取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
現実を好転させるため、職能団体としてももっと声をあげていく取り組みをしなくては(石本)
中村 石本さんが会長に就任する前ですが、今年2月、日本介護福祉士会はフジテレビドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の番組制作責任者宛ての意見書が話題になりました。簡潔にいうと“マスコミが介護や介護職に対してかなり偏った情報を流している、人材不足なので配慮しろ”という内容。末端の介護職を中心に炎上して、マスコミ報道もされて日本介護福祉士会は批判されました。
石本 炎上しましたね。うーん、どう説明しよう。大きな声では言えないけど、それが今までの組織内側の問題なのです。組織決定の中で発信は慎重に言葉を選びつつ、賛否両論があるのはわかっているので、仮に批判がきても、説明がつく、返答ができることを想定しなければなりません。その想定が無いまま発信してしまいました。また、内側での総意を得ないままの発信に結果としてなってしまいました。
中村 介護職のネガティブなことが放送されているとして、上層部の一部の方が見切り発車的に出してしまったってことですか。僕自身もあの意見書には溜息が出たし、これはダメだと思いました。
石本 内部でもそういう声はかなりあって、出した当時は上層部の意向でポンとあれが出る体制だった。僕もマスコミ報道で知った状況でしたし。ちなみに中村さんは、どのような見解で溜息をつかれたのでしょう。
中村 脚本の坂元裕二さんは「東京ラブストーリー」など、数々の名作を残している。きっちり取材して現代を描く、日本のトップクリエイターです。介護事業所に蔓延するブラック事業所を取材しているわけで、描かれたのは現実。配慮しろ、協力しろ、一生懸命やっている人もいると現実に蓋をするのは、介護業界の悪しき体質ですよ。
石本 日本介護福祉士内でも、ドラマでブラックな事業所が取り上げられている、という情報の共有はありました。方法は別にしてアクションを起こさなくてもいいのかな、って話もあった。そこまでは意思疎通をとれていたのですが、ただ具体的な内容と出し方に関しては、具体的な議論が十分にないまま。まあ、本当にポンと。
中村 石本さんが会長となった現体制では、そのように一部の意見が出ることはないわけでしょうか。
石本 まあ、ないと思います。あのドラマは介護部分の監修で上条百里奈さんという、介護福祉士でモデルをやっている女の子が入っていました。彼女とは繋がりあるので制作の裏話は聞いていました。作り手側の意向等も多少は聴いていましたし…、残念な結果になってしまいましたね。
中村 「臭いものに蓋をしろ」はこれからのために止めてほしいし、そこは本当に変わってほしいです。炎上をみていると、男性を中心に介護職当事者もその意見は多かった。
石本 そうですね。事実は事実ですから。その現実を好転させるため、職能団体としてももっと声をあげていく取り組みをしなくては。発信の仕方も「一定のご配慮をお願いしたい」と、最後につけてられてはいましたが…。全面的に抗議しているように受け取られて、多くの方々に反感を買ってしまいました。
ブラック事業所に対抗する案は、我々は今のところ持っていない(石本)
中村 個人的にはドラマをネタに、厚生労働省や財務省にロビイングしてほしかったです。ドラマが注目したのは介護の長時間労働をさせるブラックな施設です。最近は介護業界の違法労働のヒドさを見かねた力のあるユニオンまで入ってきて、大きく揺れています。
石本 ブラック事業所に対抗する具体的な案は、我々は今のところ持ち合わせてはいませんが、職能団体としての立場からいうと、世間に、社会に、専門職としての専門性を打ち出すことをクリアしてから、初めていろいろな動きができるんじゃないかと。
中村 専門職としてレベルが上がり、社会に専門性を評価されて初めて、ネガティブな芽を潰していくことや報酬のアップの動きができるってことですね。それはそうかもしれません。
石本 処遇改善を含めて「頑張って100点をとるからお小遣いを頂戴」ではなく、「頑張って100点をとったよ、だからお小遣いを頂戴」にしないと、本当の評価はされません。ただ、それを実現させるための仕掛けはイチから作り直さなければならない。それは我々の大きな課題ですね。
我々は「どんどん介護にいらっしゃい」という立場ではない。質を担保することにこだわる(石本)
中村 日本介護福祉士会の重要施策の一つに、新しい国家資格「認定介護福祉士」の創設があると聞いています。介護職関係の最上級資格だそうですね。
石本 認定介護福祉士の仕組みづくりには行政を含めて、たくさんの理解者・支援者などの応援団がついている。今は議論の真っ最中で、どうにか成功させないといけないという状況です。認定を上に乗せたところで、現在150万人いる介護福祉士の質、意識と技術が上がらないと、なかなか上に立派な名称を乗せても評価はともなわないですから。
中村 介護福祉士の質は下がりすぎているように見えます。実務経験3年で受験資格を取得、合格率60~70パーセントは簡単すぎる。実際に目を疑うようなとんでもない人も取得しているし、国も含めて「こんなはずじゃなかった…」と慌てて上級資格を準備しているような印象があります。
石本 なるほど。まあ、バラつきはありますよね。人数だけ粗製濫造されちゃった一面は事実でしょう。ご承知と思いますけど、資格取得ルートがいくつかあって、養成学校だけではなく実務経験のみで受験資格が与えられてしまう。今、そのツケがきていますね。専門性が低い介護福祉士というケースが出てきてしまっている。
中村 それ、どうするのでしょう。能力が担保されていないのは、職能として大きな問題ですよね。
石本 そこを補う、補完することをしないといけません。あくまでも私見ですが、最終的に介護福祉士が目指したいのは、学卒じゃないと介護福祉士を取得できないようにしたい。一定の知識を植え込んだ状態で取得という、医師や看護師など他のライセンスと同じようにしたいです。ただ今の現場の実情からすると、その手を打てるほど人材に余裕がありません。
中村 今のままの専門性が認められず賃金が安いと、取得したいという人も少ないでしょう。課題が山積ですね。人手不足は今だけの問題じゃないだろうし、本当にどうしていいかわかりません。
石本 うちだけで声をあげて変えるというのは、なかなか難しい。国家資格なのでそんなに簡単な問題ではありません。介養協(日本介護福祉士養成施設協会)などと歩調を合わせながら、将来を見据えた連携を図らなければなりません。
中村 誰にでもヘルパー2級を取得させたこと、失業者対策でおかしくなった。専門性を確立するなら短大、四年制大学でみっちり勉強して受験資格と、敷居を上げる方向に向かってほしいです。国はどんどん誰でも介護現場に誘導する政策をとる、それに比例して専門性はなくなっていく。止められないのでしょうか。
石本 我々は「どんどん介護にいらっしゃい」という立場ではありません。質を担保することにこだわるので、ライセンスがある人がちゃんと現場をグリップできるようにしなきゃいけない。やっぱり、今年なにかを劇的にできるかといえば無理です。長期的な大きな課題です。
認定介護福祉士の研修では介護チームをきっちりマネジメントできる人材を育成するべき(石本)
中村 現場の介護職たちは、やっぱり低賃金問題に苦しんでいます。基本的に不満を抱えている。やっぱり、専門性の確立なしに賃金の上昇はないのでしょうか。
石本 正直、国の財政状況も含めてそういう状況でしょう。認定介護福祉士制度がきっちりと体系化されて、なんとか評価に繋げる。結果として賃金が上昇する。その認定介護福祉士制度の体系化は、うちだけでやるのではなく、経営者団体などと連携を図りたいと思います。
中村 経営者団体は老施協(全国老人福祉施設協議会)とか、全老健(全国老人保健施設協会)でしょうか。社会福祉法人、医療法人の経営者団体ですね。専門性確立の切り札的な認定介護福祉士とは、そもそもどのようなイメージなのでしょうか。
石本 実は昨日もその会議で、議論中。現在その方向性などを微調整しているところです。ゼネラリストのイメージで、介護系のトップマネジメントができる立場を養成する方向でしたが、求められる役割としてそれだけでは押し通せなくなった。例えば看護師のライセンスはあっても、看護部長というライセンスはない。組織マネジメントをするための資格が必要かという議論もありました。
中村 施設長や介護部長はそれぞれの組織の評価や方向性で決まる。そこに国家資格が必要なのかってことですね。
石本 養成してライセンスにするようなものではない、という意見です。それより地域包括ケアで、介護チームをきっちりマネジメントできる人材を育成するべきではないかと。他の職種とちゃんと共通言語で語れるスキルを担保する。それが認定介護福祉士じゃないかと。今はその方向も含めて整理されていますね。
中村 介護職に足りないのは医療知識とか各種法律、専門的な人材マネジメントとかでしょうか。入学の敷居が高い養成所で、厳しく勉強をさせられる看護師などと比べると、どうしても知識は脆弱ですね。
石本 認定介護福祉士は、けっこうな長時間の研修で育てていきます。今のところ600時間くらいを想定しています。実務経験のある人が受ける研修なので働きながら。ちょっと無理があるので複数年に及ぶ研修になるかな。一類二類ってカリキュラムをわけて、段階的にやろうと。
中村 働きながら600時間の研修となると、時間と費用の問題があります。あまりにも大変ですね。
石本 そうですね、単純計算して費用40万円くらいはかかるという試算もあります。それを個人負担するのは難しい。その問題は経営者団体などの理解を得ながら、例えば職場から半分は出すとか。労働局側の助成金をうまく絡めるとか。そこまでの手筈を、日本介護福祉士会と認定介護福祉士認証認定機構と精査し、研修を受けやすい仕組みを作ります。ちゃんと提案するので期待していてください。
中村 お忙しいところありがとうございました。これからすぐに熊本へ帰られるとか。新しい日本介護福祉士会には、本当に期待しています。それと介護福祉士の方々は、史上最年少会長の石本さんを信じてぜひ入会してほしいです。