介護老人保健施設、5年前と比べ約46%の施設で収支が悪化
ベッド稼働率も4割の施設で3年前より落ちている
日本慢性期医療協会(以下、日慢協)は今年7月、会員である全国150の介護老人保健施設(以下、老健)を対象に調査を行ったところ、約46.1%の施設において、2013年時点よりも収支が悪化していることが明らかになりました。
また、2015年時点よりもベッドの稼働率が落ちている老健は全体の39.8%に上り、厳しい経営状態にある施設が多いことを浮き彫りにする調査結果となっています。

調査内容を詳しくみると、2013年時点よりも収支が悪化している老健は、「超強化型」では31.6%、「在宅強化型」では100%、「加算型」では48.1%、「基本型」では50.0%、「その他型」では0.0%、「介護療養型(転換型)」では50.0%です。
また、2015年時点よりもベッドの稼働率が落ちている老健は、「超強化型」が23.0%、「在宅強化型」が50.0%、「加算型」が50.0%、「基本型」が34.2%、「その他型」が60.0%、「介護療養型(転換型)」が50.0%となっています。
日慢協の会員が運営している老健は、リハビリスタッフの配置が手厚く、在宅復帰率が高いという特徴がありますが、それでも経営状況は思わしくないのが現状なのです。
悪化の原因は今年3月の診療報酬改定に
経営状況が悪化している老健が多かった原因は、今年実施された診療報酬改定により、病院の地域包括ケア病棟からの「在宅復帰先」として老健が外されたことにあります。
厚生労働省の調査(全国の老健1720施設を対象)によれば、老健利用者の入所前の居所は、全体の約4~6割が「医療施設」です。
在宅復帰先として老健が除外されてしまうと、こうした「病院(医療施設)から老健へ」という患者・入所者の流れがとまってしまい、各老健は思うように利用者を集められなくなってしまいます。
日慢協によれば、老健の現場からは「病院から入所者(退院患者)が来なくなり、その一方で現在の入所者の在宅復帰に力を入れねばならないので、ベッドの稼働率は低下し、経営が厳しくなっている」との声が上がっているとのこと。
日慢協の武久会長も、8月9日の定例記者会見の場で、「都市部や病院併設型の老健はまだしも、地方に立地している単独型の老健では非常に経営が厳しい」と指摘した上で、「制度的な手当てを考える必要がある」と指摘しています。
老健につきまとうジレンマとは
病院と在宅の中間施設としての役割だったが
老健はもともと、1986年に「病院と自宅の中間施設」として設置され、2000年度からは介護保険施設の1つとして位置づけられました。
いわば「もう病院に入院する必要はないものの、自宅での生活に戻るのには不安が残る」という高齢者のための介護施設と言えるでしょう。

入居後は医師による医学的な管理のもと、各種の看護・介護サービスを受けることができます。特にリハビリテーションの設備・人員体制が充実しており、集中して心身機能の改善に取り組めるのは老健の大きな特徴です。
なお、老健は利用者の在宅復帰を目的とする施設であるため、基本的に入居期間は短く、原則として3~6ヵ月ほどになります。
入居期間に制限のない生活施設である特別養護老人ホームとは、この点が大きく異なると言えるでしょう。
ただ実際のところ、「リハビリ目標が達成できていない」などの理由で、入居期間が長期化するケースも多く見られます。
老健の本来の目的である「在宅復帰」は近年その機能が強化されており、2012年の介護報酬改定では、在宅復帰に力を入れている施設を評価し、その基本報酬を高くする計算方式が導入されています。
さらに2017年の介護保険法改正(地域包括ケア強化法による改正)では、老健の役割が「在宅療養支援」であることが改めて明確化されました。
在宅復帰率の向上と新規入所者の獲得難で苦しむ
2012年の介護報酬改定では、「在宅復帰に力を入れている施設の基本報酬を高くする」ことを目的に、利用者の在宅復帰率などに応じて、基本報酬が高い「強化型」、基本報酬は変わらないものの加算を算定することができる「加算型」、基本報酬がそのままの「従来型」に報酬類型が区分されました。
そして今年(2018年)行われた介護報酬改定では、在宅復帰率に影響を与えるリハビリ提供機能なども評価するようになり、全部で「超強化型」「在宅強化型」「加算型」「基本型」「その他型」の5段階による評価軸へとさらに改変されています。
介護報酬が高い「超強化型」「在宅強化型」を目指そうとするなら、在宅復帰率を高めていく必要があるわけです。
在宅復帰を効率的に支援できる施設を高く評価する、という機能性重視の傾向が強まっていると言えますが、在宅復帰やリハビリへの取り組みが乏しい老健には痛手となる改正だと言えるでしょう。
ただし、介護報酬を多く得るために在宅復帰率を上げ、ベッドの回転率を上げていくということは、一定の入所者を獲得し続けられることが前提と言えます。
新たに入所する人を確保できないのに在宅復帰だけ促進すれば、ベッドに空きが生じ経営そのものが苦しくなるからです。
しかし先に触れたとおり、今年行われた診療報酬改定で、病院の地域包括ケア病棟からの在宅復帰先として老健が除外されました。現在、新規の入所者獲得が難しい状況になりつつあり、在宅復帰に力を入れている現場の老健からは悲鳴の声が上がっているのです。
老健は今後、ますます入所者確保が困難に?
新設された介護医療院が老健のあり方を変えた
老健における在宅復帰機能が強化された原因のひとつとして、2018年3月31日をもって医療療養病棟や介護療養病床が廃止され介護医療院が新設されたことも挙げられます。
介護医療院は、病院など医療機関に併設され、医療ケアを含む手厚いサービスを提供できる施設です。
主な特徴としては、生活の場としての機能を兼ね備えていること、重度の要介護者を受け入れることができること、そしてターミナルケアや看取りにも対応していること、などがあげられます。
今後は、看取りまで入居したい人や中~重度の要介護者の場合、老健や特別養護老人ホームでは医師・看護師の人材配置や設備、医療対応の点に限界があるため、介護医療院への入所を希望する人が増えていく見込みです。
特に、リハビリや在宅復帰に対する動機付けが低い従来型の老健だと、生活の場となっているという点で介護医療院と機能が重複しており、医療体制・看取りへの対応力が低い老健は入居者獲得に不利になるとも考えられます。
そのため、老健をリハビリや在宅復帰に力を入れる施設として改めて位置づけ、介護医療院との機能上の差別化を図る必要性が高まったのです。
「加算型」以上でなければ経営が厳しくなる
先に触れた通り、今年の介護報酬改定によって、2012年に規定された「強化型」「加算型」「従来型」の評価類型は、新たに「超強化型」「在宅強化型」「加算型」「基本型」「その他型」の5類型へと変更されました。
この変更にともない、例えばそれまで「従来型」だった施設が「基本型」になった場合は年間108万円の報酬アップになるなど、「その他型」以外は基本的に増収にはなります。
しかし、次回2021年の介護報酬改定では、各評価指標の要件が厳しくなるとの予測もあり、最低でも「加算型」を取得しなければ、老健の経営は厳しくなると考える専門家は多いです。
介護保険制度はこれまで、要介護者とその家族におけるニーズの多様化に対応した制度の設計・改定を重ね、それとともに新たなサービスが次々と創設されてきました。
ところが、新サービスが増えることでサービス内容が細分化し、各サービスの経営が難しくなりつつあるのが現状と言えます。
今後は施設や事業者の淘汰も進んでいくのかもしれません。

今回は老健の経営状況に関する問題を取り上げました。高齢化が進む中、病院と自宅の中間施設である老健の役割や位置づけをめぐって、今後さらに議論が高まりそうです。
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2020年9月7日 制定