和田和田行男
介護福祉士。1987年に国鉄(現JR)を退職し、介護福祉の世界へ。特別養護老人ホームなどで介護職を経験した後、1997年、東京都に初めて設立されたグループホーム「こもれび」の施設長に就任。現在は、総合介護サービスを展開する(株)大起エンゼルヘルプの取締役を務める他、講演活動なども精力的に行っている。著書に「大逆転の痴呆ケア(中央法規出版)」「だいじょうぶ認知症 家族が笑顔で介護するための基礎知識 (朝日新書)」など。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は大学生の貧困をテーマにした「女子大生風俗嬢 若者貧困大国・日本のリアル」(朝日新書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

更新

僕は昔、「虐待のカリスマ」と呼ばれてた。今は「自立支援のカリスマ」。時代は変わったよね(笑)(和田)

中村 和田さんといえば、東京で初めてのグループホームを運営されたことで有名ですね。2012年にはNHK『プロフェッショナル~仕事の流儀』で、介護福祉士としての日常や活動が紹介されました。

中村中村
和田和田

和田 介護保険施行の前年に東京で初めてグループホームを起ち上げて、いろんな人たちが来ましたね。たくさんメディアの人も来てくれて、今までの介護とは違うってことで、面白おかしく取り上げてもらいましたよ。当時、グループホームは全国に200くらいしかなかったけど、それが今は1万3,000ですから。

中村 それまで認知症高齢者の介護は、特養か精神科の病院、それと在宅だった。グループホームで個室でのケアや介護保険が始まって、様々なところで認知症についての議論がされるようになりました。そんな中、和田さんは一貫して人権にこだわっている印象です。ただ、私自身も認知症高齢者の介護を数年間経験しましたが、拘束や施錠の問題には答えがなくて頭を抱えました。今でも何が正しいのか、よくわからないというのが本当のところです。

中村中村
和田和田

和田 認知症高齢者はたくさんの力を持っているけど、その力を使えるように支援して、当たり前の暮らしをしてもらうって、単純なことですよ。グループホームを始めた最初の頃は、認知症の方への支援そのものが虐待だって、だいぶ叩かれました。そうした苦言を呈してきたのは介護の同業者。「高齢者にご飯を作らせるなんてヒドイ」「掃除させるなんてとんでもない」みたいな。鍵もかけずに危なくないのか、とかね。

中村 へー、そうだったんですか。僕も介護にかかわったときに驚きましたが、同業者の足の引っ張り合いはすごいですよね。ともあれ、2000年前後は認知症高齢者のケアに関して、今とはまるで反対の論調だったのは知りませんでした。

中村中村
和田和田

和田 いやいや、反対になっているわけではないです。社会的に言えば僕なんかはまだまだ非主流派で、「それも考え方の一つだね」くらいのもの。国が定めた介護保険法の理念があって、“有する能力に応じて自立した生活を営むことができるように”って書いてある。僕はその実践者だけど、世間の方が遅れて“自立支援”みたいな言葉に置き換えて広まっただけ。僕は、ちょっと前まで「虐待のカリスマ」、今は「自立支援のカリスマ」なんだから(笑)。何も変わっていないのに、世間が変わっちゃった。

中村 ただ、人権に深くとらわれると、日常の介護の中でどうしても解決しない問題が出てきますよね。認知症高齢者の介護は24時間だからブラック労働になったり、事故が起こったり。たまに訪問介護事業所や居宅介護支援事業所が施錠をしたとかで、見せしめ的に虐待報道されることがありますけど、そういうときは事業者側に同情します。

中村中村
和田和田

和田 まず、鍵をかけて閉じ込める社会のあり方ってどういうこと?という視点が大事。基本的人権というのは、認知症とかは関係ない。他人に鍵をかけられて閉じ込める、なんてあってはいけないこと。“あってはならないこと”だけれども、現在の日本社会の到達点からそれを回避できる道はある?って話かと。

中村 鍵をかけなかったら、深夜に外にでて徘徊して死んじゃうかもしれないですからね。鍵をかけたら虐待。施錠を選択した事業所が運悪く虐待認定されて、メディアとかが上から目線で叩いたりしている。この選択はもはや一介のケアマネや介護職が決められるような話ではないですよね。

中村中村
和田和田

和田 今の日本社会では、回避できる道は、実はなかったりする。認知症ケアでは、「鍵をかけざるを得ない」って状況がどうしても出てくるわけ。訪問介護は介護職と高齢者が1対1だから、どうにもできないよねって状況になりやすい。

認知症の人を「閉じ込めたくないけど、閉じ込めなきゃいけない」。僕らはその矛盾といつも戦ってる(和田)

中村 介護現場や認知症高齢者を知らないメディアが、浅い正義感で“施錠なんてとんでもない!”みたいな意識で叩くと、その事業所や担当介護職は大きなダメージを受けることになりますよね。多くの介護関係者とか認知症に理解のない人たちは報道に流されるから、「虐待するなんてとんでもない奴!」みたいな扱いをする。ちょっともう、気の毒を超えて耐え難いです。

中村中村
和田和田

和田 訪問介護は特に、鍵をかけざるを得ない状態、状況下に置かれることはあるのが現状。だから僕は全面的に否定しませんよ。けど、本当に鍵をかけないと対応できなかったのかなって疑問は残るわけ。デイサービスでもグループホームでも、鍵をかけてやっているところはある。本当に鍵をかけないとやっていけないのか?という見極めは、ほとんどの事業所でされていないでしょう。

中村 「認知症高齢者がいる、外に出て行かれたら困る、転ばれたら困る」みたいなことから、検証をしないで“施錠ありき”で進むことはあるでしょうね。最近は人手不足だから、なおさらだと思います。一方で和田さんのスタンスは、「徹底して個別対応しよう」ってことですね。

中村中村
和田和田

和田 それが基本。もっと根っこに“鍵をかけて閉じ込めるのはおかしいよね”って大前提がないと、状況や状態に応じる個別対応はできないですよ。簡単に鍵をかけるって方向に行くのではなく、“閉じ込めるのはおかしいよね”って意識がないと、全面的に鍵をかける道を行ってしまいますから。

中村 認知症高齢者を知らない方のために一応説明しておくと、認知症高齢者は基本的に多くのことを忘れている。住み慣れた街でも迷子になったり、赤信号を渡っちゃったりする。家から外に出てしまったら、自力では帰ることができない可能性が高い。あと徘徊と呼ばれる行動があって、外に出て行きたがる傾向がある。いろいろ危ないからこそ、普通に生活するために介護職の支援が必要になるんですよね。

中村中村
和田和田

和田 自分の意識を行動に移すのは、基本的人権の重要な部分。どんな状態の人でも自分の意志を行動に移すことに対して、ノーをつきつけるのではなく、イエスって進めていかないとならない。なにか障害をもっていて、「意志を行動には移せるけど、やり遂げられなくなった」というところで、誰かが関わらないといけないわけ。

中村 介護職が関わることになったとき、基本的人権の他に、保護する義務とか、安全を確保する責任も発生しますね。要するに訪問介護事業所が施錠する行為は、安全確保の責任を果たそうということです。誰も好き好んで閉じ込めたくなんてないですから。

中村中村
和田和田

和田 それはそう。僕はもう戦いだと思う。だから僕らのやっていることは、いつも矛盾。本当は閉じ込めるのはおかしいんだけど、どうやったって閉じ込めないとやっていけない。僕らはその矛盾と、いつも戦っているわけ。前にうちの施設から認知症高齢者がいなくなって、15時間後くらいに見つかったことがあったんですよ。その方のケースをテーマに地域包括センターや市民、民生委員とか、家族とか来て勉強会みたいなことをして。その場では「認知症になって閉じ込めるべきではない」と考えている人たちが圧倒的で、閉じ込めるべきだって考えているのは介護事業者だけでしたね。

中村 それはそうでしょうね。法律でも禁止されているし、誰も人を閉じ込めたいとは思わない。施錠や拘束に関しては、やはり市町村レベルではなくて、国とかもっと大きなところが指針を出すべきでしょう。そうしないと、認知症高齢者にかかわる介護関係者が気の毒です。

中村中村
更新

事故が起こらない施設が良い施設とは限らないんですよね(中村)

中村 こう話していても介護は矛盾だらけ。和田さんが統括されている事業所は人権を優先できる環境があると思うのですが、どのような運営をされているのでしょうか?

中村中村
和田和田

和田 まあ、優先順位でしょう。記録とか付帯的な仕事は、実地指導と戦いながらでもコンパクトにする。今までの介護って、“あれも必要”“これも必要”って感じでしょ。そんなことを言いだしたら、全部必要になっちゃう。多くの事業所で優先順位がつけられなくて、あたふたしていることってたくさんある。僕らは、後まわしのものはしょうがないって割り切っているから。

中村 介護事業の記録、書類系は多すぎますよね。混乱の元凶ですよ。実際に「記録を書いている間に事故が起こった」なんてことは膨大にあるだろうし。先日、厚生労働省がようやく「介護保険事業の書類半減」を発表したけど、これは確実に実現させて欲しい。

中村中村
和田和田

和田 あと、後まわしにしているのは掃除かな。家族に汚いって言われたら、家族の方に「じゃあ、お掃除してください」くらい言いますよ(笑)。それくらい、全然言って大丈夫。業務に優先順位をつけて、力を借りれるところは借りますから。だからうちは、外見を気にしている施設より圧倒的に汚いです(笑)。それよりも大事なのは、状況や状態に応じて適切に動くってことだね。

中村 目の前の高齢者の状況が最優先なのは、どこの事業所でも同じと思いますが、逆に優先事項はあるのでしょうか?

中村中村
和田和田

和田 うちの場合は絶対に優先しなきゃならないことって、基本的にないかな。よくある「高齢者がじっとさせられて、職員だけがバタバタしている」みたいな、そういう状況はうちでは起こりません。高齢者自身が動くというか、動けるように動けるように支援する方針なので。介護保険の理念に従って、それくらい、全然言って大丈夫ですよ。高齢者の有する能力を下げないようにする支援が、僕らが一番優先することですかね。

中村 人権を優先させると、事故の危険性も高まります。そういうリスクを職員だけでなく、家族を含めて共有しているってことですね。それは素晴らしい。

中村中村
和田和田

和田 もしも事故が起こったらということに対して、家族が揺れるのは当然のことです。でも、僕らは事故にはビビってないですね。家族との関係は密に取り組んでいるので、たまに苦情はあっても、大きな批判をいただくようなことはありません。事業所が事故をビビっちゃうと、高齢者の動きは絶対に小さくなりますよ。

中村 事故が起こらないのは“何もしない、何もさせない”事業所です。動くことをしなければ、事故は起こらないですもんね。

中村中村
和田和田

和田 そうね。動きがないところは、事故は起こらない。でもそうすると、嚥下が悪くなるの。筋力が衰えるから喉の事故が起こりやすくなる。事故を起こしたくないなら、嚥下の事故を年齢のせいにして、胃瘻でもして食べない状態を作っちゃえばいいわけ。市民には「おじいちゃん、おばあちゃんは、もう食べ物を飲み込めなくなっちゃったから」って説明してお腹に穴をあけて栄養を入れる、で済んじゃう。

中村 ただ生きているだけで、本人が望んでいることではないのは明らかですね。なので、事故がある施設、事故がない施設を比べて、事故がない施設がいいとは限らない。だから介護は難しいんですよね。では、起こってしまった事故に対しては、どのような対応をされているのでしょう?

中村中村
和田和田

和田 ご家族がいいですよって言ってくれても、僕らとしては「防ぐことができたのか、できなかったのか」という検証は、それはもう入念に行います。どうやっても防げない事故もあって、例えば、「こっちでトイレの介助をしていたら、もう一方で立ち上がって転んじゃった」とか。そんなことは普通にあること。事故を絶対になくすのだったら、薬を飲ませて動かなくさせるとか、そんなことになるわけ。だから僕らは、防げた事故と防げなかった事故にわけて、防げる事故だったにもかかわらず、防ぎきれなかったことを改善します。例えば「車椅子の移乗で転ばせてしまった」とかは防げた事故としてね。一つひとつの起こったことを精査して改善しています。

中村 和田さんの「事故をビビっていない」「事故がない施設がいいとは限らない」という言葉にホッとしました。同じ心境の介護職の方々も多いと思います。

中村中村
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