

取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
ヘルパーの空き時間をどれだけ埋められるかが勝負となる(宮本)
宮本さんは飛ぶ鳥を落とす勢いで訪問介護事業を展開する、ケアリッツ・アンド・パートナーズの代表取締役です。なんと本社はJR新宿駅直結のミライナタワー! 介護保険事業所とは思えない豪華さだ。さらに会社案内を見て驚きましたが、設立年月日、僕がかつて介護事業所を立ち上げた時期とまったく同じ。僕と宮本社長は、同時に介護保険事業に参入したことになる。それもまたすごい。


知っています、デイサービスを運営されていたんですよね。中村さんの書かれた、貧困や介護をテーマとした記事は面白いものが多く、僕を含むうちの経営陣でよく読ませていただいてます。
創業は2008年7月。私と宮本さんは都内で同じ1事業所から始めたのに、片やミライナタワーに本社を構え、片や中年童貞などなどに振りまわされて混乱、法人廃業と。社会の縮図を超えた差でまさに頂点と底辺です。ちなみに、僕は最後の方は経営者貧困に陥り、子どものために区の就学援助を受給した年もありました。何が違ったのでしょう。


はは。他社とうちが違うのは2つで、1つは営業力。僕は今も介護の現場に出たりしているのですが、元々営業職出身なのもあり、特に営業は自分でもめちゃめちゃ行っています。営業に力を入れる理由は、ヘルパーを正社員雇用していること。他社と違って正社員8割、パート2割で運営している。正社員なので拘束時間全部に給料が出ます。ということは、ヘルパーの空き時間をどれだけ埋められるかが勝負となるわけです。
ちなみに介護保険事業の営業は、管理者や一部介護職が同じ自治体内のケアマネや病院を回る。ケアマネと人間関係を構築して利用者を紹介してもらいます。


営業に行かないと、空き時間はまず埋まりません。一般的な訪問介護ヘルパーの訪問件数は1日4~5件ですが、うちは正社員なのもあって7~8件は行ってもらっています。その方が間違いなく効率が良いんです。そして、もう1つはITをフル活用していること。例えば、請求業務。訪問介護は他の業種より種目が多く、請求書作成にかなりの時間と手間がかかります。売上が500万円だと介護記録表が1000枚くらい発生します。一般的な事業所は、それを事務職が手入力して請求する。その手間と人件費がバカバカしいと思い自社でシステム開発をしました。
介護業界の記録や請求業務のアナログさには僕もビックリしました。介護業界は手書きとかファックスが常識だった。外の介護事業者とメールでやり取りしたこともないし、「グーグルって何ですか?お菓子?」って言っている介護職もいた。ケアリッツはシステムを自社開発したのですか。それはすごい。圧倒的な非効率に気づいても、お金も技術もないし、介護の常識にあわせて手書きで業務をこなし、無駄に時間を垂れ流すのが一般的です。


うちはエクセルを使ってシフトを作っていますが、そこには何時から何時に、誰がどこに行って、何をするという情報がすべて入っている。そのエクセルデータをCSVファイルに変換し、それを直接請求ソフトに流し込むシステムを内製しました。結果、事務作業が9割は減らせましたね。それがITを活用した一番わかりやすい例ですね。
1000枚の書類を請求ソフトに打ち込むのは、担当した者が2週間くらいはかかりきりになるのが普通です。作業量を9割減らすとなると、例えば一般的な法人で事務員が10人なところ、1人ですか。それはもう他社は勝負になりませんね。


うちは介護の会社である一方、売上の2割くらいはシステムの受託開発で稼いでいて、IT事業本部という部署があります。僕も元々はIT企業におり、独立する時にSE(システムエンジニア)を10人くらい連れてきました。もちろん全員が社内の仕事をするわけにもいかないのでしばらくは社に1人だけ残し、他のメンバーは他社に常駐してシステム開発をする、というビジネスをしていました。そのまま事業拡大してきた結果、今は5人くらい社内SEがいて現場のニーズに即した介護関係のシステム開発をしています。
書類仕事を減らし、人材は正社員雇用、管理者は営業に特化できる環境が整っているってことですね(宮本)
しかし、介護事業者がシステムを社内開発とは。介護関係職の仕事の3割は非効率な書類に費やしていると言われている。作業量9割減なら、人手不足もある程度解消できるじゃないですか。介護業界の非効率はあまりに酷い、非常識なレベルです。IT化はだいぶ前から介護保険の課題として挙がっていたので、国が何とかしてくれると思っていたが、何もしなかった。


ITをかじっている人なら、誰でもできることです。難しくはない。社内で必要なものを作ってもらって、実際に運用して効果を出しているだけのことです。請求以外にもITによる工夫がいくつかあります。他社はそもそもEメールすら満足に使えなくてファックスばかり。字が潰れるし、届いたかどうかもわからない。とにかく不便です。とはいえ、仕方ないのでメールを使わない他社とのやり取りにはファックスをいまだに使っていますよ。でも社内は当然IT化して、メールとクラウドで情報共有をしています。
営業についても、他社と何が違うのかお聞きしたいです。介護と営業は相性が悪い。介護現場が目が離せないことを理由に営業しない、行きたくない事業所や管理者は多いです。


僕らのやっていることは、ケアマネのところにルート営業でグルグル回るだけで、特殊なことはありません。何曜日の何時は空いています、お客さんを紹介してくださいって訪問します。ただ、この業界の人は他業界に比べて、極端に営業活動をしていない。うちは最低でも月一度、できれば2週間に一度はケアマネのところへ訪問しています。営業は管理者に必ずやらせると決めていて、それを徹底することによって売上の伸びのスピードが他の会社と比べて早いんです。
書類仕事を減らし、人材は正社員雇用、管理者は営業に特化できる環境が整っているってことですね。


最初の頃はもちろん僕が率先して営業をやっていたのでそこで得たノウハウを今は管理者に伝えています。教えるのは喋る内容、表情、受け答え、切り返しとか。売上をみてもらえばわかる通り、動きさえすれば結果は出る。法人の利益はIT化、売上の伸びは営業によるもの。その2つが明確に他社との差別化になっています。
他の業界でも稼げるような人がしっかり稼いでいける仕組みをつくれれば、勝負になるんじゃないかと感じました(宮本)
宮本社長は慶應義塾大学卒、松田副社長は東京大学経済学部卒、太原取締役は東京大学薬学部卒で前職はマッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタント。3人の役員の方々は、介護会社とは思えない凄まじい経歴です。先ほど、名刺交換のときに聞きましたが、みなさん私立武蔵中学高校出身で先輩後輩とか。


全員、武蔵中学高校の卓球部です。松田(副社長)は同級生、太原(取締役)は私の2つ後輩です。会社を作るから、来いと。僕だけちょっと学業が落ちこぼれて慶應なんですよ。松田は元々證券会社のトレーダーでガンガン稼いでいた。けど、うちに来た。会社をどんどん大きくするから、こっちのほうが楽しいぞって。
東京人は知ることだけど、私立武蔵中学は偏差値70超えのとんでもないエリート校です。ずっとオール5で小学校6年間はトップ、各地から神童みたいな子が集まる。武蔵は学年2番じゃ、とても入れませんね。そんな華々しいエリートたちが、そもそも、どうして介護に。


実は、特に介護をやるつもりもなかったんです。私の実家が会社やっていまして、元々そこを継ぐつもりでした。けど、親と喧嘩して継がなかった。2007年頃、人生の予定が崩れて、なんの仕事をしようかなと思っていた。自分が興味あることをやった方が良いって、よく言うじゃないですか。僕が興味あるのは卓球。卓球は中学~大学まで続け、慶應では体育会卓球部で全国大会にも出た。でも、卓球をガチでやっている人は少なく、マーケットが小さい。それで断念しました。
東京の私立中学、あるあるですね。偏差値が高いほど、富裕層の子弟がいるので同級生は大きな会社の二代目とか、最悪でも上場企業のサラリーマンみたいな。


起業するなら業界で一番大きな会社を作りたかったんです。ナンバーワンですね。でも今から車メーカーを作っても、トヨタには勝てない。そんな時、コムスンが潰れる事件があって大きく報道されているのを目にしました。そこで初めて介護を知った。そのときの介護のイメージは、困っている人を助ける、そういう仕事だと思っていた。
2000年代前半、介護は未来産業みたいなイメージで、あの頃は正直全国民が注目していた。社会と分断するアダルト業界の人すら、介護や高齢者社会は意識していたし。ヘルパー2級講座は大人気だったし、あの時期に介護人材を大切にして使い潰すとか、低賃金で搾取するとかしなければ、今みたいなボロボロの状態はなかったでしょう。


その後、介護のことを調べました。僕のまわりには介護関係者は1人もいなかったので、友達の友達の母親とか、そういう人たちを探して話を聞きに行った。介護で働いている人を探しまくって、100人くらいにヒアリングしたんですね。結果、みんなが口を揃えて繰り返し言っていたことは「給与が安い」「女性ばかり」「職員に中高年が多い」「夜勤がキツイ」ってことだった。みんなが同じことを言うので驚きましたね。
起業前に調査して、新興の労働集約型ビジネスの問題点に気づかれていたんですね。当時、普通の起業家だったら人材の使い潰し、搾取に走るところに逆手を打ったと。


どうして、そうなっているのって思うじゃないですか。もうちょっと給与を上げる方法はないのかな、と。実際業界を見てみると、さっきの業務がアナログってこともあるし、みんな主婦だったり引退後だったり、言い方は悪いですが片手間に働いているような人が多かった。責任感みたいなものが欠けた人が多い印象があって、逆にここに他の業界でも稼げるような人がしっかり稼いでいける仕組みをつくれれば、勝負になるんじゃないかと感じました。
ITの導入で業務プロセスを最適化した(宮本)
そういう理由でパートではなく、正社員を軸にしたビジネス展開をしたわけですね。それにしても実質半年での1年目から売上7,700万円ってすごい。介護事業所が激増する前夜だったので、僕のところもすぐ利益はでましたが、1年目は1,800万円程度でした。


最初はとにかく僕が頑張りました。初年度はITの売上も大きかったですが、2年目は介護も伸びて2億7,000万円で、3年目は3億ちょっと。現状維持に近かったのは3年目だけです。その時期はお金がなくて、売上を伸ばせなかった。介護は入金されるのは55日後。給料は30日後に払わないといけないので、売上が急激に伸びるとキャッシュがまわらなくなります。1年目、2年目では銀行はお金を貸してくれないので、売上を伸ばすのを意図的にストップしたんです。
結局、創業の瞬間から営業力で売上を立てて、そこから売上は前年度比145%を継続して創業10年で本社はミライナタワーに。業界水準以上の賃金で正社員を雇用していて離職者は少ない。人材がいるので店舗展開ができる。さらにIT化によって介護サービス提供以外の時間を削って、競争力をつけた。底辺とは何が違ったのか、よくわかりました。


会社としては“ケアリッツの品質を介護業界のスタンダードに”と抽象的な言葉を使っていますが、簡単に言えば、ITの導入で業務プロセスを最適化したことで、サービス以外に時間を取られることが他社より極めて少ないということです。
無駄な時間を減らし、有益に時間を使えばみんなが幸せになります。引き続き、後半もお願いします。
