篠塚恭一篠塚恭一
大手旅行代理店の添乗員を経て、1991年に添乗員派遣などを行う(株)SPIを設立。高齢者や障がい者向けの旅行サービスを開始。95年にトラベルヘルパーの人材育成をはじめ、2006年にはNPO法人日本トラベルヘルパー(外出支援専門員協会)を設立し、理事長に就任。トラベルヘルパーの育成の他、介護予防や外出支援に関する講演会、トラベルヘルパーの企業・就労支援などさまざまな分野で活躍している。著書に「介護旅行にでかけませんか トラベルヘルパーがおしえる旅の夢のかなえかた(介護ライブラリー)」。
中村淳彦中村淳彦
ノンフィクション作家。代表作である「名前のない女たち」(宝島社新書)は劇場映画化される。執筆活動を続けるかたわら、2008年にお泊りデイサービスを運営する事業所を開設するも、2015年3月に譲渡。代表をつとめた法人を解散させる。当時の経験をもとにした「崩壊する介護現場」(ベスト新書)「ルポ 中年童貞」(幻冬舎新書)など介護業界を題材とした著書も多い。最新刊は、介護福祉士や保育士も登場する「熟年売春 アラフォー女子の貧困の現実」(ナックルズ選書)

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部

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バリアフリーは確かに増えたけれど、外出先での知識や工夫がないととても乗り切れない(篠塚)

中村 篠塚さんは日本トラベルヘルパー協会理事長です。トラベルヘルパーとは介護関係の認定資格で、簡単にいえば旅行する要支援、要介護高齢者を介助する添乗員です。協会設立は2006年、資格ができて11年目だそうですね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 うちは元々観光人材の派遣会社。旅行コンダクターとかバス乗務員とか、ホテルマンとか、観光にかかわる人材を募集採用、研修してそれぞれの現場に派遣しています。旅行関係の人材育成派遣をやっていく中で、お客様の高齢化が始まった。それに合わせて専門教育をしなければとなって、トラべルヘルパーというプログラムを22年前に作りました。

中村 最初は社内プログラムだったけれども、幅広い人を対象に資格認定制度にしたわけですね。これから超・超高齢者社会を迎えるにあたって、要介護者に対応する介護技術と旅行の知識を備えた添乗員は、確かに大きなニーズがある。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 プログラムを作った当初から現状に至って、圧倒的なニーズがあるのに対応する人がいないわけです。現在の介護保険のサービスには、旅行は自分たちの仕事にはないことが理由です。介護保険制度ではできない仕事で、介護事業所は自費部分で積極的に取り組むことをしなかった。それと、旅行や観光会社は長年要介護高齢者が旅行に来るとは思っていなかった。

中村 人口動態が急激に変動して、対応する人がいない隙間ができたと。僕は低賃金の介護職の人たちは、自分の生活を諦めるのではなく、なんとか副業して欲しいと思っているので朗報です。まず、要介護高齢者に介護職的な人材がつけば旅行に行けるのでしょうか。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 行けないです。室内や居室でやる介護と、街中や旅先の介護は少し違う。介護を20年やっている人でも、車椅子で道玄坂を上がってくださいってなると、途中で何度も立ち往生しちゃう。そもそも介護保険ではバリアフリーが当たり前の環境で介護することが多い、どうしていいかわからない、という場面に遭遇します。

中村 その少しの違いをトラベルヘルパー養成講座の研修で教えるわけですね。介護施設は手すりやバリアフリーなど、安心安全の環境が整う中の介護で、何か困ったらすぐに誰か助けに来てくれる。そういう高齢者が生活しやすい環境で働くのが当たり前ですからね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 トラベルヘルパーは旅行先で、その場で判断する。指示の通りにやる仕事というより、自分たちで考えながら動かなければならない。バリアフリーは増えたとはいえ、街も交通機関も基本的には自分で動ける人を対象にした仕組みを作っているから、知識や工夫がないととても乗り切れません。

介護職に就いている人は、「指示待ち」「自分で判断しない仕事」というマイナスがある自覚は必要(中村)

中村 室内の介護と違うのは、その通りでしょうね。旅行はそれぞれの場面があるし、自分の裁量は施設介護と比べると圧倒的に大きい。自分で考えて工夫して、判断と決断の連続になりますね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 まず自分で考えるトレーニングをする必要があります。介護保険の介護職には指示待ちの人が多い、それは非常によくない。考える力をつけて判断する力をつけないと。バリアフリーのところでどうサービスするかという考え方は捨てる必要がありますね。

中村 介護保険の介護職は、ケアプランの通りにサービスを提供することを仕込まれている。ケアプランを立てて、それ以外の余計なことはするなという仕事です。指示待ち、自分で判断しない仕事が実は特殊で、他に活かしづらいマイナスである自覚は必要ですね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 多くの介護職は、介護保険制度にないことをしてはいけないって頭になっている。だから言われていないことは、考えなくていい。その今までのその考え方をひっくり返すことは大前提として必要。我々の職場は旅行先で、行かないとわからないことばかり。技術をつけて様々な場面を想定して、その場でどうしますか?ということですね。

中村 そうなるとトラベルヘルパー養成講座では、いろんな例題がでて考えるみたいなことを繰り返すわけですか。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 ケーススタディももちろんありますし、研修プログラムの中に考えることを入れています。徹底的に自分で考えることを鍛えます。やっぱりロールプレイングをしないと。看護実習のように本当に患者さんについて、研修生としてやれればいいけど、それはコストになるので難しい。実地演習みたいな形のプログラムを組んでいます。

中村 トラベルヘルパー養成講座は3級、準2級、2級とあって、級が上がるほど研修期間が長くなります。上位の2級で、介護初任者研修と同じくらいですね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 2級で120時間くらい。座学はテキストを使った通信で、テキスト学習をベースです。実地研修は2級の場合は計5日間ある。実際に車椅子に乗ったり押したりしながら、外にでて実際に街を歩く。それ以外に、自分の住む地域を調べたり、介護施設に行ったり、フィールドワークもしてもらいます。

更新

今、600万人いる要介護者のうち1%が旅行に行きたいとしても、そのニーズは非常に大きい(篠塚)

中村 実際の旅行風景はまだ、ちょっと浮かびません。例えば要介護3くらいの人が旅行に行くと、1人のトラベルヘルパーがベタ付きになって、本人が希望する場所を回る…みたいなことですか。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 うちに依頼をするのは、そういう方たちが多い。1対1で対応します。重度要介護で1日3万円、軽度で2万5,000円など、高齢者が負担する費用は1日、半日、1時間など細かくしています。旅行になるとおおむね朝起きてから、夜寝るまでになる。

中村 1日3万円は妥当額ですね。そうなるとお客さんは中流、上流階級の高齢者になりますね。素晴らしい。今、介護職に必要なのはやっぱりお金。収入を上げること。旅行や外出特化のヘルパーは可能性に溢れていますね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 お金がない人は旅行に行きませんからね。お客様の全員がお金持ちということはないけど、車に使う人もいれば、時計や宝石に使う人、旅行に使う人と、それぞれ。うちのお客さんを見ていると、富裕層という人ももちろんいるけど、ごく普通の中流の方がメインです。

中村 高齢者は「旅行に行って、思い出作って死にたい」みたいな感覚は一般的でしょう。さらに自己実現や人とかかわることで自立支援にもなりますし、トラベルヘルパーに能力があれば良いこと尽くしだ。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 有資格者は、まだ900人くらい。うちだけでいうと需要のほうが大きくて、有資格者が足りない。要介護者は現段階で600万人いるわけで、そのうちの1パーセントが旅行に行きたいとしても莫大なニーズ。今はその人たちの眠る需要を掘っていない状態。知らないか、諦めているか、行かせないか、蓋をしている状態でしょう。

中村 僕もトラベルヘルパーというサービスは具体的に知らなかったし、介護施設を見ても高齢者の希望みたいなのは封印するのが普通に見える。お金がない人はそれでもいいと思うけど、お金がある人の需要は掘らないとまずいですよ。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 要介護になっても旅行に行けることを知らない人のほうが圧倒的です。だから現段階でも、将来的にも介護職の方々がトラベルヘルパー講座に投資しても、全然元はとれますよ。3泊4日くらいの旅行を1、2回行けば、それくらいの金額にはなる。

中村 人材をどんどん育成して、同時に高級有料ホームにいるみたいな、お金がありそうな方々からどんどん希望を掘り起こしたほうがいいですね。どこの介護施設に行っても「外に出かけたい」って人はいくらでもいるし、あとは需要に見合った価格とサービス提供できるかどうかですね。

中村中村

これからの介護職は、知識や経験を応用して収入を上げる方法を考えることが大切(篠塚)

篠塚篠塚

篠塚 混合介護が言われてきたので、本当にようやく介護業界全体で基盤ができそうな雰囲気はあります。墓参りくらいは誰でもすぐに行ける環境作りというか。車椅子になって要介護になったくらいで、墓参りすら行けない現状はおかしいでしょう。

中村 施設の介護職が墓参りに連れていくのは難しい。無報酬で行く人もいるだろうけど、介護職や施設が無理することになる。重要なのは人材育成と、有料サービスの存在をアピールする宣伝でしょう。特に首都圏は圧倒的な人手不足で、1人欠けたら業務がまわらなくなるだろうし。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 依頼が本人からくることはほとんどない。家族か介護職の人。要介護なので、本人は99パーセント電話で依頼することはできないです。リピーターになって気心が知れてからは、稀にかかってくることはあるけど。サービスを提供する我々に繋いでくれる人が必要ですね。

中村 リピーターが重要になるビジネスですね。それなりのお金が動くので魅力や能力があるトラベルヘルパーじゃないと成功はなさそう。またお金の話になりますが、富裕層の高齢者で大きなお金を使うリピーターはいるのでしょうか。増えれば夢がありますよ。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 半日利用を年間20日、30日とか。そういう方はいます。遠方の旅行になると1日7万円平均で、総額がクルーズ旅行に行くみたいな単価になる。だから、半日のお出かけで公共交通機関を使って、ランチを食べて美術館寄って帰ってくるみたいな。1日2万円くらいを気軽に日常的に使う。月2日で年間20日、30日という人はいますね。

中村 ヘルパーに会いたいから外出したい、みたいな気持ちもあるわけで、その人の魅力が本当に重要になる。リピートされる能力があれば、その人の生活は大きく変わる。介護保険は介護職に普通の生活をさせる気がない流れがあるから、チャンスあればどんどん保険外に流れたほうがいいですね。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 介護職は大変だけど、仕事が決まっている。屋根のあるところでの介護は得意だったら、その能力を屋根のない介護に応用して職能をちょっと高めて欲しい。それで月3万円とか5万円を稼ぐのは簡単なこと。これからは自分の中で介護経験や技術を応用して、収入を上げていくのは大切でしょう。介護職の方々には、まず副業的にトラベルヘルパーの資格を使ってもらうのがいいかと。

中村 週5日はホワイトな事業所で正規職、それで週1日トラベルヘルパーのバイトをして2万円を稼ぐみたいな。正職と夜勤の長時間ダブルワークで精神的に追い詰められている人が多いけど、トラベルヘルパーの存在を知れば流れてくる人はかなりの数になりそう。

中村中村
篠塚篠塚

篠塚 介護の仕事が好きだけど、報酬で辞める人も多い。人と深くかかわりたいから福祉の仕事を選んだけど、現場だとベルトコンベアに乗せられちゃう、報酬の問題もあって悩んでいるとか。そういう人は是非、講座を受けて欲しい。本来、福祉の道を目指したその気持ちが仕事に繋げられるかもしれない。可能性はありますね。

中村 仕事や働き方の選択肢が増えるのは、本当に歓迎すべき素晴らしいこと。お話を聞いていると、混合介護の目玉になりそうな予感です。後半も引き続きトラベルヘルパーについてお願いします。

中村中村
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