介護福祉士の国家試験義務化が先送りに!社会的地位維持への課題とは
養成校卒業者に対する国家試験の義務化、さらに5年間見送りへ
外国人留学生の増加と人材確保のために延長を決定
7月15日、厚生労働省は社会保障審議会福祉部会を開催しました。
主な内容は、先の国会で議題にあがった、外国人が介護福祉士資格を取得するルートの1つである「養成校ルート」における介護福祉士資格の取得方法の見直しと、その経過措置について5年間の延長が正式決定したことについてです。
養成校における外国人留学生は増加の一途をたどっており、昨年度では入学者の3割を占めるほどになっています。
しかし、こうした外国人留学生の国家試験における合格率は、昨年の1月に実施されたものでは27.4%と、全体の合格率73.7%に比べてもかなり低い数字に留まっているのが現状です。
もともと厚生労働省は介護福祉士の質を高め、資格の価値や社会的評価を上げるため、2022年度から養成校を卒業した人に、国家試験の受験を義務化することを発表していました。
しかし、外国人留学生の増加を受け、人材確保のためにこの期限を2027年まで延長することを決定したのです。
これにより、外国人留学生の受け入れはさらに加速すると見られていますが、有識者からは介護福祉士の社会的地位の向上を妨げてしまうため、「2022年度に義務化するべきだった」という批判もあがっています。
卒業後5年間は介護福祉士と同じ立場になる
現在、介護福祉士の資格を取得するには、4つのルートがあります。
介護現場において3年以上の実務経験を積んだ上で、介護職員実務者研修を修了することで、介護福祉士国家試験の受験資格を得られる「実務経験ルート」。
日本と経済連携協定を結んだ国から受け入れを行った候補生が、同じように3年の実務経験や研修を行うことで国家試験の受験資格を得る「EPAルート」。
福祉系高等学校や特例高等学校を卒業することで資格取得を目指す「福祉系高等学校ルート」。
そして、今回焦点となった「養成校ルート」です。
「養成校ルート」は、大学や専門学校などの養成校に通うことで資格取得を目指すものです。
2016年度以前のこのルートでは、養成校を卒業すると同時に介護福祉士の資格を手に入れることができましたが、現在は国家試験を受けることが必須となる予定でした。
2022年度から実施するスケジュールで、5年間の経過措置が設けられていたわけです。
制度改正の経過措置として現在の養成校ルートでは、卒業後5年は介護福祉士とみなされます。この期間に国家試験に合格するか、「勤続1,825日以上かつ従業日数900日以上」の実務経験を積むことで、正式に介護福祉士の資格を取得することが可能となるのです。
今回5年間の延長が決まったのは、この経過措置のこと。当初は2021年度の卒業生までとされていたものが、2026年度卒業生までが対象になります。
外国人介護福祉士増加の足かせになるのが原因
介護福祉士の合格率・受験者数が減少傾向に
政府がこうした決定を行った背景には、介護業界が慢性的な人手不足に苦しんでいる現状があります。
2019年度の介護福祉士国家試験では、受験者数8万4,032人のうち、5万8,745人が合格を果たしました。
この介護福祉士の国家試験は、2016年度以降、先に紹介した実務経験ルートでの受験を目指す際の要件が改正され、介護職員実務者研修の修了が必須となったことから、受験者が激減した過去があります。
2015年には15万2,573人が受験していたものの、改正後の2016年には7万6,323人と半数以下となったのです。
その分、合格者率は2016年度から2018年度まで70%を超える高い水準を誇っていましたが、昨年度は70%を切ったほか、受験者数と合格者数が、過去2番目に少なくなるなど、人材確保に難点を抱えている状況です。
厚生労働省はいわゆる団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となる「2025年問題」に直面する2018年には、介護人材が34万人不足するとの試算を発表しています。
この不足分を外国人人材で補いたいという意向を示しているわけですが、国家試験の義務化を行い資格取得のハードルが高くなると、外国人留学生が日本に定着することが困難になってしまうと示唆されています。そのため、経過措置が延長されたのです。
特定技能制度についても資格取得の条件を緩和
また、政府が資格取得のハードルを下げているのは、養成校ルートを辿る外国人留学生に限った話ではありません。2019年4月から外国人の新しい在留資格として創設された「特定技能」についても、緩和を行っています。
この特定技能は、介護業界や飲食業界など、人手不足が深刻な業界に対して、即戦力として技能を持った外国人人材を受け入れるために創設されたもので、在留期間が限定的な1号と、更新を行うことで日本に永住できる2号の2つの資格があります。
政府は、この特定技能について、初年度に4万7,550人、5年間で34万5,150人の受け入れを行うと目標を設定。
人手不足解消を標榜していましたが、2020年の4月末までで実際に受け入れた人数は4,496人と、目標の1割未満となっているのが現状です。
日本の賃金の伸び率などが先進国の中でも最低水準であるため魅力に乏しいことや、技能実習生に対して劣悪な労働環境を強いている問題が表面化したことが原因とされています。
政府はこの状況に対し、特定技能を創設した当初は「国内に中長期の滞在経験があること」とした受験資格の要件を、「試験を目的とした短期滞在でも容認する」方向に緩和。外国人人材の労働力を国が欲しがっているということでしょう。
日本介護福祉士会は国家試験義務化の引き延ばしに反対
介護福祉士の質が下がってしまうことを危険視
しかし冒頭でも紹介した通り、こうした外国人受け入れを目的とした各種条件の緩和について、反対の声は根強いのが現状です。
今年の1月には日本介護福祉士会が政府に対し、人手不足の解消について外国人人材を活用することには理解を示しつつも、反対の意向を表明しました。理由としては、「経過措置による延長が介護福祉士の資質を高めることのハードルになる」とされています。
ここでいう「介護福祉士の資質」とは、「介護福祉士資格を持つにふさわしい知識の持ち主かどうか」ということです。
もし、介護福祉士資格を持つにふさわしくない者が資格を取得した場合、介護現場の環境は悪くなる可能性があります。
そのひとつが、介護士による施設利用者への虐待です。
厚生労働省が発表している資料では、要介護施設従事者などによる高齢者虐待が、2018年度に相談・通報で2,187件、虐待と判断されたのが621件となっていることが発覚。
この数字は、2006年度と比較すると相談・通報では9.2倍、虐待判断では11.5倍にまで増加しています。
同資料の中では、こうした虐待が起きた理由について「教育・知識・介護技術等に関する問題」が58.0%で最多となっているものの、次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」が24.6%、「倫理観や理念の欠如」「人員不足や人員配置の問題及び関連する多忙さ」が10.7%となっていました。
後者3つは労働環境や個人の資質によるもので、これらへの対処ももちろん必要でしょう。
本来は「介護福祉士の資質がないのに資格を取得した者」が介護現場に投入されることで、環境が荒んでしまう可能性は十分に考えられます。
日本介護福祉士会をはじめとした有識者が経過措置の延長に懸念を示すのは、こうした問題の解決から遠ざかってしまうということがあるからではないでしょうか。
待遇の改善が人手不足の解決につながる?
介護業界の人手不足が深刻であることは明白で、経過措置の延長や各種の条件緩和を行ってでも人材を確保したいと政府が考えるのは理解できます。
とはいえ、介護福祉士資格を持つにふさわしくない人材に、介護業界の中核となる介護福祉士の資格を与えてしまえば、先に述べた問題が多く発生してしまう可能性はあるわけです。
結果として介護福祉士の社会的な地位を下げてしまう恐れがあります。
介護福祉士をはじめとした介護職の待遇を改善して人材を募り、資質のある人が「ハードル(資格試験)を越えてでも就職したい」と思わせる魅力的な資格・職にすること。
これこそが、長期的に見た介護業界の人手不足解消に必須であると言えるでしょう。
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2020年9月7日 制定