「介護対談」第43回(前編)南 史人さん「やっぱり介護業界は普通の業界とは違うと感じた」

「介護対談」第43回(前編)ノンフィクション作家の中村淳彦さんと南 史人さんの対談南 史人
第一中央法律事務所、西船橋法律事務所を経て2015年には渋谷区宮益坂にて、弁護士法人ピクト法律事務所に参画。企業間取引、不動産取引、債権回収、労働管理など数多くの案件を持つ。特に介護事業者に対しては、業種に特化したサービスを展開。相談回数無制限の「介護特化型リーガルパートナー」として、監督官庁の監査などに適切に対処できるようにサポートも行っている。介護法務.comという介護事業者に特化した法律情報サイトも運営している。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書) は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。貧困層の実態に迫った「貧困とセックス」(イースト新書)に続き、最新刊「絶望の超高齢社会: 介護業界の生き地獄」(小学館新書)が5月31日に発売!

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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やっぱり介護業界は普通の業界とは違うと感じた(南)

南弁護士は2015年、ピクト法律事務所を設立されました。介護事業特化の法律相談をされています。具体的にどのような業務をされているのかお聞きしていきたいです。

中村中村
南

今のところ、ほぼ事業者向けでやっています。きっかけは小さな介護事業所の経営者の方が相談に来られて、介護の給付の返還の相談を受けました。2~3年前の一定期間に定員超過の減算をしていなくて、一千万円近い返還請求がきたとのことでした。そんなの払えませんって話で。

実地指導が入って発覚したのですね。小さな介護事業所に2~3年前の不正請求を指摘していきなり一千万円の返還請求は無理です。もう、人件費として職員たちに支払っちゃっているお金だろうし。

中村中村
南

なんとかなりませんか?という相談でしたが、減算要件は満たしていた。弁護士として返還義務はどうしようもないという話しかできなくて。結局、分納で返還することに。民間なら介入して徹底的に交渉もありますが、相手が自治体なので通用しません。

自治体は証拠を掴んでいるし、もうマニュアル通りに対応しているだけ。やっぱり割り引き交渉はできないのですね。

中村中村
南

経営者の方が不正請求を故意にやったかといえば、そうではなかった。一時期数人というレベルで超過した時期があった、という。そういう結果になることがわかっていれば、その超過はなかったはず。一括で一千万円近い請求がきて事業が危うくなるリスクは背負わない。事前の手当・ケアができればと思ったのが介護事業に特化する法律相談をはじめたきっかけで、それが3年前です。

介護事業はコンプライアンスのリスクが高い業界で、第三者が近くにいて見てくれていれば、コンプライアンスのリスクは回避できますね。第三者が誰もいないとミスは起こしがちだし、売上のために多少のコンプラ違反はいいかみたいな選択をしてしまいかねない。

中村中村
南

その事業所は地域に必要とされていて、経営者の方も真面目で情熱のある本当にしっかりした介護事業者さんだった。ちょっとしたミスというか。知らなかったことで大変な結果となるのは、やっぱり介護業界は普通の業界とは違うと感じました。継続的な付き合いの中で、コンプライアンスをチェックしていかないといけないなと。

相談に来られるのは、みんな真面目な事業者さん(南)

返還請求が起こってから相談に来られても、どうにもならない。さらに不正請求は自治体とマスコミが大々的に公表して、スケープゴートになることがある。返還だけではなくて倒産の可能性もあります。地域に必要とされる事業所がちょっとしたミスで倒産の危機となって、少しはご存じとは思いますが、介護保険は不正まみれの反社組織の食い物にされている部分もある。本当に悪い人たちは発覚しなかったりする。

中村中村
南

反社会的な人たちが参入している話は、たまに聞きます。施設の譲渡になると、そうとう怪しい業者が多いとか。実態として故意の不正が横行しているのかなという感覚はありました。

なぜ横行するかというと、詐欺をしても刑法で問われないから。逮捕されない。保険関係の不正請求と雇用関係の助成金不正搾取は、バレても注意されて返還で終わる。じゃあ潰そうかで終わっちゃいます。地域の信頼をえている事業者はミスで自治体に徹底的にやられて、故意でやっている反社はやり放題みたいな。おかしいなと思って見ています。

中村中村
南

うちに相談に来られるのは、みんな本当に真面目な事業者さんです。架空で請求している詐欺的なのとはまったく違います。

返還請求だけでは終わらずに自治体とマスコミが公表して、潰しにかかる。スケープゴートにされても反社は法人とか代表者を変えて継続だけど、真面目な事業者は潰れてしまう可能性がある。不正も細かいミスから犯罪的な行為まで同列に扱うのは、本当によくないですね。

中村中村
南

まったく同意見で、だから私は事業者さんの行政対応に寄りたいなと思いました。ちょっとしたことでつつかれちゃうと、事業者をどういう処分しましたって公表されて世間からすると悪質業者みたいなイメージになる。それは本当にこわいことです。

しかし、介護事業所の運営で法的な問題は、コンプラ以外にも山ほどありますよね。

中村中村
南

利用者さんとのトラブルは増えています。多いのは事故対応で、利用者側が法外な請求をしてきてどうしましょうとか。法的な基準がお互いわからない中で話すと、法外な請求をされることがあります。事業者側からこういう基準ですってことを伝えて解決すればいいですし、難しければ我々弁護士が入って妥当な解決策を提案して、請求されている法外な金額は認められないですね、という説明をします。

紛争の代理ですね。法外な金額ってどれくらいを言ってくるのでしょう。

中村中村
南

施設で転倒した事故で、骨折して入院したとします。治療費の支払いだけでは終わらなくて、「ここには危なくて預けられないから次のところに行く。その何年分の費用を払え!」みたいなケースですね。おたくは事故起こしたので当然、というスタンスで強気で言ってくることがありますね。

法律にのっけてしまうと、現状ではなかなか責任を免れづらい(南)

強気で他施設の費用を請求されても、そこまでの面倒はみることはできないですね。介護報酬がどんどん削られて、働く職員がいない中で、利用者側の過度な要求は死活問題です。

中村中村
南

この基準でこういう金額と説明すれば、大方の方は納得されます。事故との因果関係がある部分について、こちらの責任なので申し訳ございませんでしたという謝罪はしますし。事故は過失が100パーセントのときもあれば、一部のときもある。どこまで面倒をみるべきなのか、という法的な妥協点は事業者さんも利用者さん側もわからない。だから揉めるんです。

例えば認知症の方が施設内で転んで骨折したら、一般的には施設の過失ですよね。でも、事故は必ず起こる。さらにカギ閉めたら虐待とか身体拘束とか。事故もコンプラも離職が高い状況だと、厳密に守りようがないでしょう。

中村中村
南

基本的には転ぶ危険性がある認識があって、それを防ぐ義務がありますよね、ってなります。確かに現場レベルでいうと、正直事故を防いでコンプラを守るのは難しい。法的な判断をどうこう言うのは裁判所の仕事ですけど、そこで言われる手当をすべての事例でできるかといえば、正直不可能に近いです。

介護の実態を知らない第三者が不可能に近いことを要求しても解決しないし、遺恨が残る。利用者側が過度な要求とか権利の主張をすると、最終的には最低限のサービスしかしないことが正解になるし、近いうちに本当にそうなりそう。

中村中村
南

裁判所が下す判断は、実際の現場とズレはあります。裁判所は事故を防ぐためにこういうことができたよね、事故の危険性も認識できていましたよねと話をしてきますが、いやいや現場レベルではそうじゃないですよ、と文句言いたくなるところはある。でも法律にのっけてしまうと、現状ではなかなか責任を免れづらいです。

結局、例えば転倒事故を起こして、利用者と法的紛争になった。法的に最後まで争ったら、どういうオチになるのでしょう。

中村中村
南

損害額の算定については交通事故と似ていて、100パーセントこちらの過失でやりました、という話だとある程度の慰謝料と治療費の支払いが主な項目です。後遺症が残ったような場合は別ですが。相手にも過失がある場合には、減額もあり得ます。過失というのは介助する付き添いを拒否したとか、逆に介助しようとしてけっこうですと利用者から断ったとか。そのほかの状況によっても、過失の割合は変わってきます。

ただ、当事者の介護職はそんなこと言っていないっていうだろうし、転倒した利用者は認知症だったら覚えてないだろうし、証明しようがないですね。

中村中村
南

難しいです。特に認知症の方になると、言った言わないレベルの話になりがちです。だから何らかの証拠を残しておくことが重要になります。

言葉によるパワハラを訴えるなら証拠を残そう(南)

南さんは、現在はまだ事業所のコンプラが主な業務とのことですが、正直介護事業所はメチャクチャなところが多い。従業員も権利を主張する流れがあるので、弁護士が介入する場面はこれから激増すると思います。

中村中村
南

まあ、残業代の請求はたくさんあります。どういう状況かを聞き、本人レベルで言ってきている段階か、弁護士が入っている段階か、労基も関わっているのか、ケースによって対応は違ってきます。どう手打ちするかは経営者によっても判断が違ってきますね。

中小事業所でありがちなのは就業規則をつくっていないとか、36協定を結んでいないとか。パワハラもすごいし、めちゃくちゃですよ。介護現場は基本的に荒れています。

中村中村
南

言葉によるパワハラは、なかなか法的に認められないです。人によって感じ方も違うし、立証するのが難しい。なにを言われたとか、どうだったとか。その立証が難しいのが一点と、けっこうなことを言っていないとパワハラで法に基づく損害賠償請求はできません。たとえば「死ね」とか「殺すぞ」とか。人格否定に及ぶようなものが典型例です。

脅迫と一緒ですね。さらに、死ねって言われた場面を録音していないと証拠になりませんよね。相手は「言っていない」ってなるだろうし。

中村中村
南

逆にいえば、訴えるなら証拠は残そう、ということになります。言葉によるパワハラは立証が難しい上に、純粋にパワハラだけの損害賠償請求は比較的低額です。それが原因で鬱になって働けなくなったとか、退職したとか、そこまでいくと金額は上がりますけど。

あと、申し訳ないけど、介護職は精神病の方が多い。そのパワハラとの相関関係にするのは難しいし、パワハラのせいじゃないケースはどうするのでしょう。長時間労働だったり、元々精神疾患だったり、いろいろな不健康な人がいる。

中村中村
南

そのパワハラによって、精神疾患になったの?という立証も認められにくい。職場でのトラブルは多々ありますけど、内々に解決するのが一番いいです。パワハラより、長時間労働のほうが法的措置はやりやすい。逆に、やられやすいので注意が必要ですね。

ありがとうございました。後編でも介護事業所の法的な問題についてのお話をお願いします。

中村中村
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