和田行男
中村淳彦取材・文/中村淳彦 撮影/編集部
介護に完璧を目指さないことは大事だと思う。僕は本当に“いい”加減な人間なので(和田)
中村 前編「認知症の人を閉じ込めたくないけど、閉じ込めなきゃいけない。僕らはその矛盾といつも戦ってる」では、多くの介護関係者を悩ませる「事故、拘束」についての見解を聞き、「鍵をかけて閉じ込める」ことが選択枠に入らざるえない社会のあり方はどうなんだろう?という問題提起がされました。和田さんの事業所では、どのような人材育成をしているのでしょう?後半はそこから伺いたいです。
中村
和田和田 まずは“仕事”と軸足を置けるか。仕事は好きとか嫌いではないってこと。どんな職業でも、このお客さんは嫌いって思っても仕事だからやるわけ。その大前提があって初めて自分にできるのか、できないかですよね。
中村 介護は本当に人の好き嫌い、合う合わないが出る仕事。あとは認知症高齢者が得意、不得意みたいなのもありますよね。嫌いだからやらないは話にならないにしても、好きだから頑張るみたい感覚もバランスが悪くなりがちです。
中村
和田和田 介護保険事業は公務じゃないですか。圧倒的に公金を使う仕事です。入社前に話をさせてもらうのは、一つは介護という仕事は公務ということ。もう一つは会社のために働くのは専門職ではない、市民のために働くことを話しています。
中村 職業という意識が前提にあって、そこから経験やスキルがついてくるってことですね。和田さんは「株式会社大起エンゼルヘルプ」の統括責任者で、300人以上の部下がいる存在です。「大起エンゼルヘルプ」は正規職員の比率が高いと聞きました。
中村
和田和田 5年目以上の職員が全体の3割くらい、正規職員は6割くらいですね。グループホームでは人員配置を下げて、常勤職員を正社員化した。1日5勤務でまわして基準以上のオーバー配置で運営をしていたけど、4勤務に減らして正社員化したわけです。人の数の勝負ではなく、能力で勝負しようみたいなことですね。人員を減らすことはしなかったけれど、ケアの質が下がることなく、そんなに大きな差は出なかったですよ。
中村 5年以上の職員が多いと、リーダーなど上が揺らぐことがない。正社員化で賃金もあげて離職を減らし、安定した運営をしているってことですね。
中村
和田和田 まあ、細かいトラブルはたくさんあるけどね。あとは完璧を目指さないってこと(笑)。完璧なんて無理ですよ。完璧を目指さないことは大事で、僕は本当に“いい”加減な人間なので。“いい”加減っていうのは、すごく大事ですよ。
中村 例えば書類は常に完璧で、事業所や自分自身の理念を曲げることなく貫き、絶対に事故など起こさず、すべての高齢者に最大の支援をして、すべての家族に感謝される、なんてことを目指したらおかしくなります。無理ですから。
中村
和田和田 そうですよ。うちのグループホームでは、夜勤者1人になるまで施錠しないって方向性がある。ところがある事業所で施錠されていた。理由を聞いて「新人の職員が慣れるまでは、施錠したい」って言われれば、そうかで終わりますよ。
中村 和田さんが完璧しか許さないみたいな方じゃなくてよかった(笑)。適当って言葉も、本来の意味は「適宜に当然のことをする」ってことですもんね。
中村
和田和田 なんでも理念に沿って、絶対にこうでなくてはならないってことはない。事業所の日々の状況もあるし、入居者の状態もあるし、その向こうにご家族の状態もある。日々、その状況に応じてやる、応じることができる能力を身につけるというか。考え方を身につけるのがリーダーの資質だろうね。
現在の介護保険制度だと介護は誰でもできるし、人手不足なので誰でも採用される。制度がそうなっているんです(中村)
中村 昨年、厳しい報酬減が実行されて、人手不足が深刻になり、有効な解決策はなにも聞こえてこない状況です。僕はうまく辞められたのでよかったですが、介護職の方々は本当に希望が見えない状況だと思います。
中村
和田和田 前に厚生労働省の人に「介護事業を全部公務員でやったらいくらの保険料になるの?」って聞いたことあるの。そういう試算はないけど、公務員と同じ待遇になれば「今、人手不足だったのか?」とかは考えるよね。
中村 そうなれば能力が高い人を採用できて、今まで10人必要だったことが7人でできるでしょう。ブラック労働が減って、人もある程度は集まって好循環になるでしょうね。
中村
和田和田 そうでしょうね。介護の仕事をしたいかしたくないって世に問う以前に、介護という仕事の基盤整備がまだ整っていないんだから。例えば医療になると、関係者全員が国家資格者。国家資格者じゃないと医療には従事できない。だから、それなりに売り手市場じゃないですか。僕が思うのは、介護は職業としての基盤がまずできていないってこと。
中村 現在の介護保険制度だと介護は誰でもできるし、人手不足なので誰でも採用される。制度がそうなっています。そのような状況で待遇が上がるわけがないですね。
中村
和田和田 高齢者がどんどん増えて、比例して要介護高齢者も増える。介護事業所が増える。少子高齢化で人口が減っていく中で、小手先の政策で認知症の方に関わりたいとか、高齢者の下の世話をしたいとか、そんな人が増えると思うか?ってことですよ。
中村 増えたら奇跡ですね。そんなわけがないです。
中村
和田和田 だからどんな制度も目的を達成するためには、待遇で誘導するしかないわけ。金ですよ、金。国づくりをするときは待遇で誘導して、やっと足りない部分の穴埋めができる。同じ理由で公務員が僕らと変わらない給料しかもらえなかったら、こんなに公務員になりたい人はいないって思うんですよね。
中村 今の財務省の焦りのようなものを見ていると、財源はまったくなさそうに見えますが、介護が国のインフラで、これからの社会に欠かせないものって位置づけるなら、おっしゃる通りにお金を投入して基盤を作らないと。
中村
和田和田 財源は配分の問題、本気になってやっているとは思えない。国の予算の優先順位の問題だから。そこに金かけるより、ここってことがあるでしょ。今は介護の基盤を作れるような配分には、まったくなっていない。ただ僕は、市民が求めることに対して、あるべき姿みたいな意識があって、ドライに考えている。市民が介護なんてどうでもいいと考えているなら、それはそれでいいって思う。
ひたすら介護職の待遇の改善を訴えるのもいい。けど、片方で自分たちのダラしなさも戒めないと(和田)
和田和田 ちょっと話は変わるけど、僕はね、介護の人は本当に甘いと思うの。例えば獣医さんなんかは、獣医師の免許とって給料をもらえるまで何年間か、奉公みたいにして自分の技を磨いていく。板前もそうだし、寿司職人もそう。介護って、君たちになにができるの?って。
中村 介護の人たちの「私の待遇は低い」みたいな言葉に違和感を覚える方々は多いですね。前回、アドバイザーの高室さんと対談させていただいた時も「『給料が安い、低い』って愚痴を言っているだけでは、何も変わらない」と話にでましたが、「じゃあ、いくら欲しいの?」と聞いたとき、答えが返ってこないとか。
中村
和田和田 市民に自分を「いくらで買ってほしい」ってことくらいは言えないと変わりようがない。せめて平均労働者並とか。自分の価値を自分でイメージできていないわけ。そんな状態の人が多い業界が、良くなるはずがないじゃないの。
中村 専門の大学を卒業した人たちが、こんなにも活躍していない業界は他にないですからね。業務独占がほとんどないという、制度の問題か。少なくとも福祉大学を出たような人には活躍してもらわないと、話にならないですよね。
中村
和田和田 「さすが介護職だから違うよな」って、本当は言われたいんですよ、本当は。ひたすら待遇の改善を訴えるのもいい、僕はそこには乗る。けど、片方で自分たちのダラしなさも戒めないと。安い安いってだけでは、市民は納得しないよ。介護保険前は措置だった。措置はすべて税金で賄っていたので、公務員並という賃金体系だったの。介護の仕事が世間と比べて著しく待遇が悪いってことはなくて、介護保険制度が始まってからの問題なのね。
中村 介護職の人で「経営者や理事長に搾取されている」みたいなことを言う人をたまに見ます。理事長が高級車乗っていて、ふざけているとか。大前提として賃金が安いのは介護保険制度の問題ということはわかってほしい。ここを理解しないと、どうにもならないですよね。
中村
和田和田 介護保険制度が始まって僕が疑問に思ったのは、介護職1人あたりの最低賃金が決められていないこと。制度設計上の最低賃金ね。例えば30万円だったら30万円と計算して、その配分は法人に任せるにしても制度に介護職の賃金という概念がない。あったとしてもそれがメチャメチャ低いんですよ。
中村 売上の6割程度が人件費と計算している事業所が多いです。それを介護職たちに配分すると安くなる。要するに介護報酬が安いということです。
中村
和田和田 僕の計算だと、代議士先生たちは制度設計上で1人250万円~300万円くらいで計算されている。制度設計だから積み上げじゃないですか。この制度で運営したら人件費がいくらかかって、税金がいくらかかって、みたいな。積算の常勤換算あたりの1人あたりの人件費は、誰かしらが計算しているはずだけど、その介護職1人当たりの人件費を、そもそも低く見積もっているのは事実でしょうね。
介護職員がきちんと仕事をして、要介護度が5から4に下がったら、介護報酬=収入が下がっちゃう。こんなバカな話ないよね(和田)
中村 富裕層の代議士先生たちが生かさず殺さずのギリギリの計算をするわけですか、きついな…。1人250万円となると、時給換算の非正規職員でまわすしかない。普通に働いて、普通の生活ができるのは事業所の管理者だけ、みたいな状態になっちゃいますね。
中村
和田和田 そうだね。グループホームはワンユニットの介護報酬が3,200万円くらい。そこに介護職は管理者も入れて7人くらい必要。単純に年間1人に400万円を払ったら、2,800万円だよ。人件費が8割になっちゃうのよ。単純に計算しただけでわかる話でさ。
中村 うんざりしますね。そりゃクオリティーを求めるような環境にないのは一目瞭然。自分が介護にかかわって一番きつかったのは、周囲がみんな貧しいことでした。貧しいと自分が生きることで精一杯。なかなか、人のために支援するみたいな状態にはなりづらいんですよね。
中村
和田和田 だからといって、介護職として働いている自分は、安いからと手を抜くのは嫌なのね。介護の前は国鉄で、国鉄労働組合の活動をずっとしていたんですけど、国鉄時代に疑問だったのが、国鉄労働者は給料が安いから、それに見合った仕事をしていればいいって先輩から言われたこと。それがすごく嫌だった。それはおかしい、と。待遇がいくらであろうと、その仕事に就いた以上は、突き詰めていこうぜって。報酬が安いから、安いなりの仕事でいいなんて、若い人に言うことじゃないだろうって。
中村 しかし、報酬が安いのに頑張れば、もっと報酬は下げられるんでしょうね。「やればできるじゃないか」って。頑張っても認められない制度だし、なんかもう八方塞がりですね。
中村
和田和田 少なくとも僕のまわりには、安いからこれでいいって考えてる職員はいない。安いから閉じ込めておけばいい、薬飲ませて動かせなくすればいいとか、そんなことを考えている人間はいません。だけど一方では、僕らが専門性を投入してきっちりと仕事して、高齢者の要介護が5から4になると、もらえる報酬が下がっちゃう。こんなバカな話はないよね。どう考えてもおかしいよ。
中村 そうですね。誰が聞いても、おかしいですね。誰にでもわかる矛盾を抱えながら、これから介護職はどうしていけばいいのですか。
中村
和田和田 歯医者に「壊れてから直すビジネスより、壊れないようにするためのビジネスを目指した方がいい」って言ったことがあるの。介護も、それと同じ。本当は自立から要支援くらいにある人たちに、手をかけて施策をきっちりして一人でも多くの高齢者を要介護状態にしないことを目指すべきなの。
中村 要支援から要介護1・2の方々を、3・4・5にしないという方がやるべきことが見えやすいですね。目の前にいる高齢者を特養に転居させない、みたいなわかりやすい目標ももてるし。
中村
和田和田 今の介護は上がってきた人に対して、支援するみたいなシステム。だから、一時的に要支援のところにどっとお金をかけてもいいと思うの。一時は必要なお金が膨らむかもしれないけど、5年先、10年先を考えたとき、プラスになっているはずです。
中村 介護のことを考えると、この国はどこに向かっているのかなぁって、どうしても思ってしまいますね。今日はありがとうございました。
中村
