安曇野市の「ドーナツ窒息死事件」は無罪!「人員配置」も介護事故の一因になり得る
安曇野市で起きた誤嚥事故が無罪判決に
准看護師の過失ではないと東京高裁は判断
8月11日、東京高検は、2013年12月に長野県安曇野市の特養老人ホームで発生した誤嚥事故について、東京高裁が准看護師の女性を逆転無罪とした判決に対する上告を断念したことを発表しました。
この事故は、准看護師が入居者の女性におやつのドーナツを提供した後、女性が一時心肺停止となり、低酸素脳症で約1ヵ月後に死亡したというものです。
事件後、ホーム側と遺族間では示談が成立しましたが、検察は准看護師を在宅起訴していました。
長野地裁松本支部で下された一審判決では、事故が起こる6日前に、ホームが被害女性のおやつをゼリー状のものに変えていたことから、この確認を怠り、ドーナツを提供した准看護師の過失を認定。罰金20万円という有罪判決を下しました。
しかしその後の東京高裁での判決は、被害女性がドーナツを食べて窒息する可能性が低かったとして、過失を認めた一審判決から逆転無罪を言い渡すこととなったのです。
東京高検は、この判決を受けて、適法な上告理由がないとして上告を断念。准看護師の無罪が確定しています。
一審判決の際には、医療・介護業界から、現場が萎縮することを懸念する指摘が多くなされ、無罪判決を求める声が上がっていました。今回の判決は、こうした世論を汲み取った結果といえます。
無罪を求める署名は約73万筆も集まっていた
介護の現場では、食事を提供する際の誤嚥トラブルは珍しいことではありません。この裁判で准看護師の過失が有罪となった場合、介護施設側はこうした不慮の事故への対策をさらに強化する必要に迫られます。
これが介護現場を萎縮させる可能性があるとして、准看護師の無罪を求める署名が約73万筆も集まり、裁判所に提出されていました。
事実、しんぶん赤旗が報じたところによると、この裁判の影響で、それまで入居者に固形のおやつを与えていた施設でも、より誤嚥リスクの少ないゼリー状のものに変更した事例が多く見受けられたそうです。
逆転無罪とした東京高裁の判決では、介護施設における食事について「間食を含めて食事は、人の健康や身体活動を維持するためだけでなく、精神的な満足感や安らぎを得るために有用かつ重要である」と言及。
食事や運動など、不慮の事故のリスクを承知しつつも、利用者の生活の質に直結する行為について重要であることを明示し、世論に沿った判決を出したのです。
高齢者施設での事故は年々増加している
2018年度には北海道だけで1,000件近くの事故が発生
北海道が発表した資料によると、2018年度に道内の介護施設で起こった事故は9,928件。そのうち最多となるのは誤薬の3,606件で、全体の36.3%を占めています。
次いで多いのは骨折の3,031件で30.5%、さらに打撲の1,948件、誤嚥の607件が続き、それぞれ全体の19.6%、6.1%となっています。
このうち死亡事故は100件。誤嚥が最多の41件となり、全体の36.9%を占めています。このことから、誤嚥は重大な結果をもたらしやすい事故だといえます。
事故の年次推移をみると、2014年の7,171件から、2015年には7,698件、2016年には8,302件、2017年には9,452件と年々その数が増えている状況です。
厚労省によって2017年度に初めて実施された全国調査では、特養と老健で1年間に事故で死亡した入所者が最低でも1,547人いたと明らかにされています。
介護施設での事故の原因のひとつが配置人数?
介護事故が多発する原因には、介護施設の人員体制に問題があるという声もあります。
白梅学園短期大学が介護施設に対して行ったアンケート調査で、「事故予防に関しての問題点」について「配置人数」という回答が35%で最多。次いで「身体拘束」(17%)、「資金不足」(15%)となっています。
現在、国の定めた人員基準では、入所者3人に対して1人の介護職員がつきます。介護報酬もその基準を参照して定められているため、これ以上増やすことは経営を圧迫してしまうこととなってしまうのです。
しかし、上記のアンケートの通り、現行の体制で人員不足を感じる介護職員は多く、入居者への万全なサポートが難しい状況にあります。
また、資金の問題を抜きにしても、介護業界自体が慢性的な人手不足に悩んでいるという問題もあります。
経済産業省が2018年に発表した資料によると、2035年には介護職員の需要が307万人になるにもかかわらず、このままのペースで人材供給がなされた場合、実際の職員数は228万人程度に留まるとされています。
79万人の介護職員が不足する事態になれば、介護事故は今後さらに増えてしまう可能性も十分に考えられます。
事故が起きない体制づくりにも着目を
介護施設での「事故」の認識を再検討すべき
こうした現状の中、8月27日に行われた厚生労働省の社会保障審議会介護給付分科会の会合の中では、これらの介護事故の扱い方について議論が行われました。
全国老人保健施設協会の東会長は、身体拘束を行わなかった結果、転倒などの事故が発生し、それが訴訟問題に発展していると指摘。さらに、その訴訟の中では、施設側が敗訴するケースが多いことに懸念を示しました。
同時に東会長は、「例えば、認知症で危険の意識がつかず、歩行能力も衰えている方などが転倒されるということは、事故ではなく老年症候群の1つの症状ではないかと思う」としたうえで、転倒や転落、誤嚥について、本当に事故とするべきなのかも検討するよう要求したのです。
また、冒頭で述べた長野県安曇野市の誤嚥事故に対する逆転無罪判決について、画期的であると評価しました。
一方で東会長は、介護現場において、こうした事故に関するリスクマネジメントを担える人材の養成を行うなどにより安全管理体制の強化を図る必要性にも示唆。
事故を起こさない姿勢も必要としつつも、これらの事故に対する認識について一石を投じることとなったのです。
人員配置の変更には慎重な検討が必要
人手不足への対応や事故のリスクを減少させる方法のひとつとして注目されているのが、ロボットやセンサーなどのICT機器の活用です。
8月3日に行われた社会保障審議介護給付費分科会のヒアリングでは、以前から政府が打ち出しているICT機器の活用と、それに伴って事業所の人員配置の基準を緩和するという対応策について、議論を進めて欲しいという要求が介護事業者サイドの有識者から多数挙がることとなりました。
人材の確保がより困難になっていく中で、ICT機器の活用を行い、サービスの質を保ちながらも、人員配置基準や、資格要件を大幅に見直すことが必要だというのがその主張です。
しかし、こうした対応策について、同時に既存の職員への負担がさらに上がるのではないかという声や、サービスの質が本当に下がらないのか、という声も根強く存在しています。
政府はこの方針について、年内に打ち出すとしていますが、この部分のバランスを取った施策を打ち出すことが求められているのが現状です。
いずれにせよ、人手不足により職員が疲弊しやすくなっている現在の介護業界では、事故のリスクを減らすことは難しい状況となっています。
人材確保やICT機器活用をはじめとした多方面からのアプローチにより、労働環境の改善が急がれていることは確かでしょう。
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2020年9月7日 制定