う所はないか介護士に問うと、摂取時の変化はないが、最近は朝食の摂取量が減っているとのこと。介護記録を見ると、ムラはありますが以前に比べて摂取量が減っていて、中には摂取していない日もありました。しかし、昼食と夕食は全量摂取されています。
…食欲が朝だけない?何が原因?以前は朝食も全量摂取させていた方だったのに。
自分の事に置き換えて考えてみました。私は朝食をしっかり食べる派です。朝食を食べられないくらい眠い時といえば夜更かしした後で、その日は朝・昼兼用の食事をします。なので、この利用者は夜更かしをしていて、夜間不眠または夜間徘徊をしているのではないか?と思いました。
ただ、介護記録を見ても特にそのような記録はありませんでした。
その日、夜勤担当の介護士が出勤する時間帯にフロアへ行き、この利用者の夜間の状態を聞きました。
「巡視時、寝ていたり起きていたり」
「この間は、夜間トイレに行っているのを見た」
「夜中にテレビ見ていたから寝るように声をかけたよ」等々の情報が集まりました。
私は本日の夜勤介護士に、「最近、朝食摂取量が減っていて今朝は覚醒不良だったみたい。バイタルは問題なく特に疼痛や気分不快もないの。もしかすると夜間寝ていない事が原因かもしれないから、様子を明日教えてくれませんか?」と申し送りをしました。
「記録は?」と介護士から聞かれたため「記録もしてください。私も夜間の観察を依頼した理由を看護記録に記載しておきます。」と伝えて退勤しました。
翌日フロアへ行き、夜間の様子を聞きました。介護士から「巡視時、臥床していたが覚醒していた。トイレに行ったり、廊下をうろうろしている時もあった。」と申し送りがありました。
そして朝食時には寝ていたので、確実に夜間徘徊し昼夜逆転している様子。眠いだけの覚醒不良が原因でした。
介護士から「メンタルの医師に眠剤を処方してもらってくださいよ。」と言われましたが、私は、「記録を見ると毎朝覚醒不良というわけではないから1週間程の夜間の状況を観察し、評価をしてからメンタルの医師へ相談しましょう。」と伝えました。介護士は「1週間も?早く薬を出してくれればいいのに」と不満顔です。
「食事の摂取量は記録があるけど、夜間徘徊の状況は記録がない。医師も状況が分からないと処方判断が難しいと思うの。それに日中の状況も記録してください。日中に覚醒を促して、夜間眠れるようなら薬は飲まなくていいし。」と説明し経過をみるようにしました。
結果、ほぼ毎夜不眠・徘徊をしていて朝方に寝ていたため、朝食時に爆睡。そのため食事摂取ができていない状況が判明しました。日中覚醒を促してもレクリエーション中にうとうと。完璧な昼夜逆転です。静かに徘徊していたり、臥床していても覚醒していたため、巡視時に介護士が気付きにくかったのです。
メンタルヘルスの介入
利用者の状況を精神科医に報告すると、医師は睡眠導入剤を内服開始する判断をしました。
私はご家族に現状を伝え、医師、介護士・看護師でご家族との面談を計画し実施。精神科医より精神科の介入が必要であることを説明し、今後、認知症の薬や睡眠導入剤の変更の可能性や薬のリスク等を伝え、ご家族の同意を得てからの内服開始となりました。
睡眠導入剤の開始後1週間は夜間・日中の経過観察を行い、記録して精神科医へ報告しました。そのまま同じ薬を継続するか否かの指示をもらうためで、経過はご家族の面会時に現状をお伝えします。
私が働いている施設では精神科医による回診を毎月2回行っていました。回診には看護師が付き添いますが、日常生活の変化(特に夜間の状態について)は各フロアの主任介護士に状況確認をします。医師は、介護士・看護師の両方の意見を聴取し指示をするのです。
睡眠導入剤と睡眠薬の間に大きな違いはありません。睡眠導入剤という名称は睡眠薬のなかでも作用時間が短いタイプの薬剤の総称として便宜的に付けられたものです。
それぞれ作用時間(効果の持続時間)はさまざまで、症状の強さや特徴により使い分けられます。一方、(精神)安定剤は抗不安薬とも呼ばれ、不安症状の緩和を目的として用いられます。
睡眠薬にはベンゾジアゼピン系睡眠薬、非ベンゾジアゼピン系睡眠薬、メラトニン受容体作動薬などがあります。ベンゾジアゼピン系薬物は多種類あり、それぞれ不安や緊張を緩和する作用、眠気を催す作用(催眠作用)、筋肉をほぐす作用の強さが異なります。ベンゾジアゼピン系薬物の中でも催眠作用が強いものが睡眠薬として、催眠作用が比較的少なくて不安や緊張の緩和作用が強いものが抗不安薬として使用されています。なお、抗不安薬は就寝前の緊張をほぐして眠りやすくするために睡眠薬代わりに用いられることもあります。
日本睡眠学会「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」参照
振り返り
元々昼夜逆転
覚醒不良からの昼夜逆転の発覚。夜間に不穏があり不眠になってしまうケースとは違い、気付くのに時間を要してしまいました。
ご家族の話によると、今回の利用者は夜間の仕事を長年されていて、不規則な睡眠時間の生活をされている方でした。仕事を退職されてからは規則的な生活をされていたようですが、何かのきっかけで夜間に起きてしまい、少しずつ昼夜逆転へと移行していったのではないかと思います。
ご家族からは「いつかまた昼夜逆転になり、介護士さんにご迷惑をお掛けすることがでてくるかもは思っていました。必要に応じて薬を使ってください。」とコメントを頂きました。
介護士(夫)より
基本的に薬は飲まないに越したことはないと思っている。昼夜逆転は日中の働きかけで改善しなければ、睡眠導入剤は必要だと思う。
しかし、試験的に導入して睡眠時間が確保できるようなら内服の継続は必要なく、頓用等で対応していきたい。メンタルヘルスの介入時のご家族への連絡や説明は看護師が担当すべきだと思う。
まとめ
メンタルヘルスの介入は慎重に行います。今回ご家族には、精神科医師との面談で薬剤開始に同意して頂きましたが、なかなか同意して頂けない場合もあります。
なお、不穏が出現するのは夕方や夜間等が多い傾向にあります。ご家族の面会時は利用者が穏やかに対応しているため、自分の親の認知症が進行している現状を受け入れられないケースは多いです。
普段からご家族には利用者の現状を細かくお伝えすることが、何かあった時の治療がスムーズに進められることに気が付きました。
日常生活については介護士が、医療的介入に関しては看護師が、それぞれご家族に説明を行うことが大切だと思います。内容は介護士・看護師のお互いが情報共有していることも重要です。
今回は、覚醒不良の原因がはっきりせず、介護士と看護師が一緒に原因究明を取り組みました。逐一情報交換を行い、連携を取りながら業務を行ったことで、利用者の状態に気づけたのだと思います。

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