「介護対談」第28回(後編)濱田さん「障がい者の特性に合わせ、農作業をプロデュースする」

「介護対談」第28回(後編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと濱田健司さんの対談濱田健司
東京農業大学大学院を修了した後、慶應大学大学院の特別研究教授などを歴任。現在は、全国農福連携推進協議会会長、JA共済総合研究所主任研究員など多方面で活躍している。また、「農」のある暮らしづくりアドバイザーとしての活動にも注力しており、「農の福祉力で地域が輝く~農福+α連携の新展開~」(創森社)「農福連携の「里マチ」づくり」(鹿島出版会)といった著書で“農福連携”を広める活動を行っている。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った最新刊「貧困とセックス」(イースト新書)は、鈴木大介氏との共著。

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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障がい者の特性に合わせ、農作業をプロデュースする

中村 860万人という障がい者人口には驚きました。すでに社会保障の様々な制度は、財政的に行き詰まっている。農福連携が大きな流れとなったひとつの理由として、障害者自立支援法で1割自己負担になったことが挙げられていました。これから障がい者は自分の生活費は自分で稼ごうってことですね。

中村中村
濱田濱田

濱田 今までは、多くの方が外との接点が少なく施設や家の中にいました。だから、国民の多くは人口の約1割が障がい者なんて思ってもいません。10人に1人という現実を知らないのは、それだけ疎外される環境にあったということです。仮に農業をすれば外、つまり地域にでていく。そうすれば障害を持つ人たちはこんなことができるんだと、国民は理解するようになります。それに障がい者にとっても地域の人との交流の機会になります。

中村 障がい者も高齢者も個人によってできる農作業は違うのでしょうか。

中村中村
濱田濱田

濱田 そうです。障がい者には、繰り返しの作業が得意とか、肉体労働が苦手ですが管理業務はできるとか、寸分違わずカットしたり配置するのが得意とか、いろいろな人がいます。一方で、農作物は様々な種類がある。野菜の栽培にしても地域によって方法が違い、作業は多種多様です。ですから、そこを上手にプロデュースする。仕事の仕方、進め方、方法を考えて、いろいろな特性を持つ方々が働ける環境を作ることが重要となるわけです。例えば、農作業を1から10位まで解体して、組み立てなおして、作業をそれぞれの能力によって分担してみるといいかと思います。

中村 そのプロデュースする中核になる人物は障がい者、または高齢者に詳しく、農作業のこともわかっていないとできない。かなり難しい仕事に感じます。いったい誰が担うのでしょうか。

中村中村
濱田濱田

濱田 まずは施設のスタッフですね。一人一人の障害特性を知っている。また施設のスタッフが農家から農業技術を教わるときの核になる。彼らが農業技術を理解すれば、障害特性を知っているので仕事の割り振りができます。それと、農協系の介護保険施設は実は畑を持っているところが多いのですが、こうした施設で要介護高齢者が農作業をしている例が結構あります。

中村 要介護高齢者の農作業はあまり思いつかなかったです。

中村中村

高齢者と障害者が支え合う仕組み作り

濱田濱田

濱田 また農作業の延長には調理も入って来ます。農山村に暮らす高齢者の多くは農作業や調理を何十年もやっているから当然だと思いますが、農作業や果物・野菜の皮を剥くとか料理の下ごしらえはスタッフや私より上手です。ですから、自給自足的な農作業や調理であれば、高齢者にできることはたくさんあります

中村 へー、それはそうですね。農作業に限らず、あらゆる仕事でも障がい者目線で組み立てなおせば、それまで健常者の誰も思いつかなかった効率的な方法は見つかるのですね。新しい発想が生まれるわけですね。

中村中村
濱田濱田

濱田 それに障がい者や高齢者の目線で作業を組み立てなおすことで、仕事の効率があがることがあります。わかりやすくなる。今までパートの方々が手作業でしていたことを、こうすれば簡単にできると工夫することによって、もっと楽に作業ができるようになります。障がい者や高齢者の仕事をプロデュースすることは、実は健常者にとっても大きなメリットがあるわけです。

中村 介護職もアスペルガー気質の職員は多いけど、介護より事務に特化する人事で圧倒的に効率上がりそうです。

中村中村
濱田濱田

濱田 それに多様な人が集まることで、さまざまなことがプラスに転じることもあります。例えば、ある介護保険施設でダウン症の女性が働いていました。掃除したりお茶出ししたり、補助的な作業を任されていた。その方はお茶出しがあまり上手ではなく、それを認知症の高齢者が手伝ってくれる。これは高齢者にとっては、機能訓練ですよね。しかもここには障がい者に対する配慮(高齢者にとっては自己有用感)がありますね。

これは厚労省が目指している一つの形といえるでしょう。サービスを受ける高齢者が、農作業をしたり、障がい者と共生することで自分の役割を見つけられるのです。様々な場面がある農作業ならば、なおさらそういう場面がありますね。

中村 ただプロデュースする中心人物が施設スタッフとのことでしたが、現在の高齢者施設ではそのようなプロデュースができる人材は限られてくる印象です。

中村中村
濱田濱田

濱田 経営者は施設長クラス・責任者に権限を与えることが重要となります。組織にはトップがいてミドルがいます。ミドルが仕事の割り当てとか人材育成とかを担います。上にいくほど、こうした役割が減り経営に従事していくことなります。だからまずミドル層がスタッフをプロデュースすることになります。その上で、スタッフが農作業にかかる活動をできるように上が認めてあげることが必要となります。そしてスタッフが障がい者や高齢者をプロデュースします。

中村 しかし、特に民間の介護施設はビジネスライク。なにもしないほうが金銭的に得という場面で、人材コストはかけない経営者は多いでしょうね。

中村中村
濱田濱田

濱田 それは「なんのために介護をやっているか」ということですね。一部の上層部が自分の生活や富を求めて取り組むケースは、確かにあります。例えば高級車に乗る経営者とか。スタッフが低賃金なのに、それはどうなのでしょうか。都内ある介護保険施設で働く正職員の30代スタッフに「手取りは月いくら?」と訊いたら、15万円位ということでした。現場のスタッフは一生懸命に頑張っていますが、それでは辞めてしまうのも仕方がないと思います。

現場と上層部のギャップが介護を息苦しくする

中村 そういう著しい非対称性があるので離職率は高いし、人間関係が荒れるわけです。高齢者のために前向きな介護職がセーブかけられたり、やりたいことができない。利益重視の経営者の方針に納得がいかなくて辞める職員は多い。そんな施設が圧倒的に多いのが現状でしょう。

中村中村
濱田濱田

濱田 なんのために経営者は介護サービスを提供するのか、初心に戻り、しっかりと考え、事業に取り組んで欲しいものです。介護保険制度はいろいろな主体が入ることによって、より効率的になる、多様なサービスが展開できて利用者が選択できる形にしていくということが目的の一つでした。また家族が大きな負担を抱え担ってきた介護を、社会的なサービスに移行するということでもありました。そうした制度にしているのですから、スタッフにも過大な負担や無理を強いてはいけないと思います。ところが事業者は、そういう基本を十分理解していないのかも知れません。

中村 現場で働く介護職は日々高齢者のために一生懸命だから、利益重視の経営者の方針にスポイルされて、ドツボにハマっていくわけですね。濱田さんが思われているより、介護現場は壊れていますよ。

中村中村
濱田濱田

濱田 僕は研究でスウェーデンに視察に行きましたが、スウェーデンの税率は約50%。実は、日本は税率が安いのかも知れないと思いました。スウェーデンは教育費、医療、介護、就労支援などは、全部無償です。あるとき野党が税率を下げたいと言ったとき、国民は税率の高い政策をすすめてきた与党を選んだそうです。

中村 へー。国民が税率の高い国のサービスに満足しているわけですね。

中村中村
濱田濱田

濱田 日本の今の介護とか医療の現実は、数字を弾けばわかるのではないでしょうか。圧倒的に財政収入が足りない状況の中で頑張ろうとするから、保険制度にしたり、利用者負担を増やさなければならないのでしょう。今後、団塊の世代の高齢化、少子化がすすめば、一層財政はひっ迫し、限界に近づいていきます。では、スウェーデンの国民がなぜ税金を納めるのかというと。スウェーデンの国民は税金を自分の貯金だと思っているからだと思います。もしものときに、自分たちを助けてくれる「バンク」だと。日本と比較すると、政府に対する信頼度がまったく違うわけですね。

中村 日本人は自分たちが払った税金が、自分たちのために使われるという感覚は薄い。理不尽に取られるものだと思っています。

中村中村
濱田濱田

濱田 仮に、日本政府が医療、介護、教育についてすべて保障しますと言って、全員の税率を50%に上げるとします。納税額についてみると、年収1億円の方であれば5000万円、100万円の方は50万円ですね。それでほぼ同じサービスが受けることができます。誰が一番金を払っているかってことですね。また、そうすれば国民は安心して消費することができますね。

中村 富の再分配は成立していますね。高い税率は再分配が成立しているのに野党は貧乏人を苦しめるなと怒り、与党は企業を優遇する、全部逆になっているってことか。

中村中村
濱田濱田

濱田 そういう側面もあるかと思います。毎年いろいろな方が日本から海外視察に行かれていますが、そうしたところを学びきれていないように思います。人間は自分の価値観でしか物事を判断できない。そして自分が正しいと思った瞬間、それ以外の考えを排除してしまいます。ですから、視察や調査に行っても、スウェーデンは特殊な国、スウェーデンにも実はたくさんの問題があるということで、根本を見ていない、理解しきれていないのかも知れません。

誰もが役割を持ち、共生する世の中に

中村 医療も介護も教育も全部無料の福祉大国にしますと言っても、貧乏人も金持ちもみんなが反対するでしょう。これからの介護2025年問題は乗り越えられそうにないし、何年か先に地獄のような大変な状況になって。痛い目にあって、ようやくそういう幸せそうな福祉大国の国のあり方に耳を貸すのかもしれません。

中村中村
濱田濱田

濱田 日本は明治維新を成し遂げた国だから、僕はできると思っています。ですが、スウェーデンも30年、40年という時間の中で政党同士が議論して、国民と対話しながら一つ、一つ作りあげてきたのです。時間がかかっているわけです。

中村 日本は新自由主義とか海外のよくない流れを積極的に輸入している。国が高齢者を手放した介護保険制度もその一つですよね。介護業界も最前線で牽引する今の日本に貧困の深刻さをみていると、個人的には福祉大国は大賛成です。でも日本は苦しい人にも自己責任と責める人ばかりだし、福祉が充実するのは、まだまだ難しいですよね。

中村中村
濱田濱田

濱田 介護の世界では富山型の施設とか注目されていますよね。地域の中に子供がいて、高齢者いて、障がい者がいて、現役世代がいて。やれることを分担してやる。それはかつて、日本では一般的なことでした。厚労省は、最近、介護保険、障がい者の制度、医療、教育、そういったものを全部組み合わせることを「共生型」や「我が事丸ごと」と言って、昔の日本に原点回帰することを狙っていると思います。僕はここで、いろいろなものを繋げる、連携させることができるのが、実は農福連携だと思っています。農福連携は、地域の中で分断された人々や団体をもう一度今日的に繋げていく、きっかけや役割を持っていると思います。農福連携によって地域課題の解決や地方創生、さらには多様な主体が地域で役割を持ち、共に働き、共に生きる社会システムを再構築する。そんなことになればいいと思っています。そのためにも国民運動としての全国農福連携推進協議会の設立、行政との連携、そして現場への支援、現場との共働が重要となります。厚労省だけでなく、農水省、さらには内閣府などにも農福連携の全国展開を図る動きが出てきています。

中村 国が大きな期待を寄せる農福連携の詳細を教えていただいて、ありがとうございました。超高齢社会で崩壊も想定内の中で、なんとかいい方向の転換の起爆剤になることを願っています。

中村中村
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