

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
認知症とか要介護高齢者に対して、負の感情を爆発させると悲惨な結果になる(山口)
中村 山口さんのことを知ったのは、「最強の介護職、最幸の介護術」(ワニブックスPLUS新書)で、発売当初に購入しました。当時僕は、介護関係者の実態のないポジティブ思考には辟易していて、最初は猜疑心たっぷりで読んだんです。なにが“最幸”だよって。
でも「おっとこれはすごい、この人は信用できる」と思いました。文章から伝わる熱が生きているというか。僕は基本的に、表にでる介護関係者をまったく信用していないですが、山口さんのことは「本物だ」と思ったんです。やはり介護職をテーマにした本は、優れた介護職が書かないとダメですね。


山口 あの本は、家族の方々に後押しされて自費出版する予定だったのですが、講師をしていたスクールの先生がワニブックスさんと知り合いで、推薦してくださった。あの本は“介護職は最強の職業”、そして“頑張って生きてきた高齢者が晩年に報われてほしい”という想いを書いた嘘偽りない気持ちです。中村さんは自分のことを大嫌いだろうなと思っていたので、よかった(笑)。
中村 今日、山口さんにお会いしたかったのは、介護施設での虐待問題が続々と表面化し始めたからです。今、マスコミ報道が繰り返される最中で、介護業界にとっても、歴史的に前例のない大きな事件で、不穏な空気が漂っています。


山口 いろいろな意味で“ふざけるな、このやろう”って感じですね。今までの負のスパイラルの末路というか、そのスパイラルを誰も止めようとしない、止められなかったことが、最悪な結果となってしまった。殺意をもって介護する人はいないと思うけど、認知症とか要介護高齢者に対して、負の感情を爆発させるとこういう悲惨なことになる。
この大きな負の流れは止まりようがないので、また再発すると思います。これまでの介護業界のシステムとか、経営が招いた末路ですね。悔しい思いでいっぱいです。
中村 僕の見解だと、転落死の事件とその後に発覚した虐待は別問題です。逮捕された今井容疑者は虚言癖もあったようだし、明らかに“人格障害”。だけど、虐待した介護職員たちは“普通の人”でしょう。僕は2012年に「崩壊する介護現場」という本で“介護業界に危険な人格障害者が紛れている”と警鐘を鳴らしましたが、まさかここまでとんでもない事件は起こるとは。
人材不足の中で人格障害がある人物を介護業界が受け入れている、受け入れざるえないことが大問題です。人材流動が激しすぎて、どうしても混じってしまうし、人格障害は見た目や印象ではわからない。事件や事故が起こるまでわからないし、わかったとしても、治りようがないんです。


山口 人格障害となると、もはや研修とか労働環境の整備とか、そういう問題じゃないですよね。確かにこの数年、応募者に社会適応力に欠ける人が非常に多くなっている。おっしゃる通り、研修という次元ではないですね。
社会適応力に欠ける人は、どれだけ教えても入っていかないですから。研修が、スポンジに何かを吸収させることだと例えれば、吸収力がそもそもなかったりする。そのような人材が介護に続々と入ってきていると感じています。
中村 こんな凄惨な事件が起こった以上、介護の人たちの性格である“性善説”の限界を感じます。人材不足が続く限り、施設の管理者やリーダーは人格障害の知識が必須でしょう。研修程度では絶対に治らない、改善しない、そんな簡単な問題じゃないってことを理解した上で事件が起こる前に手を打つ必要があります。人格障害への対策はなんとか早く気づいて、労基法に違反しようが排除するしかないです。


山口 まず大前提として、そういう人材を介護に入れさせない必要はありますね。末端の人材だけではなく、業界全体が会社経営、事業所経営に重きを置いて、高齢者を中心としたケアをするという意識が崩壊していると思うんです。高齢者が職員採用に参加するわけにはいかないけど、高齢者だって職員を選びたいはずですよ。
中村 それはそうでしょう。目先を乗り切るために誰でも入職させて、危険人物まで紛れて、高齢者がいつ殺されるかわからない、なんてありえないですよ。


山口 高齢者たちは当然、介護に前向きな人材を採用していると思うわけじゃないですか。今はどんな事業所がどれだけ理想を掲げても、人材が来ない。さらに優れたリーダーがいたとしても、人を育てるような時間すら与えられない労働環境だと思うので、そこから改善していくしかないですね。
子供たちに介護職が選ばれるような、そんな職業にどうしてもしたいんです(山口)
中村 転落死の事件によって、介護業界はさらなる厳しい状況に追い込まれています。山口さんのようなスーパーマンが、なんとかしてくれないかと、神頼みみたいな気持ちがあります。人手不足って、例えば5人のところを3人でまわしている、みたいな状況ですか。


山口 そうでしょうね。それに人を育てる立場の現場リーダーたちは、採用に関しては意見ができない。会社が採用した吸収力のないスポンジが降ってくるわけです。適正のない人が現れても、本当に災難が降ってくるようなもの。“私が責任をもって育てるので1ヶ月、現場を離れて育成します”と腹をくくっても、現実的に人手不足でそれができる環境にはないんです。
中村 山口さんでも無理となると、もう言葉がでません。人材がいない、お金もない、時間もない―といった多くの事業所が苦悩する中で、介護業界全体の現実的な自力再生は困難を極めますね。マジで難しい。


山口 僕個人の意見ですが、メディアもネガティブな報道だけを晒すのではなくて、「自分が高齢者になったとき、どのような社会にしたいか」そういうことを真剣に考えて伝えてほしいんです。介護業界だけではなく、社会全体で再編成していかないと、たぶん変わらないし、取り返しのつかない状態になってしまう。現在の介護保険制度をこのまま継続しても、細かい改正をいくら繰り返しても、もうどうにもならないのではないかって。
中村 あの山口さんまでが、そんな絶望的なことをおっしゃるとは…


山口 僕は諦めているわけじゃないですし、当然やる気満々で、ひっくり返したいと思っていますから。やっぱり、もっと人が入ってくる世界にするしかないと思うんです。とりあえず、この仕事に対する“憧れ”みたいなものをつくっていきたい。よくプロレスに例えるけど、プロレスってジャンルがあって、そこにタイガーマスクとかアントニオ猪木とかが現れてきたわけじゃないですか。介護の中で、この人物に影響を受けたみたいな、そういう人物とか作品をつくりたいんです。
中村 作品ではなくて、やはり山口さんのような存在です。「最強の介護職、最幸の介護術」に書かれているようなことを日々実践し、一人でも多くの人に伝えていくしかない。最初に話しましたが、僕は偽物が多すぎて辟易しています。地域、地域におそらく存在するだろう本物の人たちが、もっと立ち上がっていかないと、このまま終わってしまう気がします。


山口 子供たちに介護職が選ばれるような、そんな職業にどうしてもしたいですね。それを本当に国レベルの問題と考えてほしい。介護はすごくヒューマンなサービスで、今はどうしてもネガティブな報道に印象が先行している。実際は、現場の職員たちはすごく頑張っているのに。
ちょうどお昼のとき現場の職員と話したけど、やっぱり介護職のみんなが夢中になるのって、利用者さんのことだったりするんですよね。あーしたい、こうしたいって。たくさん眠っている職員たちがいる。そういう人たちがスポット当たるようなことを、メディアにも協力してもらいたいですね。
中村 僕の感覚だと、そういう動きは十分にありました。例えば週刊朝日なんかは、今でも本腰を入れて介護職や高齢化社会を徹底して応援しています。メディアに関して事態は深刻で、一部のメディアに頻繁に取り上げられた、いわゆる偽物の介護関係者たちが、そういう応援や期待を裏切りすぎた。僕自身もそれでウンザリしています。ポジティブな期待を受けた人物が女性問題で逮捕されたり、企業からお金を盗って巨額の返還訴訟を起こされたりするのは、まずい。チャンスは何度もないです。はっきり言って、厳しい。


山口 今のままだと週刊誌一つとっても、事件をセンセーショナルに載せた記事ばかり。私たち、福祉の人間だけでなく、社会全体が自社の利益ばかりを追求していると、この国は終わっちゃうって思います。高齢化社会は、みんな平等。誰もが年齢は重ねるわけですから。誰でもいつかじいさん、ばあさんになるのに、社会は自分がじいさん、ばあさんになることを認めていないというか…人間の老後というのを、真剣に考えていない感じがします。もっと人に優しい、優しい国に戻りましょうって思うんですよ。
中村 メディアと言えば、先日、日本介護福祉士会が「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の介護業界の描写に、クレームというか意見書を出して話題になりました。脚本の坂元裕二さんは、徹底して情報収集して現実を描く脚本家として有名な方です。まさか、事実を描かれて文句をつけるとは…正直、驚きました。あの行為はタイミング悪く事件と重なって、さらに事態を深刻化させています。


山口 介護業界に蔓延する隠蔽体質が招いた結果ですね。どうしてそんなに隠すのかって、常々思います。現実問題として事故は普通に起こるものだし、事件を起こしたような人間が介護業界に入っているのも事実なわけですから。隠蔽しても何もならなくて、そのツケが大きくなって返ってくるわけじゃないですか。
中村 介護の人たちの特徴として、なにか否定されると、否定し返す。反対されたり、否定されたりすると、そこに反発していくみたいな。現実を見つめて一つ一つ改善するしかないのに、それができない。業界の上層部である職能団体が、あんな稚拙な行動をとってしまうと、もうどうしようもないですよ。


山口 僕たちは、もっと大きなことを考えていかなければならない。そんな否定とか反発ではなくて、限られた時間と労力を本当に必要なことに使っていかないと。今、世間から持たれているイメージを現実として受け入れて、現実を受容した上で、時代にともなって変化していかなければならないです。
中村 いやいや、前半はネガティブな話に付き合わせて、申し訳ありませんでした。後半は山口さんの十八番である“人材育成”について話しましょう。
